16.彼女の背中には
「えっ!?」
アーシェルがクロノスの台詞に驚きの声を上げる。
その刹那、レヴィンハルトの掌の上に、紅くメラメラと燃え盛る炎が現れた。
そして無表情の凍てつく視線でクロノスを見下ろした彼は、たった一言、こう言った。
「死ね」
「わーっ!! 待って待って、言葉の語弊だよ、ご・へ・い! 上半身裸になって背中を見せてくれって言いたかったの! だからそんな物騒な炎、早く仕舞ってよ! 学園全てが全焼しちゃうよ!!」
「…………」
レヴィンハルトは大きく舌打ちをすると、掌に出していた炎を消した。
「はぁー……。もう、肝を冷やしたよ……」
「あ、あの。背中を……ですか?」
「うん、そうそう。確認したい事があってね。勿論、前は服でしっかりと隠してね。頼むよ、この通り!」
クロノスに頭を下げられながら両手を合わせて頼まれ、アーシェルは戸惑いながらも頷く。
「じゃあ、いいと言うまで向こう向いてて下さいね……?」
「うん、分かった。絶対に見ないと約束するから。――レヴィンハルトもだよ? ここでむっつりスケベっぷりを発動しないでよ? 見ないと言っておきながらさり気にチラチラ覗くのは御法度――」
「……やっぱり殺」
「ごめんなさいすみません私が悪かったです許して下さい」
(仲がすごく良かったんですね、この二人)
二人の掛け合いを笑いを堪えて聴きながら、アーシェルは上半身だけ制服を脱ぐと、急いで脱いだ服で前を隠した。
「……いいですよ」
「ありがとう。じゃあ見させて貰うね」
アーシェルと正反対の方向を向いていたクロノスは、彼女の方へ身体ごと振り返った。
「………っ!」
そして、アーシェルの背中を見て顔を強張らせ、鋭く息を呑む。
「どうした、クロノス? ――アーシェル嬢、俺も見ていいか?」
「は、はい、いいですよ」
「すまない、ありがとう」
アーシェルの許可を貰い、レヴィンハルトも振り返ると、クロノスと同じ反応をした。
「こ……れは――」
アーシェルの細く、透き通る位白い肌に、幾つもの大小様々な赤い痣や紫の痣が浮き出ていたのだ。
これは明らかに、何かで打たれた痕だった。
彼女は自分では背中が見えないので、そこに痣があるなんて気付いていないようだった。
痛みは常に感じている筈なのに。
『……レヴィンハルト。これはもしかしなくても――』
『……あぁ。恐らく彼女の家族の仕業だろう。彼女の環境が劣悪なのは聞いていたが……。チッ、今すぐにでも全員殺しに行きたい所だ』
『気持ちは分かるが抑えてくれレヴィンハルト。これだけの痣が残っていて、新しい痣もあるから、今も暴力が行われているという事だろう。虐待の証拠として彼女の親を訴える事が出来る。彼女がそれを望んでいれば……だけどね』
『どちらにせよ、奴らに厳しい“制裁”は必要だ』
『……だね』
「……あ、あの……?」
小声でヒソヒソと話す二人に不安になり、アーシェルはおずおずと声を掛ける。
「あ、あぁ、ごめんね。じゃ、改めて背中を見させて貰うね。少し近くに寄るよ」
「はい」
咳払いをすると、クロノスは顔を顰めながら、アーシェルの痛ましい背中を見回す。
「……あぁ……あった。あって欲しくなかったモノが」
「……それは……まさか」
クロノスが無言で、アーシェルの背中の左上を指差す。そこは心臓がある部分だ。
「っ!!」
その場所に赤黒く不気味な筆跡の文字で、小さく『54』と書かれているのを見たレヴィンハルトの顔が、みるみると驚愕の色に変わっていったのだった……。




