2.心痛める日々
ウェーブの掛かった桃色の髪と同じ色の瞳を持つ、見た目可愛いその少女はジェニー・パリッシュといい、他国からやってきたそうだ。
学級委員であったエイリックは、必然的に彼女の面倒を見る事になり、二人で一緒にいる時間が増えていった。
エイリックとジェニーが寄り添い楽しそうに話している姿に、アーシェルの胸は酷く痛んだ。
それからずっと、エイリックとジェニーは休み時間はほぼ一緒にいて、アーシェルと取っていた昼食も二人で食べるようになった。
いつも身体が触れ合う程に距離が近い二人にアーシェルは我慢出来なくなり、エイリックが一人になったタイミングを見計らって、彼に思い切って自分の想いを伝えた。
「え、エイリック様、あの……。最近、パリッシュさんとずっと一緒にいて……。エイリック様との時間が減って寂しいです……」
エイリックはそれに軽く目を見開くと顔を綻ばせ、悲しそうに俯くアーシェルに言った。
「ははっ、もしかして嫉妬してくれてるのかな? あぁ……すごく嬉しいよ。大丈夫、パリッシュ嬢には学園の事を教えているだけさ。だから君は何も心配する事はないよ」
「そ、そうですか……。すみません、エイリック様と全然お喋りが出来なくて、寂しくてつい我が儘を言ってしまいました……」
「ふふっ、僕の事をそんなに想ってくれて嬉しいよ。僕の婚約者は君だけだから。ね?」
「……はいっ」
アーシェルはホッとしつつ、エイリックに笑顔で返したのだった。
しかし、アーシェルの勇気を出して告げた想いを聞いても、エイリックは相変わらずジェニーと一緒にいて。
中庭のベンチで、顔と身体を寄せ合い笑いながら話す二人は、本当に恋人同士のようで。
アーシェルがエイリックの婚約者だと知っている生徒達は、哀れみと同情の目でアーシェルを見ていた。
目の映らない眼鏡を掛け服装も地味な垢抜けないアーシェルより、可愛らしい美少女のジェニーの方が、見目麗しいエイリックに合っていると皆思っているのだろう。
その皆の視線から逃れるように、アーシェルは学園が終わったらすぐに家に帰った。
そして自室に飛び込んでベッドに沈み込み、二人の仲睦まじい姿を思い出しては、涙で枕を濡らしたのだった。
-・-・-・-・-・-・-
そんな日が続いたある日、自室にいたアーシェルは急に胸が酷く苦しくなり、咄嗟に口に手を当て大きく咳き込んだ。
咳が落ち着き、口から離した掌を見ると、赤い液体が付着している。
「え……。これって……っ!?」
自分は、血を吐いたのだ。
混乱する頭で急いで洗面台に行き、ゴシゴシと手を洗い、うがいをする。
今までそんな症状は一切無かった。
義母に、寒空の下理不尽に放り出されても、風邪一つひかなかった健康体な自分なのだ。
心の奥から嫌な予感が湧き上がったアーシェルは、腕が良いと評判の町医者に診て貰おうと、学園で必要な物を買う為に父から貰ったお金を持って、屋敷を飛び出した。
侯爵家に主治医はいるが、彼もアーシェルに冷たいし、当てにならないと思ったのだ。
町医者の診療所に入り、運良く患者もおらず空いていた彼に症状を説明する。
アーシェルは、自分の素性を明かさなかった。
自分が侯爵家の娘だと知られれば、「主治医に診て貰いなさい」と帰されると思ったからだ。
アーシェルの話に町医者は頷くと、彼女の身体のあちこちに手を翳した。
彼は魔術を使って、身体の悪い部分を判別する事が出来るのだ。
「私のこの魔術は、良くない箇所に黒い靄が掛かって見えるのです。靄が濃いほど、症状が悪いと分かるのですが……」
町医者は、そこで言葉を途切れさせた。次第に顔が強張っていく彼に、恐る恐るアーシェルは言葉を投げる。
彼の手は、彼女の心臓部分で止まっていた。
「せ、先生……? どうされましたか……?」
「……御家族の方は御一緒ですか?」
「……いえ、私一人です」
「そうですか……分かりました。どうか落ち着いて聞いて下さい。貴女の身体の事ですので、正直に申し上げますね。――心臓が、黒い靄で覆われています。しかもとても真っ黒な……。他は全くの正常で問題ありません。突然吐血した理由は、この心臓の状態の所為かと。原因は不明ですが、このままですと……直に心臓が止まります」
「え……」
「非常に残念ですが……。――貴女はもう、余命幾許も無いでしょう」
言い難そうに紡がれる町医者の言葉を、アーシェルはただただ茫然としながら聞いていたのだった――