40.終わってしまった男
「っ!?」
レヴィンハルトはそこで、ベッドの上でアーシェルを組み伏せるエイリックと、抵抗し、ボロボロと涙を流しながら唇を奪われようとしている彼女を見てしまった。
彼の表情が、一気に憤怒のそれへと変わる。
瞬間、エイリックの身体が真紅の炎を纏い燃え上がった。
「え……? ――ひ……ぎゃああぁぁぁッッ!!」
その炎はエイリックのみを包み込み、轟々と燃え盛る。
熱さと痛みに耐え切れず、エイリックは床に崩れ落ち、ゴロゴロと床を転げ回った。
何が起きたのか分からず、上半身を起こし茫然とその様子を見ていたアーシェルは、自分の身体が温かいものに包まれた事に気が付いた。
それは、レヴィンハルトの温もりだった。
「……れ、レヴィンさん……」
「……アーシェル、遅くなってすまない。一体何があった。ゆっくりでいいから話してくれ」
レヴィンハルトに頭を優しく撫でられ、アーシェルは再び涙腺が緩んだが、必死になって声を出した。
「……お、お城の……外に出たら、突然後ろから薬を嗅がされて、気を失って……。き……気付いたら、ここに寝かされていて、エイリック様がいて……。私を……連れ戻しに来たって……。……そ、それで……わ、私の『純潔』を奪えば、誰も貰い手はいなくなるから、エイリック様と結婚するしかないって……」
言いながら、アーシェルの瞳から耐え切れず涙が溢れてくる。
「…………」
レヴィンハルトは鬼のような形相で、炎に呑まれ絶叫を上げ続けているエイリックを鋭く睨んだ。
その時、廊下から複数の慌ただしい足音が聞こえ、レヴィンハルトは瞬時にエイリックの炎を消した。
「お客様っ、どうされましたか!? ものすごい悲鳴が聞こえてきましたが――」
それと同時に、店主とその女将が扉を開けて部屋に飛び込んできた。
そして二人は、髪の毛が全て焦げてチリヂリ、全身火傷を負い満身創痍で床に突っ伏す、顔が真っ赤に腫れ上がった若い男と、震えて涙を流す少女を抱き締め、険しい顔つきをしている銀髪の男を交互に見る。
「こっ、これは一体……!?」
「この倒れている男は、彼女に薬を嗅がせて誘拐し、暴行を加えようとした。止むを得ず魔術でこの者を止めたが、命に別状は無い。すぐに警備兵を呼んでくれ。あと、彼女が恐怖で怯えているから、落ち着かせる為に別の部屋を借りたい」
「……は……はいっ!」
店主と女将は慌てて頷くと、店主は警備兵を呼びに、女将は空いていた一番端の部屋を案内してくれた。
レヴィンハルトはその部屋に入ると、アーシェルをベッドの端に座らせる。
「少し待っていてくれ。すぐに戻る」
そう言い震えるアーシェルの頭を優しく撫でると部屋を出て、店主が呼んだ警備兵に経緯を説明をした。
「この少年は、隣国のオルドリッジ王国の、エイリック・オルティス公爵子息だ。まだ未成年なので親を呼んだ方がいい。彼が火傷を負っているのは、元婚約者の少女を襲っており、止める為に俺がやむ無く魔術を使ったからだ。命には別状は無いが、申し訳ない。彼女は今非常に怯えているから、事情聴取は後日にして貰えると有難い」
「畏まりました。それならば『正当防衛』となるでしょう。情報提供の御協力ありがとうございます」
警備兵は一礼をすると、気絶しているエイリックを担いで部屋を出て行った。
髪の毛のチリチリと、顔の浮腫は恐らく一生治らないだろう。
美男子から一気に醜男へと変化した彼には、もう女子は近寄ってこない筈だ。
「……エイリック・オルティス。お前はもう完全にお終いだな。待っているのは惨めな人生だ。そのまま母国で大人しくしていれば良かったものを……。心底愚かな男だ」
警備兵に担がれていくエイリックの後ろ姿を酷く冷たい眼差しで見送ったレヴィンハルトは、フッと視線を外すと、アーシェルの待つ部屋へと足早に向かったのだった。




