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42.優しい人達



 レヴィンハルトの屋敷は、レイノルズ侯爵家よりも大きく立派だった。

 レヴィンハルトに続いてアーシェルが屋敷の中に入ると、初老の男がすぐに出迎えてくれる。

 服装から察するに、彼はこの屋敷の執事のようだった。



「お帰りなさいませ、レヴィンハルト様。……その可愛らしい御令嬢はどなたですかな?」

「俺の大切な子だ。ここに住むから、丁重にもてなして欲しい」

「っ!?」



 アーシェルは驚き、レヴィンハルトの真顔な横顔を見上げる。



(ちょ――何か色々と言葉が間違ったり足りないのではっ!?)



 執事は、真面目なレヴィンハルトと焦るアーシェルの正反対の表情に思わず吹き出すと、慇懃に礼をした。



「はい、畏まりました」

「俺はまた暫く留守にする。彼女にセルジュ殿下と同じ【呪い】が掛かってるんだ。今度こそ、それの解呪法を見つけてくる。医師にもその事を伝えておいてくれ。彼女の事をくれぐれも頼む」

「……! ――そうなのですね……畏まりました。気を付けて行ってらっしゃいませ」



 執事は両目を見開いたが、すぐに元の冷静な顔つきに戻り頭を下げる。



「いつも留守にしてすまないな」

「いえ、レヴィンハルト様が選ばれたこの屋敷の者達は皆優秀ですので、貴方様不在の穴を協力しながら埋めております。ですので安心して御自分の任務を果たして下さいませ」

「あぁ、ありがとう」



 レヴィンハルトは執事に向かって頷き、アーシェルに視線を移した。



「――じゃあ、行ってくる。君は何の気兼ねもせずにここで過ごしてくれ。ここの使用人達は皆良い者達ばかりだ。君の家の使用人達とは全く違う。それは断言出来る。だから安心してくれ」

「……っ。はい、ありがとうございます……!」



 レヴィンハルトはフッと顔を綻ばせ、アーシェルの頭を優しく撫でると屋敷から出て行った。

 執事は微笑みながら主を見送ると、アーシェルに身体を向け、礼をする。



「それでは、アーシェル様のお部屋を御案内しますね」

「あ……はい! その……暫くの間ですが、どうぞよろしくお願い致します。御迷惑をお掛けします」



 アーシェルがペコリと深いお辞儀をすると、執事は口元に笑みを浮かばせ首を横に振った。



「そんなお気遣いなさらずに。貴女様はいずれ“ローラン侯爵夫人”になられるお方なのですから」

「……は……? ――え、ええぇっ!?」



 執事の言葉にアーシェルは心底驚き、素っ頓狂な声を出してしまった。


 その時、数人のメイドがこちらに向かって駆けてきた。



「こんにちは、アーシェル様! 見てましたわよ? あの表情筋が全く動かない堅物主様があんな優しい微笑みをなさるなんて!」

「そうそう! 私なんて腰を抜かしそうになったもの! いつも無表情で、顔が“氷漬けの術”でカチンコチンに固まってるんじゃないかとずっと思ってたのに!」

「あんな笑顔を主様にさせるなんて、アーシェル様ってばすごいわ! 若いからお肌もスベスベだし! あぁっ、なんて羨ましいっ!」

「え……え、えぇ……?」



 メイド達に一斉に話し掛けられ、その内の一人のメイドに両頬を撫でられ、アーシェルの困惑が止まらない。



「こらっ、お前達! アーシェル様が困っているじゃないか! 離れなさい!」

「はーい、ごめんなさーい」

「でも、主様の大切な子でしょ? 今まで女性なんて全く見向きもしなかった、あの主様の! だから間近で見たくってつい……」

「そうそう! すごく美人で胸が豊富な公爵令嬢に擦り寄られても、『鬱陶しいし不愉快この上ないので今すぐに離れて頂きたい』って真顔でズバッと言ってのけたあの主様がよ!? ふふっ、主様は可愛い系がお好きだったのね」

「主様の大切な人なら、私達も大切にもてなすわ。よろしくお願いしますね、アーシェル様」

「あ……は、はい! こちらこそよろしくお願いします!」



 アーシェルは笑顔を向けるメイド達にも頭を下げる。


 レイノルズ侯爵家の使用人達からは、冷たく蔑んだ視線しか向けられてこなかった。


 だから、ローラン侯爵家のメイド達の好意的な視線が嬉しくて、アーシェルは潤む瞳を誤魔化す為に、彼女達に満面の笑顔を向けたのだった。






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