37.君に会いたい ※セルジュside
「レヴィン」
城の廊下を歩いていると後ろから名を呼ばれ、深紅色の長い髪を靡かせレヴィンハルトが振り向くと、そこにはセルジュが微笑みながら立っていた。
「セルジュ殿下。どうされました?」
レヴィンハルトは、セルジュが幼い頃から彼に懐かれていた。
そんな彼にレヴィンハルトも愛情を寄せて、弟のように可愛がっていたのだ。
セルジュが“死の宣告”を受けたと知り、彼も懸命に解呪法を探している最中だった。
「うん。ちょっとぼくの部屋に来て欲しいんだ」
「はい、畏まりました」
セルジュはレヴィンハルトを自分の部屋に招き入れると、扉をしっかりと閉める。
そして、徐ろに口を開いた。
「レヴィン。ぼくはもうすぐ【呪い】で死ぬだろう。だからその瞬間、ぼくの“魂”をあなたの中に入れて欲しいんだ。――“魂移しの術”、使えるだろう? 最上級の魔術で、魔術士団長でさえ使えないけれど、あなたは使える事、ぼくは知ってるよ」
「………っ!」
レヴィンハルトは深紅色の瞳を大きく見開き、口元に笑みを称えるセルジュを見つめる。
「そして、あの子を見つけて欲しいんだ。ぼくからあの子に会いに行こうとしたけど、両親が絶対に駄目だって。ぼくの身体をすごく心配している事が分かったから、ぼくも強くは言えなくて。だから、ぼくの“魂”をあの子の所まで連れて行って欲しいんだ。あの子に会いたいんだ」
「……っ! 殿下、まだ諦めては駄目です。陛下も王妃陛下も城の者達も、皆必死に【呪い】を掛けた呪術士と解呪法を探しています。勿論俺もです。ですから――」
「うん。皆の気持ちはすごくありがたいよ。けど、きっと見つからない。ぼくの直感はよく当たるから」
言い募るレヴィンハルトに小さく首を左右に振ると、セルジュは彼を真っ直ぐに見つめた。
「ぼくの寿命は一週間後だ。それはぼくしか知らない。医師が最初にぼくの背中を見た日以降は、誰にも背中を見せていないからね。“魂移しの術”は、術者の身体に大きな負担が掛かる。それを分かっていて頼むのは心苦しいけれど、あなたしかいないんだ。……ぼくの最期のお願いだ、レヴィン。ぼくの“魂”を連れて、あの子を見つけて欲しい」
「……セルジュ殿下……」
“魂移しの術”は、生き物の“魂”を自分の中に入れる事によって、その者が生前持っていた知識を得る事が出来る術だ。
しかし、自分とは違う別の“魂”を体内に入れるので、身体に負荷が掛かってしまう。
“魂”との相性が良ければ、髪の色や瞳の色が変わる程度で済むが、相性が悪ければ、身体だけでなく精神的にも損傷を受ける可能性がある、危険を伴う術なのだ。
レヴィンハルトは唇を強く噛んだが、セルジュの切実な願いに、頭を垂れる事しか出来なかった。
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そして、解呪法が見つからないまま、一週間が経ってしまった。
セルジュの部屋では、レヴィンハルトが固く目を瞑り、奥歯を噛み締めながらセルジュの前に立っていた。
「……今日で、ぼくの最期の日だ。日付が変わる時、ぼくは【呪い】が発動され死ぬだろう。その瞬間に頼んだよ、レヴィン」
「セルジュ殿下……」
「お城の皆に、今までありがとうって伝えて。迷惑掛けてごめんなさいって。父上と母上と弟と妹には手紙を書いたんだ。あそこの机の上にあるから渡してくれる?」
「……はい、畏まりました」
「きっとあの子に会えば、ぼくの“魂”が反応すると思うから分かると思うよ。だから、あの子の名前は教えない。その名前は、あの子に会うまでぼくだけのものだから。あの子はぼくの三つ年上で、同じ七色に光る瞳を持っているんだ。そして、恐らく貴族だ。これだけの手掛かりがあれば、レヴィンなら大丈夫でしょ?」
セルジュはふふっと悪戯っぽく笑うと、静かに目を閉じた。
「もうそろそろ時間だ。レヴィン、頼んだよ。――本当は生きてあの子に会いたかったけど……。どうしてぼくに【呪い】を掛けたのか……まぁ、大方権力争いだと思うけど。皆で弟と妹を守ってあげてね。あと、呪術士を見つけたら白状させて。ぼくはあなたの中で聞いてるから。色々とスッキリしたいしね。ついでにそいつを一発ぶん殴ってくれる?」
「セルジュ殿下、俺は――」
言い掛けたレヴィンハルトの言葉を、セルジュは首を振って止める。
「分かってるよ。ごめんね、レヴィン。辛い思いをさせて。でも、どうしてもあの子に会いたいんだ。それがぼくの唯一の心残りなんだ。どうかあなたの中にいさせて欲しい」
「……分かりました。俺の中が居心地が良い事を願っています。解呪法を見つけられず……本当に申し訳ございませんでした」
「あなたが謝る事はないよ。一生懸命探してくれた事はちゃんと知ってるから。本当に感謝してるんだ。ありがとう、レヴィン」
微笑むセルジュにレヴィンハルトは決意し、引き締めた顔を上げると、詠唱を開始した。
セルジュの身体が淡く光り始め、それは徐々に眩くなっていく。
「本当にありがとう、レヴィン。あなたを実の兄のように想っていたよ。大好きだ」
セルジュの柔らかな声と同時に、時計の二つの針が十二の位置で重なった。
刹那、セルジュが顔を顰めて左胸を押さえると、力を失った身体がゆっくりと床に崩れ落ちていく。
次の瞬間、セルジュを包んでいた光が部屋全体に放たれ――
それが消えた時、セルジュは床に倒れていた。
その身体は、ピクリとも動かない。
「……セルジュ殿下……」
掠れた声で呟くレヴィンハルトの髪と瞳の色が、深紅色から白に近い銀色に変わっていて。
レヴィンハルトは、自分の中に別の“魂”が存在している事を、確かに感じた。
“彼”が生前取得していた知識がレヴィンハルトの脳に入ってきたが、“彼”の会いたい少女の情報だけは制止されたかのように一切入ってこなくて。
レヴィンハルトは自分の胸にそっと手を当てた後、目を閉じ穏やかな顔を浮かべるセルジュを強く抱き締め、声を押し殺して嗚咽したのだった――




