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21.反撃の狼煙



「皆様、お忙しい中お集まり頂きまして、誠にありがとうございます」



 レイノルズ侯爵邸の応接間の中央には、挨拶をし頭を下げているアーシェル、その隣には瞼を閉じ腕を組むレヴィンハルトがいた。

 少し離れた場所に彼女の父親であるゴルディー・レイノルズ侯爵と、その妻ケイト・レイノルズ侯爵夫人、彼女の義弟デックス・レイノルズ侯爵子息が、それぞれ仏頂面で立っている。


 そして、エイリックと、彼の父親のオルティス公爵、母親のオルティス公爵夫人が応接間のソファに座り、戸惑いの様子でアーシェルを見ていた。



「アーシェル君、何故私達を呼んだのか教えてくれないか? 君からの手紙には、今日この日に必ず来てくれとしか書いていなかったからな」

「そうだよ、アーシェル。しかもどうしてローラン先生までいるんだい? 完全な部外者じゃないか」



 オルティス公爵とエイリックがアーシェルに尋ねると、レヴィンハルトが瞼を上げ、一歩前に出て口を開いた。



「俺はこの場での立会人だ。それと、これから行う話に出てくるであろう道具の説明は俺が担当する」

「は……?」



 エイリックが怪訝な声を出す中、アーシェルはオルティス公爵と公爵夫人に深々と頭を下げた。



「オルティス公爵閣下、それに公爵夫人。御足労を掛けさせてしまい、大変申し訳ございません。けれどもう、これで最後ですので、どうか御了承頂ければ幸いです」

「何だって? “最後”……?」

「はい。今日皆様にお集まり頂いたのは、私とエイリック様の『婚約解消』の承諾を戴く為です」

「「「はぁっ!?」」」



 アーシェルとレヴィンハルトを除く全員が、同時に素っ頓狂な声を響かせた。



「ふ……ふざけるなっ! そんな事、この儂が許すと思うのか!? 寝言は寝てから言えっ、この馬鹿娘がっ!!」

「そ……そうよ! 今すぐに公爵閣下と公爵夫人に謝りなさい! 頭を床に擦り付けて!!」

「元から頭悪いけど、とうとうおかしくなったのか、姉貴!?」



 アーシェルの家族がギャーギャー喚いたが、レヴィンハルトの凄絶な睨みを受け、三人は「ひっ」と喉を鳴らしピタリと口を閉ざした。



「……どういう事かな、アーシェル君? 君とエイリックはとても仲が良かったように見えていたが……」



 ポカンと口を開けている間抜けな顔のエイリックを横目で見ながら、オルティス公爵が静かにアーシェルに問い掛ける。



「エイリック様は学園内にて、編入生のジェニー・パリッシュ令嬢と仲睦まじい関係になっていました。それは、学園の生徒ほぼ全員が分かっています。それだけ二人はいつも密着し、皆の前でも堂々と抱き合っていましたから。生徒達に話を聞けばすぐに分かるでしょう」

「な……っ!!」



 エイリックは絶句し、みるみると青褪めたが、急いでオルティス公爵の方を向いて釈明を始めた。



「ち……違います、父上っ! ジェ――パリッシュ嬢は編入してきたばかりで、まだ学園の事を知らなかったので、学級委員の僕が案内し説明をしていただけです! だ、抱き合っていたのも誤解です! パリッシュ嬢が女子生徒に苛められて泣いていたので、隣に座って慰めていただけです! が、学級委員としてそれは当たり前の事ですから。本当です……!」



 エイリックの必死の言い分に、オルティス公爵は薄緑色の顎髭を擦りながら、低く唸った。



「……アーシェル君。息子の言う通りなら、それで浮気だ、『婚約解消』だと言うのは、証拠も無いのに早合点ではないか? 私は、君とエイリックには、今まで通り“婚約者”として仲良くして欲しいと思っている。なぁお前?」

「えぇ。アーシェルさん、わたくしは貴女の事がとても気に入っているのよ。いつも一生懸命で、公爵家の事を熱心に勉強している貴女に好感を持っていたの。だから、『婚約解消』なんて……そんな悲しい事を言わないで頂戴」

「……公爵夫人……」



(そんな風に思ってくれていたなんて……。例え咄嗟に出た嘘でも……嬉しいです……。――けど、私はもう戻れません。ごめんなさい、公爵夫人……)



「勿論、誤解を招く行動をしたエイリックも悪い。そこは注意しておこう。今回の事は聞かなかった事にするから、これからも“婚約者”同士、二人で支え合っていって欲しい。近い内に君達は婚姻するのだから、今みたいな困難も二人で乗り越えていかないとだぞ。――いいな? エイリック。もう二度とアーシェル君を悲しませるなよ」

「は、はいっ! 勿論です、父上! 僕はアーシェルを大事にします!」



 オルティス公爵が紡いでいく言葉に、ニヤリと口の端を持ち上げ大きく頷くエイリックをチラリと見たアーシェルは、眉尻を下げ小さく息を吐いた。



(エイリック様……。ここで浮気を認めて『婚約解消』にすんなりと同意していれば、貴方の醜態を晒す事を免れたのに――)



 アーシェルはレヴィンハルトに視線を向けると、彼もこちらを見ていた。

 そして、二人同時に小さく頷き合う。



「――ディオールさん! 入ってきて大丈夫ですよ。よろしくお願い致します!」



 アーシェルが声を発してすぐ、応接間の扉がカチャリと開かれ、身なりがきちんとした濃茶色の髪と瞳の男性が入ってきた。

 そして、洗練された綺麗な仕草で礼をする。



「失礼致します。自分は、ラント弁護士事務所の弁護士、ディオール・ラントと申します。本日はアーシェル・レイノルズさんとエイリック・オルティスさんとの『婚約解消』の交渉、そしてもう一つの案件のお手伝いをさせて頂きます。どうぞよろしくお願い致します」

「「「べっ、弁護士っ!?」」」



 アーシェルとレヴィンハルトとディオールを除いた全員の声が綺麗に重なった。

 ディオールは颯爽と歩き、オルティス公爵達の向かいのソファに腰を下ろすと、彼らに向かってニコリと微笑を浮かべる。


 その圧のある微笑みに、オルティス公爵家の三人はギクリと顔を強張らせた。




 ――アーシェル達の反撃の狼煙が今、上がったのだった――






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