27.君は僕だけのもの ※エイリックside
「エイリック、お前の婚約者を決定した。レイノルズ侯爵家の令嬢だ」
十五歳になって父からその台詞を聞いた時、エイリックはとうとうきたか、と心の中で溜め息をついた。
この国で地位の高い公爵家の長男に生まれた以上、政略結婚になる事は分かっていた。
だからエイリックは、適当に決めた女子と自由気侭に遊んでいた。
父に似て見目の良い彼は、勝手に女子の方から寄ってくるので、相手に困らなかったのだ。
しかし、正式に婚約者が決まってしまった以上、もう遊びの付き合いは出来なくなる。
エイリックは若干の苛立ちと落胆を覚えながら、父に訊いた。
「その令嬢の名前は何と言うんですか?」
「アーシェル君だ。エイリック、彼女は“特別”だ。必ず彼女をお前に惚れさせろ。そして生涯大事にして、決して手離すな」
「え? それはどういう意味ですか?」
エイリックが怪訝に首を傾げると、オルティス公爵は少し声を潜めて説明を始めた。
「外交で隣国のウォードリッド王国に行った時、こんな言い伝えを耳にした。『七色に光る瞳を持つ者、愛する者に多大な幸運をもたらす』、と。その瞳を持つ者と婚姻した者は金に困らず、どんな事業も成功し続け、生涯裕福に幸せに暮らしたそうだ。そして、アーシェル君がその瞳を持っている」
「……っ!」
「偶然彼女をレイノルズ領の町で見掛けてその瞳を見た時、気持ちが高揚したよ。彼女の父に話を聞いたら、お前と同じ年齢で、まだ婚約者もいないと言うじゃないか。だからその場で婚約を持ち掛けた。彼女の両親からすぐに承諾を得たよ。彼女に愛され婚姻すれば、この家だけではなく、お前も金に困らず幸せになれる。悪い話ではないだろう?」
「……そう……ですね」
エイリックは大きく頷いた。
見目が悪くても、自分が苦労せずに一生裕福に暮らせるなら我慢出来る。婚姻した後は、彼女には上辺だけ優しくし、隠れて自分好みの愛人を作ればいい。
そう思った彼は、今まで付き合っていた女子との関係を全て切り、レイノルズ侯爵家でアーシェルと初めての面会をした。
彼女は、周りの女子よりかなりほっそりとしていて、少し怯えた表情でこちらを見ていた。
しかし、顔つきは可愛い部類に入り、何より潤んだ碧色の瞳がキラキラとして綺麗で。
悪くない、と彼は内心ほくそ笑んだ。
エイリックは安心させるようにアーシェルに微笑むと、彼女は頬を染めた後、ぎこちなく微笑み返してくれた。
そして彼は、自分を好きになって貰う為、彼女に真摯に優しく接した。思惑通り彼女は彼に懐き、彼の言う事を何でも聞き、笑顔もよく見せるようになった。
彼女の笑顔は、パッと花が咲いたように明るくて可愛い。それに、陽の光を浴びて七色に光る瞳は、見惚れる位綺麗で。
周りがヒソヒソと囁く『気持ち悪い』という感情は感じなかったのだ。
その輝く瞳でジッと見つめられると、胸が高鳴り落ち着かない気分にもなった。
隣国の言い伝えを知る者が他にいないとも限らないので、アーシェルの瞳を隠す為、エイリックは彼女にレンズの厚い伊達眼鏡を贈った。
――その綺麗な瞳を誰にも見せたくないという独占欲も、自分の中にあった事は否めなくて。
彼女はすごく喜んでくれ、常に身に着けてくれるようになった。
たまに贈る服も、質素で目立たない物を選んで、アーシェルに着させて。
それの所為で地味で野暮ったくなった彼女に友人が出来なくても、エイリックは何とも思わなかった。
彼女は、自分にだけ心を許せばいい。
――そう、彼女は自分だけのものだ。
エイリックは、自分だけに懐くアーシェルに、優越感と自尊心が高まり、気分が高揚していた。
公爵家に来ると、熱心に家について勉強し、謙虚に質問をしてくる彼女を、両親も大層気に入って。
このまま良好な関係が続くと思われたが、エイリックとアーシェルがヘイワード学園の三学年になり、ジェニー・パリッシュが彼らのクラスに編入してきた事によって、二人の関係が破綻していく。
学級委員として、ジェニーに学園の案内をする事になったエイリックは、彼女に自己紹介をした。
「エイリック・オルティスだ。オルティス公爵家の長男だよ。これからよろしく」
そう言って微笑んだエイリックは、ジェニーの眉尻がピクリと動き、桃色の瞳が怪しく光った事に、全く気付かなかった――




