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26.風に消えた言葉



 やがて炎が消え、そこに横たわっていたのは、服が燃え素っ裸の、火傷を負い全身真っ赤に染まった憐れなゴルディーの姿だった。

 熱さと痛さで悶絶しているゴルディーを見て、ケイトとデックスは真っ青な顔にダラダラと大量の脂汗を流し、ガタガタと大きく震えながら腰を抜かしている。


 そんな三人に構う事なく、ディオールは平然としながらゴルディーに言葉を投げた。



「……さて、レイノルズ侯爵にはもう一つの“罪”がありまして。貴方が懇意にしている愛人の伴侶様から、不貞の調査依頼を戴いていましてね。それの調査も同時に行っていたのですよ」

「……は……?」

「こちらも証拠はしっかりと掴んでおります。後日、貴方の愛人の旦那様から多額の慰謝料の請求が届くと思いますので、お支払いをお願い致しますね」

「……あ、アナタ……! やっぱりあの女と……! ずっと怪しいと思っていたのよ! 妻のワタクシを裏切って……! 絶対に赦せないわっ!」



 震えながらもゴルディーを睨みつけるケイトに、ディオールはスッと目を細めながら問い掛ける。



「赦せない……? 貴女、どの口が言ってるんです? 貴女も全く同じ事をしていたんですよ? 人の伴侶を奪って。全く悪びれもせずに。その男が殺したい程憎いですか? では僕が貴女を殺してあげましょう。貴女達の所為でずっと苦しんできたセライナの代わりに、最大級の苦しさを味わわせて殺して差し上げましょう」



 ディオールが薄ら笑いを浮かべながら、ケイトに一歩、近付く。



「――ひっ、ヒイィィィッ……! ご……ご、ごごめんなさいごめんなさいごめんなさいいぃ……っ!!」



 ケイトは恐怖と絶望に引き攣った顔をブンブンと振り絶叫すると、白目を剥いて口から泡を吹き卒倒してしまった。



「かっ、母さんっ!?」

「……やれやれ……。僕は何も持っていないし、愛する家族がいるのに殺人を犯すわけないじゃないですか。そんなに怖がるなんて、ほんの少しでも罪悪感があったんでしょうかね」



 ディオールは大きく息をつくと、オロオロしているデックスに向かって口を開いた。



「父親は娘への虐待行為に愛人との不貞行為。母親も義理の娘への過度な虐待行為とネグレクト。牢に入れられ罰金と慰謝料の支払い。爵位剥奪は確実、家計は火の車。レイノルズ侯爵家はもうお終いですね。貴方も自業自得ですよ? 両親と同じ真似をしていたのですから。その年だと流石に物事の善悪位は分かるでしょう? 学園に通っているのなら尚更です」

「う……」

「まぁ、愚かな両親のもとに産まれてきてしまったのは同情しますがね。貴方は未成年ですし、主犯ではないので罪に問われず親戚か孤児院に預けられるでしょう。けれど、周りから後ろ指を刺される事は覚悟しておいて下さいね。常に冷たい視線を向けられる事も。それを貴方がどう受け止め、どう立ち向かっていくかで今後が変わると思いますが……そこは貴方自身が考えて下さい」

「…………」



 力が抜け、ガックリと項垂れるデックスと、気絶してしまったゴルディーとケイトを、アーシェルは何とも言えない気持ちで見ていた。



「……さて。僕は衛兵を連れてきますね。念の為に息子も一緒に連れていきます。ローランさんはレイノルズ侯爵と夫人を見張っていてくれますか? 意識を失っているので大丈夫かと思いますが。その男への【正当防衛】の事は伝えておきますので大丈夫ですよ」

「ありがとう、ラントさん。よろしくお願いします」



 レヴィンハルトの礼の言葉にディオールは微笑むと、抵抗する気も無くなったデックスを連れて応接間から出て行った。


 途端、アーシェルはレヴィンハルトの腕の中で激しく咳き込み出す。

 レヴィンハルトは素早く胸ポケットからハンカチを取り出し、アーシェルの口元に当てた。

 背中を優しく擦っていると、アーシェルの咳が次第に落ち着いてくる。



「……大丈夫か?」

「す、すみません……。ハンカチを汚してしまいました……」

「気にするな。ずっと我慢してたんだろう? よく頑張ったな」

「はい……。私の命があと僅かなんて知られる訳にはいきませんから……。それに、私の為に懸命に動いてくれたディオールさんに心配を掛けさせたくない……」

「……あぁ、そうだな――」



 不意に、レヴィンハルトは応接間にある窓に目を向けた。



「……ローラン先生?」

「いや、何か気配を感じたような……。気の所為か」



 レヴィンハルトは溜め息をつくと、アーシェルの方に顔を戻した。



「ラントさんが言った通り、君の両親は捕まり、牢に入れられるだろう。爵位剥奪の後、待っているのは多額の返済とそれを返す為の地獄の労働だ。死ぬまで働いても返せるか分からんがな」

「…………」

「心配するな。君に奴らからの悪影響を絶対に与えさせない。すぐに転園手続きを取り、ウォードリッド王国に向かおう。俺も学園を退職し、君と一緒に行く」

「えっ!?」



 アーシェルはレヴィンハルトの言葉に心底驚く。



「た、退職って……!? ローラン先生、いいんですか!? そんな簡単に決めて……!」

「あぁ。俺の母国はウォードリッド王国だからな。探しものを見つける為にこの国に赴き、ヘイワード学園に着任したんだ。学園長もその事は承知済みで、俺は臨時教師としてここにいたんだ。母国で俺は別の職に就いている」



 頷くレヴィンハルトに、アーシェルが更に吃驚する。



「えぇっ!? そうだったんですか!? その探しものは見つかったんですか?」

「……あぁ、見つかった。母国で早急に調べたい事があるから、オルティス公爵からの慰謝料を貰ったら早速出発しよう。慰謝料は少額だからすぐに用意出来ると思うしな」

「……ありがとうございます、ローラン先生。正直、一人で隣国に向かうのは不安だったんです。先生がいて下さったら心強いです」



 アーシェルはニコリと笑うと、情けない姿で気絶している両親を見た。



「……平民になってもいいので、この両親と縁を切りたいんですが、難しいですよね……」

「なら、成人になったらすぐに俺と婚姻すればいい。そうすれば俺の籍に入り、レイノルズの籍から抜けられるぞ」

「へっ? 婚姻……? “結婚”ですかっ!?」



 さも当たり前のようにあっけらかんと言うレヴィンハルトに、アーシェルは顔を真っ赤にさせながら裏返った声を出した。



(養子縁組じゃなくって“婚姻”っ!? ローラン先生ってば冗談言ってます!?)



 レヴィンハルトを見上げると、彼は真剣な表情で自分を見ていて、アーシェルは思わず息を呑んだ。



「……えっ、あっ、そ、その……。――わっ、私、セルと……会いたい子と、その子のお嫁さんになると約束しているのでっ」



 これ以上にないくらい顔を朱に染めながら、しどろもどろで返答をしたアーシェルを、レヴィンハルトは突然深く抱き込んだ。



「ろ、ローラン先生……?」

「……あぁ。そう……そうだな……。君は、“彼”と――」



 レヴィンハルトの低く掠れた声は、アーシェルの心に哀しく、切なく響いて。

 その声音に何故か無性に泣きたくなったアーシェルは、彼の胸に自分の顔を埋めた。




「……すまない、アーシェル――」




 レヴィンハルトのその微かな呟きは、アーシェルの耳に届く前に、窓の隙間から流れてきた風に溶けて消えていったのだった――






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