15.とんでもないお願い
レヴィンハルトがアーシェルを連れてきた場所は、生物教室だった。
「生物教室……? ここって、生物基礎のジュダリア先生がいる――」
「あぁ。入るぞ」
そう言うと、レヴィンハルトはノックもせずに扉を開けた。
「クロノス、いるか?」
「おや? レヴィンハルトじゃないか。ここに来るなんて珍しいねぇ。漸く君の“解剖”の許可が貰え――」
「話がある。緊急の件だ」
「うーん、相変わらずつれないねぇ」
そう言ってヘラリと笑った、若草色の長い髪を後ろで束ね、同じ色の瞳を持つ垂れ目の男は、クロノス・ジュダリア。学園で生物基礎を教えている先生だ。
レヴィンハルトはアーシェルの背中をそっと押して教室の中に入らせると、扉を閉めて鍵を掛ける。
同時にレヴィンハルトは、早口で何かの詠唱を唱え始めた。それが終わった瞬間教室全体が淡い光に包まれ、すぐに消える。
「おやおや? “音声遮断の術”を使うという事は、何やら訳ありのようだね。それに君が女子生徒連れとはもっと珍しいな。いつもは反対に彼女達から逃げ回っている立場なのに」
クロノスはニヤニヤしながらアーシェルを見ると、「おや」と両目を軽く見開かせた。
そして執務椅子から立ち上がり、ツカツカとアーシェルの目の前まで来ると、彼女の顔をズイッと覗き込む。
「えっ?」
「おぉ……。普通じゃ見えないけど、碧色の目に何か違う色が混じってるね? これは何とまぁ珍しい瞳の色――」
「近い。今すぐに離れろ」
怒りを含んだ低い声音と共に、アーシェルの手が引っ張られたかと思ったら、レヴィンハルトのすぐ後ろに身体が隠されていた。
「おやおや、これは露骨な……。ふーん、成る程ねぇ。他の先生には秘密にしておくから安心するといいよ」
益々ニヤニヤとするクロノスに、レヴィンハルトは嫌そうに顔を顰めると、自分を落ち着かせるように大きく息をついた。
「何を言っているのか分からんが、お前に早急に調べて欲しい事がある」
「ふぅん? それは生物の方? それとも【呪い】の方?」
ジェニーに引き続き、クロノスも不穏な言葉を出し、アーシェルは思わず息を呑む。
「【呪い】の方だ。彼女がそれに掛かっている可能性がある。俺の思い過ごしだったらいいが……お前の判断を仰ぎたい」
「……へぇ? それは興味深いねぇ。早速診てあげるから、彼女を私に寄こしておくれ」
「……変な真似は絶対にするなよ」
「嫌だなぁ、人聞きの悪い。君ならまだしも、女子生徒に解剖とかそんな真似は絶対にしないから安心しておくれ」
「…………」
レヴィンハルトはヘラヘラ笑うクロノスを睨みつけると、溜め息を吐きアーシェルの方へ振り向いた。
「彼は生物の他に、個人的に【呪い】についても研究している大層変わった奴でな」
「“大層変わった奴”はヒドイよ~。“研究熱心で真面目な史上最高の格好良い先生”と言っておくれ」
「五月蝿い黙れ。――君の症状は、もしかしたら【呪い】に掛けられた可能性があるから、嫌なのは十分承知だが、彼の診断を受けてくれないか」
「私が……【呪い】に……?」
呆然とするアーシェルに、レヴィンハルトは神妙に頷くとその手を取り、彼女を自分の前に出させた。
「大丈夫、痛い事はしないよ。ちょっと問診するだけだから。君が今自分の身に起きている症状を詳しく教えてくれないかい? この事は絶対に誰にも言わないから。約束するよ」
ニコリと安心させるように優しく微笑むクロノスに、アーシェルはホッとしながら首を縦に振ると、なるべく詳しく話し始めた。
「……ふむふむ、成る程……。突然そんな症状が……。日に日に苦しむ回数と咳込み吐血する回数が増えている……か……」
「悪い箇所を見る事が出来る町のお医者さんが仰るには、私の心臓は真っ黒な靄で覆われて、もうどうする事も出来ないそうです……」
クロノスは腕を組みながら「うーん」と唸ると、アーシェルに向かってとんでもない言葉を言い放った。
「レイノルズ君。今すぐ裸になってくれないか」




