23.もう一度、その『言葉』を
「……その紙は複写ですから、破り捨てるなり燃やすなり御自由になさって下さい。――ふむ……なかなか往生際が悪いようですので、もう一つの『証拠』を出しましょう」
「は……? “もう一つ”の……?」
エイリックの裏返った声の呟きに、ディオールはニコリと笑って頷くと、ブリーフケースから長方形の小さな機器を取り出した。
機器の上部に、細かい網目状の丸い形のものが付いており、下部には小さな丸い突起が出ている。
「それも『写真機』と同じ、子爵令嬢が開発した『録音器』です。音声をこの機器の中に保存する事が出来ます。これを使っている間は魔力を微量に消費し続ける為、魔力がある者でないと使えません。その上高額な為、持っている者は極僅かでしょう」
オルティス公爵が尋ねる前に、レヴィンハルトが先手を切って説明をした。
「今からお聞かせするのは、その『写真機』でお二人を写した時にされていた会話です。ローランさんが念の為にと、この『録音器』で音声も保存しておいてくれました」
「な……っ!!」
エイリックが目と口を真ん丸く開け絶句するのも構わず、ディオールは丸い突起を指で押した。
『……そうね、ごめんなさい。あなたの事を愛しているから、ついあの子に嫉妬をしてしまって……』
『ははっ、そうかそうか。可愛いな、ジェニーは。僕も君を愛しているよ』
『じゃあ、いつものようにキスして?』
『あぁ、勿論さ』
『ふふっ。嬉しいわ、エイリック』
すると、機器の上部にある細かい網目状の箇所から、少量の雑音と共にエイリックとジェニーの声が流れてきた。
「こ……これは……」
「男性の方は……間違いなくエイリックの声だわ……。女性の方は、確かにアーシェルさんの声ではないわ。この声が、ジェニー・パリッシュさん……? お互いに呼び捨てして……婚約者同士でもないのに……。それに、“いつものように”って……。あ、あなた――」
「……あぁ。この状況は……確実に息子の“浮気”だ……」
身体を震えさせ、顔が怒りで真っ赤に染まったオルティス公爵がボソリと呟く。
「……ちっ、違います、父上っ! こ、これはっ、そ……その……っ!!」
赤くなったり青くなったりしながら、エイリックが尚も言い募ろうとすると、突然オルティス公爵が立ち上がり、彼の頬を拳で思い切り殴った。
「ぎゃっ!!」
潰れた悲鳴を上げ、エイリックが勢い良く吹っ飛ぶ。
「お前――貴様はっ! 貴様は何て事をしてくれたのだっ! アーシェル君は私達の――公爵家の“幸運の女神”だったんだ! そんな彼女を蔑ろにし、貴様は他の女子生徒と浮気をしていただと!? あれほど彼女を大切にしろ、絶対に手離すなと言ったのに……! 貴様には心底失望したぞ!! 貴様は、公爵家にこれから訪れる輝かしい“幸運”を粉々に打ち砕いたんだっ! この……大馬鹿者の愚か者めがっ!!」
「……あ……あぁ……っ。ち、父上……。ご、ごめんなさい……ごめんなさい……っ!!」
息子を殴った拳を震わせ激怒するオルティス公爵に、エイリックは尻餅をつき、鼻血を出しながらガタガタと身体を痙攣させていた。
そして、ハッと気付いたようにアーシェルの方に振り向く。
「あ……アーシェル! こ、これはその……一種の気の迷いだったんだ! 君は僕の事が今も好きなんだろう!? これからは君の事をうんと大切にする! もう目移りなんてしない! 約束するよ! だから『婚約解消』を取り消してくれ! 頼む……!!」
「…………」
必死な懇願の眼差しでこちらを見上げてくるエイリックを、アーシェルは何の感情も持たない表情で見返した。
いつも情愛の視線を自分に向けていた彼女の、今まで見た事の無いそれに、エイリックはビクリと肩を跳ねさせる。
(貴方は……。自分の父親には何度謝っても、私には何の謝罪も無いんですね……。私も……貴方の事、心の底から失望しました……)
「……私はもう、貴方の事は全く好きではありません。貴方が、私のその気持ちを綺麗に消したんです。……あの時の『言葉』を、もう一度言います。エイリック様」
「――『婚約解消』しましょう、私達」
エイリックはその絶望的な言葉を、はち切れんばかりに大きく両目を見開き、愕然としながら聞いたのだった――




