35.あなたはここにいる
「………?」
戸惑いながらそろりとレヴィンハルトを見上げると、彼は真剣味を帯びた顔つきでアーシェルを見つめていた。
その白に近い銀色の美しい瞳に、思わずアーシェルは見入ってしまう。
「れ……レヴィンさんは、どこまで分かっていたんですか……?」
頬を染め、慌てて顔を逸らしたアーシェルは、心の片隅で気になっていた事をレヴィンハルトに訊いた。
自分の心臓の音が煩くて、彼に聞こえてしまわないように少しでも誤魔化したかったのだ。
「……君と初めて会ったのは、本当に偶然だったんだ。セルジュ殿下から、『自分と同じ、七色に光る瞳を持つ女の子』とは聞いていたが、君は目が見えない程の厚い眼鏡を掛けていたし、それの所為で顔が分からなかったからな。殿下は、君の名前を決して教えてはくれなかった。君の名は自分だけのもの、他の誰にも呼ばせたくないと思う位、君を好いていたんだ」
それを聞き、アーシェルはセルジュの無邪気な笑顔が脳裏に浮かぶ。
「……セル……」
「君がセルジュ殿下の捜していた娘だと確信したのは、君が『セルに会いたい』と泣いた時だ。眼鏡を外した君は、顔つきが王妃陛下とよく似ていて、瞳が陽の光を浴びて七色に光っていた。君が王妃陛下の娘だというのは、俺も全く知らなかった。その時は他人の空似だと思っていた」
レヴィンハルトは、アーシェルの頬に自分の指をそっと当てた。
「……俺は、殿下の『あの子を捜して欲しい』と最期の願いを受け、陛下の許可を取り、隣国のオルドリッジ王国に来たんだ。そして、同時に殿下に【呪い】を掛けた者も捜していた。その者が“死の宣告”を使ったという事を証明し、捕まえる為に」
「その……【呪い】を掛けた人がオルドリッジ王国にいるって、どうして分かったんですか?」
「いや、それは分からなかった。しかし、魔術士や呪術士になる為には、このウォードリッド王国では国の許可と登録が必要なんだ。魔術や呪術を使って犯罪を犯したら、すぐに身元が判明出来るように。それだけ魔術や呪術は、人にとって脅威だからな」
レヴィンハルトの言葉に、アーシェルは神妙に頷く。
「はい、そうですね……」
「セルジュ殿下が【呪い】に掛けられたと分かった時、陛下は登録されている呪術士を全員城に呼んだ。そして、使える呪術を抜け目無く確認した。結果、誰も“死の宣告”を使える者はいなかった。国に登録がされていない呪術士なら、他国の者の可能性が高く、奴は国外に逃亡したと推測したんだ。勿論、この国でも引き続き捜索している」
「……手掛かり無しで、ウォードリッド王国中だけでなく、オルドリッジ王国中も捜すなんて、雲を掴むようなものですよね……」
「あぁ、その通りだ。だから正直、奴を見つけるのは諦めていたんだ。しかし、“奇跡”が起きた。奴があの学園にいたのが分かったのは、【呪い】を受けた君のお蔭……と言ってもいいだろうな。皮肉な話だが……」
アーシェルを抱く腕を緩めず、レヴィンハルトは眉間を顰め、重い溜め息をつく。
「……レヴィンさん。セルに【呪い】を掛けた呪術士も……パリッシュさん……?」
「あぁ、恐らくはそうだろう。“死の宣告”は、それが使える“素質”がある、極僅かな限られた者にしか使えない。一度に二人もそれが使える者が現れる筈がないんだ。奴が何故殿下と君に【呪い】を掛けたのか……。俺が予想しているものだとすれば、心底胸糞が悪くなるな」
「………」
今はその『理由』を訊く気になれず、アーシェルは静かに顔を伏せた。
「……セルジュ殿下は、『あの子はぼくの三つ年上で、同じ七色に光る瞳を持っている。そして、恐らく貴族だ』と、手掛かりを教えてくれた。だから俺は殿下の最期の願いを叶えようと、陛下に推薦状を書いて貰い、貴族が通うヘイワード学園に臨時教師として赴任したんだ。殿下が切に会いたがっていた子――君を捜す為に」
「……セル……」
アーシェルは耐え切れず、ポロポロと碧い瞳から涙を零す。
「……本当に……本当に、もう……セルに会えないんですか……? 約束したのに……あの子に会いに行くって……。私……私、遅かったんですか……? もっと早く、あの子に会いに行っていたら……っ」
嗚咽するアーシェルの身体を、レヴィンハルトは唇を噛み、深く抱きしめる。
「……アーシェル」
「……え……?」
「殿下は……セルジュ殿下は、いるんだ」
レヴィンハルトの言っている意味が分からず、アーシェルは涙で滲んだ視界で彼を見上げる。
レヴィンハルトは両目を瞑り、自分の胸に手を当てた。
「……セルジュ殿下は、ここにいる。――俺の中に、彼の“魂”が入っているんだ」




