24.次は貴方達の番
「『婚約解消』が認められる正当な理由の一つに、『相手が浮気行為をした』があります。御子息が他の御令嬢と浮気をした証拠は揃っておりますので、下手に話し合いを長引かせて周りに良からぬ噂を立てられるよりは、ここでお認めになられた方が家名の為にも宜しいかと存じますが」
「………っ」
ディオールの言葉にオルティス公爵は苦虫を噛み潰したような顔になると、力無くソファに座り込んだ。
その隣で公爵夫人は、ただ真っ青になってオロオロとしているだけだ。
「……分かりました……。認めます……」
オルティス公爵が項垂れながら呟いた台詞に、エイリックが悲鳴にも似た叫びを上げた。
「ち、父上っ!? どうしてですかっ! まだ僕はアーシェルと――」
「五月蝿いっ! 黙らんかこのたわけ者めがっ! 貴様もいい加減認めろ! 貴様が蒔いた種だろうが!!」
エイリックはオルティス公爵の怒鳴り声にビクッと身体を跳ねさせると、やがて弱々しく俯いた。
「……は……はい……。すみません……でした……」
「レイノルズ侯爵閣下と侯爵夫人も異論はありませんね?」
ディオールがゴルディーとケイトに声を掛けると、二人はギクリとし、バツが悪そうに顔を伏せる。
オルティス公爵が認めてしまったので、彼より立場の弱いゴルディーは反論する事が出来なかったのだ。
「はい、それではオルティス公爵閣下、レイノルズ侯爵閣下、そして当事者同士の同意が取れましたので、この示談書をよくお読みになって、御署名をお願い致します」
ディオールは爽やかな笑みを浮かべると、ブリーフケースから示談書を取り出し、テーブルの上に置く。
そこにはもう、アーシェルの署名が認められていた。
オルティス公爵はその示談書を溜め息をつきながら一通り確認すると、ある部分で両目を見開かせる。
「……一つ、質問宜しいだろうか。この慰謝料の額は、こんなに安くていいのか? 相場よりかなり低いが……」
オルティス公爵がアーシェルを見上げると、彼女は目を細めて優しく微笑んだ。
「公爵閣下と公爵夫人には、今まで大変お世話になりましたから。ささやかですが御礼として見て頂けたらと思います」
「アーシェル君……」
オルティス公爵は感銘を受けたようにアーシェルの名を呟くと、深々と頭を下げた。
「ありがとう、この恩は決して忘れない。君が今後困るような事があれば、オルティス公爵家が必ず力になろう。勿論、息子の事は関係なく、だ」
「ありがとうございます、閣下」
慰謝料の額については、ディオールから助言を受けたのだ。
アーシェル達の住むオルドリッジ王国では、浮気や不貞行為への慰謝料の額は、他の国と比べてかなり高い。
外交に力を入れ、この王国や隣国までも様々な面で高い影響力のあるオルティス公爵家に恩を売っておけば、将来必ず役に立つ日が来るだろう、と。
それに、金額が少なければ、渋らずに署名をしてくれる可能性が高い。
そんな理由で、慰謝料の金額を標準よりも低く設定したのだ。
アーシェルは別にお金なんて望んでいなかったし、もしも貰えるなら、隣国のウォードリッド王国までの旅費と、暫くの生活費があればそれで十分だったので、ディオールの提案を了承したのだった。
「エイリック! いつまでグズグズしてるんだ! 早くこの示談書に署名をしないかっ!」
署名をし終えたオルティス公爵に怒鳴られ、エイリックは鼻血を裾で拭い、慌ててテーブルの前に来ると、カタカタと震える手でペンを取った。
最後の悪足掻きのように、エイリックは泣きそうな顔でアーシェルを見上げたが、彼女は凛とした視線で彼を見返す。
それに何故か頬を赤らめたエイリックだったが、再び父親に厳しく促され、示談書に嫌々ながらも署名した。
ディオールはその示談書を持ってゴルディーのもとへ行き、彼にも署名を促す。
オルティス公爵が素直に署名をした手前抗議する訳にもいかず、ゴルディーは渋々とそこへ自分の名前を書いた。
「はい、ありがとうございます。アーシェルさんとエイリックさんは、只今を以て『婚約解消』が正式に成立致しました。慰謝料のお支払いは、揉め事回避の為僕の方へお願い致します。確実にアーシェルさんにお渡し致しますので。オルティス公爵閣下、並びに公爵夫人と御子息はもう帰られて結構ですよ。お疲れ様でございました」
ディオールはソファへ戻りオルティス公爵家三人に優雅に礼をすると、目線を応接間の扉に向け退室するように促す。
オルティス公爵も礼を返し、アーシェルを見ると静かに口を開いた。
「アーシェル君。私も妻と同じく、一生懸命な君を気に入っていたんだよ。このような結果になってしまい、誠に残念だ……。馬鹿息子が本当に済まなかった。君の心が早く癒える事を願うよ」
「そう仰って頂けて嬉しいです、閣下。閣下が謝る事はないですよ。本当に……お二人にはお世話になりました。今までありがとうございました」
深く頭を下げるアーシェルに、オルティス公爵は寂しそうに微笑むとスッと席を立つ。
チラチラとしつこくアーシェルを見、何か言いたげなエイリックを強引に引っ張りながら、項垂れる公爵夫人と共に部屋から出て行った。
そして残ったのは、アーシェルとレヴィンハルトにディオール、そしてアーシェルの家族であるレイノルズ侯爵家の三人だ。
「……さて、次は貴方達の番ですね」
ディオールは、口も出せず今まで蚊帳の外だった三人に冷たい視線を送る。
ビクリと肩を揺らしたゴルディーは、負けじと声を荒げ言葉を飛ばした。
「お……おい! 慰謝料なら、娘じゃなくて儂に渡せ! 儂はそれの親だぞ!? それは未成年なんだから、儂が貰うのが道理だっ!」
「……貴方、そのお金をアーシェルさんの為にではなく、自分の為に使うのでしょう? それが分かり切っているのに、貴方に渡す訳がないでしょう。何馬鹿な事を仰っているんですか」
「な、何だと……っ!」
顔を赤くして憤慨するゴルディーに、ディオールは冷めた眼差しを止めない。
「それに、例え慰謝料を貰えたとしても、それ以上の罰金を貴方は払わなくてはいけませんよ」
「は……?」
「貴方達、アーシェルさんが幼い頃から虐待していたでしょう。この屋敷の使用人達から話を伺いましたよ。彼ら、なかなか口を割らなかったのですが、『証拠はある、このまま黙秘するようなら貴方達も同罪になる』と言ったら、途端素直に吐いてくれました」
「なっ……」
「貴方達、家族揃って彼女に暴言、暴行を加えていたそうですね。家の清掃を使用人のようにやらせる、ご飯抜きは日常的だったとの事で。それについては全て調書に認めさせて頂きました」
「………っ!」
ゴルディー、デックス、ケイトの顔が同時にサーッと青くなっていく。
「子供への虐待は、この国では大罪になります。アーシェルさんの身体にある無数の痣を医者に診て貰い、『人からの暴行の際に出来たもの』との診断書も受け取っています。この調書と診断書が『証拠』となって、貴方達は【暴行罪】、【傷害罪】、【脅迫罪】等の罪で牢に入れられるでしょうね。勿論多大な罰金も支払わなくてはいけません。まぁ、自業自得ですがね」
三人はガタガタと震え出し、ケイトとデックスは腰を抜かしてしまい、その場にヘナヘナとへたり込んだのだった……。




