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25.一緒にいたかったのに



「ち……違う! 儂はやってない! やったのはこいつらだ! 儂は何度も止めたのに……!」



 いきなりゴルディーが妻と息子を指差しながら釈明を始め、ケイトとデックスは驚愕に目を開かせた。



「は……はぁっ!? 何言ってるの!? アナタだって『外から見える所に傷をつけるなよ』とか言って笑ってたじゃない!」

「そ……そうだよ! 自分だってムシャクシャした時とかに姉貴を叩いてたじゃないか! おれと母さんに罪を被せるなよ! 父さんだって同罪だ!」

「なっ……ち、違うっ! わ、儂はそんな……!」



 三人の醜い言い争いを、レヴィンハルトとディオールは呆れた眼差しで見ていた。



「くだらない言い合いは時間の無駄ですので止めて下さい。貴方達三人がアーシェルさんを暴行していたとの調書はもう取れているんですよ。それに関して、ここの使用人達も罪に問われますね。貴方達の暴言、暴行を見て見ぬ振りをし、挙げ句加担までしていたのですから。ここの者達全員牢行きですね」

「っ!!」



 三人は青白い顔のまま口を噤む。

 しかしすぐにゴルディーはアーシェルへ視線を向け、へつらうように口の端を持ち上げ言った。



「あ、アーシェル、儂らを赦してくれないか。儂らは家族じゃないか。今までの事は全て水に流して、これからは家族四人仲良くしよう。な?」

「…………」



 アーシェルは無言でゴルディーを見つめた後、徐ろに口を開いた。



「私の……私の本当のお母様は、今何処にいますか?」

「は? お前の母……?」



 ゴルディーは予想もしていなかった娘の問い掛けに思わず訊き返す。



「はい、そうです。正直に答えて下さい」



 それを回答すれば赦してくれると思ったゴルディーは、即座に言葉を投げた。



「お前が小さい頃にも言っただろう。お前の母親は男と一緒に逃げた」

「……またそんなデタラメを――」



 ディオールがギリッと奥歯を噛み締め、ゴルディーを睨みつける。



「ほ、本当だとも! 儂とお前を捨ててあの女は男と逃げたんだ! 突然パッと出てきた男とな! あの男はな――」

「黙れっ! もうこれ以上ふざけた事を言うなっ!! 彼女は――セライナはあんたと良い夫婦になりたいと、懸命に努力をしていた! けどあんたはそんな彼女を蔑ろにし、そこの愛人の女とばかり一緒にいた! セライナは毎日泣いていた……。あんたがその女と不貞をしている間、ずっと悩んで苦しんでいた!!」



 ディオールが堪え切れずソファから立ち上がり、怒りの形相で勢い良く叫んだ。



(……お母様……)



 その時の母の気持ちが痛い程よく分かり、アーシェルは眉根を顰め目を伏せる。



「捨てたのはあんただ! あんたがセライナを捨てたんだよっ! 彼女がここから出て行ったのは全てあんたの所為だっ!!」

「……う……五月蝿い五月蝿いっ! 貴族の男は愛人の一人や二人いるのが当たり前なんだ! 貴様にとやかく言われる筋合いはない!!」

「……は……? ――この塵屑クソ野郎が……。ふざけるのも大概にしろっ!!」



 ついに開き直ったゴルディーのもとへ、小さな影が近付いた。

 その影はゴルディーの正面まで来ると、彼の頬を思い切り平手で叩いた。



「っ!?」



 パシッという小気味の良い音と共に、震える声が部屋に響く。



「貴方が……貴方がその人といるから、お母様は私を置いて出て行った! 貴方がお母様だけを愛していたら、お母様は私とずっと一緒にいてくれたのに! 私もずっとお母様といられたのに……っ! お母様を……お母様を返してっ!!」



 アーシェルは赤くなった掌を片手で抱きしめ、両目からボロボロと涙を流して喚叫していた。



「……この……っ! 親に向かって手を出すとは……っ!」



 頬の痛みでカッとなったゴルディーが、悪鬼の形相でアーシェルに向かって拳を振り上げる。


 その瞬間、ゴウッと強風が吹いたと思ったら、深紅の炎がゴルディーの身体全体を包み込んだ。



「へ? ――あ……ギ……ギャアアアァァァッ!! 熱い熱い熱いぃぃぃッ!!」



 ゴルディーが全身炎に包まれながら床を転がり、有らん限りの絶叫を上げる。



「キャアアァァァッ!!」

「ヒイイィィィッ!!」



 それを見てケイトとデックスは目玉が飛び出る程驚愕し、尻餅をつきながらズリズリと後退った。



「え……?」



 茫然としているアーシェルの後ろから腕が伸び、彼女のお腹に回る。

 そして引き寄せられたアーシェルは、ハッと我に返った時にはレヴィンハルトの腕の中にいた。



「せ、先生……」

「済まない、吃驚させてしまったな。君が殴られると思ったら、つい魔術が飛び出してしまった」

「ま……魔術って、『つい』で飛び出すものなんですか……?」



 一人を対象として炎に包み、他は決して燃やさないなんて、上級魔術に決まっている。

 それを詠唱も無しに瞬時に出せるという事は、レヴィンハルトはかなりの魔力持ちで高位魔術士である証だ。



「あの人は――」

「大丈夫だ、殺しはしない。君を今まで傷付けてきたんだ、多少の痛い目には遭って貰うがな」



 アーシェルの背中に回された腕の力が強くなり、更にレヴィンハルトと密着してしまった彼女は、高鳴る心臓の音が彼に聞こえないように願った。



「ラントさん、申し訳ない。この子が殴られると思い、反撃してしまいました」

「いえいえ、謝る事はないですよ。僕もしっかり見ていました。立派な【正当防衛】です。貴方は何も悪くないので大丈夫ですよ」




 ディオールはレヴィンハルトにニコリと笑うと、炎に呑まれ悲鳴を上げながら床をのたうち回っている惨めなゴルディーを冷たく見下ろしたのだった。






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