19.弁護士とご対面
レヴィンハルトが早速弁護士を探してくれ、学園が休みの日に会う事になった。
勿論、レヴィンハルトも一緒にだ。
誰にも見られないように、隣の町の喫茶店で待ち合わせをする。
店員に案内され席に着くと、アーシェルは隣に座ったレヴィンハルトに頭を下げた。
彼は自分の髪が目立つと思ったのか、フード付きの服を着て頭を隠している。
「すみません、ローラン先生……。色々と本当に御迷惑を――」
「気にするな。あと、外では『先生』呼びは止めた方がいい。誰が聞いているか分からないしな。それで素性が特定されてしまう可能性もある。俺の事はレヴィンとでも呼んでくれ」
「え? あ……はい、分かりました。じゃあ……レヴィンさん?」
「あぁ」
レヴィンハルトが珍しく嬉しそうに微笑むものだから、アーシェルは無性に気恥ずかしくなり頬を染めた。
「君の私服を初めて見たが、想像通り可愛いな」
「っ!? あ、ありがとうございますっ」
更に真っ赤になったアーシェルを見て、レヴィンハルトはクスリと笑う。
私服やドレスは必要最低限しか買って貰えなかったので、学園のお昼代として貰っていたお金を少しずつ貯め、それで服を買ったのだ。
(店員さんに色々と助言を貰って、一番私に似合うと言ってくれた服にしたんですよね……。あの時の店員さんに感謝です)
嬉しそうに頬を緩ませるアーシェルを、レヴィンハルトが愛おしそうに見つめていた事に、彼女は全く気付かなかったのだった。
「――お待たせして申し訳ございませんでした。レヴィンハルト・ローランさんと、アーシェル・レイノルズさん……ですか?」
そこへ、四十代前半位の、身なりがきちんとした男性が現れた。
「はい、そうです。時間通りなので大丈夫ですよ」
レヴィンハルトは頷き、向かいの席に座るように促す。
短く切り揃えた濃茶色の髪と瞳を持つ、清潔感漂う男性は頭を下げ椅子に腰を下ろすと、早速自己紹介を始めた。
「弊所に御依頼頂き、誠にありがとうございます。ラント弁護士事務所のディオール・ラントと申します。これからどうぞよろしくお願い致します」
「はい、こちらこそよろしくお願い致します」
ディオールは再び礼をし、レヴィンハルトは軽く、アーシェルは深々と頭を下げた。
「『婚約解消』をしたいとの事で……。相手が同級生と浮気をしているからと」
「はい。ちゃんと証拠もあります」
「そう……ですか……」
そこで何故かディオールが顔を伏せ、アーシェルは首を傾げて彼に尋ねた。
「あの……? どうされましたか……?」
「……同姓同名かと思ったのですが、貴女を見た瞬間、確信しました。彼女の娘で間違いない……と」
「え……?」
ディオールは頭を上げると、アーシェルを切なそうな瞳で見つめて言った。
「貴女は、彼女――セライナとよく似ている。髪と瞳の色も同じで……。しかも境遇まで似るなんて……。境遇に関しては、神に恨みの一言を言いたい気持ちで一杯です」
「え? “セライナ”って――」
「貴女を産んだ、貴女の本当の母君です。――あの男、貴女にセライナの名前を伝えてなかったのですね……。あの男の事だ、彼女に関して貴女に有る事無い事吹き込んだんでしょう」
「わ、私のお母様……?」
突然自分の母親の事を聞かされ、アーシェルは戸惑いと混乱が隠せない。
「はい。実は僕、貴女の母君――セライナと幼馴染だったんです。昔はよく一緒に遊んでいました」
「お母様の……幼馴染――」
「はい。僕達はとても仲が良かったんです。けれど彼女が二十歳の時、政略で無理矢理結婚させられてしまいました。相手の男は、それはもう酷い男でした。彼女を放って愛人とばかり一緒にいて、侯爵邸に帰ってくる事は滅多に無かった。仕舞いには愛人を侯爵邸に連れてきて、彼女の目の前で仲睦まじい姿を見せるようになったのです」
「あ――」
「彼女は毎日泣いていました。政略結婚でも、夫と仲睦まじく幸せな生活を送りたいと夢見ていた彼女は、目の前で平気で抱き合い口付けを交わす夫と愛人の仕打ちに日に日に口数も少なくなり、痩せ細っていきました。僕は、彼女に何もしてあげられない自分が悔しくて情けなくて……。ただ、涙を流す彼女の話を聞いてあげる事しか出来ませんでした……」
「……っ」
(それは……ついこの前までの、私とエイリック様との関係と同じ――)
アーシェルの胸の奥が、キュッと締まるように苦しくなった……。