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34.もうあなたに会えない



「え……」



 ファウダーの声が、やけに遠く感じられた。

 アーシェルの思考が真っ白に染まり、何も考えられなくなった頭が、ファウダーの言葉をただ繰り返す。



「セルが……この世にいない……? 命を……落とした……?」

「……あぁ。息子は……セルジュは、呪術士によって殺されたんだ。極悪の【呪い】を受けて」

「……のろ、い……? ――【呪い】ですかっ!?」



 アーシェルは思わず叫び、ガバッと立ち上がるとファウダーを見上げる。

 アーシェルの反応に驚きつつも、ファウダーは頷き、言葉を続けた。



「あぁ。その【呪い】は“死の宣告”といってな。それを受けると、背中に余命の数字が浮かび上がるんだ。解呪法が未だ見つからない、この大陸では使用禁止になっている最上級の呪術だ。使える者は極僅かと言われているが、それを一度でも使ったら、どんな理由であろうとも必ず【死罪】になる、禁じられた呪術だ」



(ジュダリア先生の言っていた事と同じ……。セルジュは、私と同じ【呪い】を受けて殺されてしまった……? ……そんな……そんな――)



 酷く青褪めた顔で力無くソファに座り込んだアーシェルを、セライナが目に涙を溜めながら抱きしめる。



「……セルジュは最期まで、君に会いたいと願っていた。君のいるオルドリッジ王国に行きたいと何度もせがまれたが、日に幾度も血を吐き苦しむ息子に長旅をさせる訳にはいかず……。息子の会いたい娘を捜そうにも、『あの子の名前はぼくだけのものだから』と、断固として教えてくれなかった。解呪法を必死に探したが、結局見つからないまま息子は【呪い】にやられ、君に会いたいという願いを叶えてやれなかった……。それが悔やんでならない」



 ファウダーは固く両目を瞑り、奥歯をきつく噛み締める。



「セルに……会えない? もう二度と……? そんな……そんなの絶対に嘘です……。嘘です……っ」

「アーシェル……」



 目を見開き茫然と呟くアーシェルに、セライナは掛ける言葉が見つからず、涙を流しながらただ優しく抱きしめ続けた。



「……アーシェル。貴賓室を用意するから、今日は城に泊まってくれ。今は心の整理が必要だろうし、明日また話をしよう。――レヴィンハルト、アーシェルを貴賓室に連れて行ってくれ」

「……畏まりました」

「あなた、アーシェルは私と一緒に――」



 セライナの言葉を、アーシェルはふるふると首を振って遮る。



「……お母様。今は少し一人になりたいです……。ごめんなさい……」

「アーシェル……。――分かったわ……。寂しくなったら、いつでも私の所にきて頂戴ね?」



 セライナは俯くアーシェルを切なそうに見つめ、彼女の頭をそっと撫でた。


 レヴィンハルトはアーシェルの手を取り立ち上がらせると、彼女の手を握ったまま一礼し、部屋を出る。

 家令から貴賓室の鍵を借り、レヴィンハルトは部屋の前まで来ると、鍵を開けて中に入った。


 そこは、ふかふかなソファもあり大きく立派なベッドもある豪華な部屋で。

 レヴィンハルトは扉を閉め、アーシェルの手を引いて彼女をソファに座らせると、自分もその隣に腰を下ろした。


 そして、すぐさまアーシェルを引き寄せると、取り出したハンカチを彼女の口に当てる。



「我慢していただろう? よく頑張ったな」

「……す、すみま――」



 途端、レヴィンハルトの腕の中で激しく咳込み吐血するアーシェル。

 レヴィンハルトは、そんな彼女の背中を、落ち着くまで優しく擦った。



「……もう、大丈夫です。ありがとうございます、レヴィンさん……」



 一息つき、レヴィンハルトから離れようとしたアーシェルだったが、何故か彼の腕が動かず、離してくれなかった。 






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