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44.あなたはわたしだけのもの ジェニーside



 ジェニー・パリッシュは、ウェーブの掛かった桃色の長い髪と、睫毛が長くパッチリした同じ色の瞳を持つ、見た目はとても可愛らしいパリッシュ男爵家の令嬢だ。


 男受けの良いその容姿で、彼女はウォードリッド王国の学園に入園した時から、何人もの男子生徒に好意を寄せられ引く手数多だった。

 しかし、彼女は異性の誰でもいいという訳ではなく、容姿の整った、裕福な貴族の子息を選んで付き合っていた。


 そんな男子と一緒に歩いていれば、周りの女子の羨望や嫉妬の視線が一斉に向けられ優越感に浸れたし、彼に望めば何でも買ってくれる。

 ジェニーは、自分が手に入れられないものは何も無いと自尊していた。



 そんな時だった。ジェニーがウォードリッド王国の第一王子である、セルジュ・ロノ・ウォードリッドを見掛けたのは。



 まだ十四歳にも拘らず、国王陛下に似た精悍さと美麗さが見事に調和していて、器量好みのジェニーは、彼に一瞬で心を奪われてしまった。



 セルジュを自分のものにしたいと痛烈に思ったが、彼はこの国の王子、自分は下位の男爵令嬢。身分が違い過ぎる。

 しかも、自分より格上の令嬢達がこぞってセルジュに婚約を申し込んでいると聞き、そんな彼女達に勝ち目が無いジェニーは、初めて悔し涙を流した。



(……あなたがわたしのものにならないのなら……。他の女のものになるくらいなら……()()()()()……!!)



 憤怒の表情で、ジェニーは呪術士の先祖が住んでいたとされる、古びた小さな家にやってきた。

 これは極秘となっているが、自分の先祖は、『極悪の魔女』と呼ばれた悪名高い高位の呪術士だったらしい。



(その人なら、人を殺せる呪術を使えたかもしれない。気付かれずに人を殺せる呪具とかも秘かに残っていたりして。もしかしたら、わたしが使えるものがあるかも)



 そんな期待を持って、ジェニーはこの廃れた家に足を運んだのだ。


 魔女の住んでいた曰く付きの家なんてすぐに取り壊せばいいのに、何故それをしないのか疑問に思ったジェニーは、親に訊いた事があった。



『その家を壊せば、“彼女”の恐ろしい【呪い】が自分達に降り掛かるかもしれないからだ。“彼女”は誰もが震え上がるほど恐ろしい魔女だったらしいからな……。愛着のある自分の家が壊されるのを決して許さないだろう』



 親の回答にジェニーは可笑しくなり、心の中で馬鹿にしたように嗤った。



(死んでる人間に何が出来るっていうのよ。そんなのに怯えてホントバッカみたい)



 中に入ると、外見と同じくかなり古びていたが、ジェニーの両親が定期的に清掃に来ているのか、意外にも埃は立っておらず散らかってもいなかった。


 家の中は一つの部屋しかなく、その隅には色褪せた空の本棚があった。そこに入っていた本は全て処分したのだろう。

 他には年季の入った小さなテーブルと椅子しかなく、呪具の一つも残されていない事に、ジェニーは大きく落胆の息を吐いた。


 けれど、何故かその本棚が無性に気になり、ジェニーは食い入るようにそれを眺める。


 すると、本棚の片隅がキラリと赤く光った気がした。



「え、何……?」



 ジェニーは首を傾げ、本棚の隅に近付きよく見てみると、底の板に不自然な四角形の亀裂が入っている。

 かなり注意して見ないと分からない程の亀裂だ。



「この板、外れそうね……」



 ジェニーが爪を使って板を外すとそこには窪みがあり、中には古ぼけた赤黒い本が入っていた。



「この本は――」



 ジェニーの視線はその本に奪われ、魅了されたかのようにそれを見つめたまま手に取った。


 頁をパラパラと捲ってみる。それは、何かの呪術が書かれた本のようだった。

 ジェニーは、その内容が心に染み込むように解った。


 ――そして、理解した。



 この本は、()()()()()()()()()のだと。



「……“死の宣告”……? 対象者に【呪い】を掛けて、確実に死を与える呪術……? ――ふ……ふふっ、アハハハッ! これよ……これだわっ!」



 ジェニーは狂ったように嗤いながら、一心不乱に中身を読んで頭に刻み込み、頁を捲っていく。

 最後の頁に、赤い文字で細かく文字が書かれた三枚の札が挟まっていた。



「ふふ、これを使って【呪い】を掛けるのね……。札に自分の血を落とし、対象者の姿を念じながらここに書かれてある呪詛の言葉を読み上げる……。何よ、すっごく簡単じゃない。アハハッ」



 ジェニーは早速、それを実践した。

 呪詛の言葉を言い終えた瞬間、彼女の血に塗れた札が黒い炎を纏って燃え上がり、灰となって床に落ちていった。



「あら、勝手に証拠も隠滅してくれるのね。フフッ、有難いわ。さぁて、効果はどうかしら? ――セルジュ様、あなたが死んでもわたしの中でその美貌は残り続けるから安心して頂戴ね。その美貌は誰にも渡しはしないわ、全てわたしのものよ。アハハハッ!」



 ジェニーは本ごと持って帰ろうとしたが、隠されていた本だし、持ち出したらこの呪術の事が気付かれるかもしれないと思い直し、持っていくのを止め、元の場所に戻す。


 代わりに呪詛の言葉は紙に写し、その紙と残りの札だけ持って家に帰ったのだった。




 その二ヶ月後、セルジュが亡くなったとの知らせを両親から受け、ジェニーはこの【呪い】は確実である事を実感し、心の中で笑いが止まらなかった。



 自分が呪術を使ったという証拠は残していないが、念の為暫くの間ここから離れた方がいいと判断したジェニーは、両親に隣国に留学したいと懇願した。

 娘に甘い二人は、隣国で勉学したいというその熱意に感動し、彼女のその願いを簡単に許可した。



 そしてジェニーは隣国のオルドリッジ王国に留学し、ヘイワード学園に編入する。

 そこで、自分好みの見目のエイリック・オルティスに出会ったのだ。


 エイリックが公爵子息と聞いたジェニーは、彼を強く欲し、手に入れようと動いた。

 エイリックに婚約者がいようと構わなかった。自分の容姿と男を悦ばせる巧みな言葉で、彼はすぐに自分の虜になるのだから。



 しかし、彼は自分の事が好きになった筈なのに、なかなか婚約者の女と『婚約解消』をしない。

 痺れを切らしたジェニーは、二枚目の札を使い、婚約者の女――アーシェル・レイノルズに“死の宣告”の【呪い】を掛けた。



 婚約者の女が死ねば、エイリックは心身共に自分のものになる――



 心の中で高笑いをしていたジェニーに、想定外の事が起こる。

 アーシェル・レイノルズが弁護士を関与させ、互いの両親を交えて『婚約解消』を申し出たのだ。


 その話題は案の定社交界に広がり、学園にも拡散されてしまった。

 慰謝料の請求がジェニーの実家であるパリッシュ男爵家に届き、事の詳細を知った両親は、慌てて彼女を家に呼び戻した。



 ――そして今、ジェニーは自室で謹慎の身だ。

 珍しく両親から叱りを受けたが、ジェニーは自分が悪いとは微塵にも思っていなかった。

 ベッドの上で寝転びながら、ブツブツと悪態をつく。



「何よ、あのアーシェルとかいう女! 大人しく死ぬのを待っていれば良かったのに! そうしたらわたしが次期公爵夫人になれたのに! ホンット余計な事をしてくれたわね! ――フン、まぁいいわ。わたし程の美貌なら、格上の美形の男なんていくらでも捕まえられるし? 札も後一枚残っているから、邪魔者はそれで排除すれば――」



 その時、扉の向こうから複数の足音がし、部屋の扉がガチャリと乱暴に開けられた。



「ちょっと! いくら家族でも、乙女の部屋に入る時はノックぐらいしてよ、パパ!!」



 ジェニーはベッドから勢い良く上半身を起こし、扉を開けた相手に向かって怒りの声を飛ばす。



「あぁ、すまない。害虫の部屋だと思って普通に開けてしまった。だが、やはり害虫の部屋で間違いないようだ」



 自分の父親と全く違う、低くよく通る声とその美麗な姿に、ジェニーの身体がビシリと固まった。



 その場で腕を組み、堂々と立っていたのは、ウォードリッド王国の国王、ファウダー・イグス・ウォードリッドだった――






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