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13.作戦開始



 そして、その日の放課後。


 アーシェルは授業が終わり、先生に礼をし終えると即座に席を立ち、急いで教室から出た。

 放課後、レヴィンハルトと魔術教室で待ち合わせをしていたので、真っ直ぐにそこへ向かう。


 魔術教室の扉をノックすると、すぐに中から返事が聞こえた。

 扉を開けると、レヴィンハルトが『写真機』を手に持ち、準備万端で立っていた。



「良かった、オルティスに捕まらなかったな。遅かったら様子を見に行こうと思っていたんだ」

「は、はい。ローラン先生が仰ってくれた通り、先生の礼が終わってすぐに教室を出ましたから、大丈夫でした」

「よし、明日もそうしてくれ。――アーシェル嬢、“気配隠蔽の術”を掛けるからこちらに来てくれ」



 レヴィンハルトに呼ばれ、アーシェルは頷くと彼のもとへと歩く。



(……ん、あら? いつの間にか名前呼びになってます……? 二人きりの時はそう呼んでくれるんでしょうか……。嬉しいからいいけれど――って、何考えてるんです私っ)



 アーシェルが頭を左右にブンブンと振ると、レヴィンハルトは怪訝な顔をして彼女に声を掛けた。



「……アーシェル嬢? どうした、大丈夫か?」

「あっ……は、はい、大丈夫です! ――その、“気配隠蔽の術”って……?」

「あぁ、気配を消す事が出来る上級魔術だ。通常は魔物に見つからない為に使うんだがな。今回は彼らに見つからないようにする為だ。証拠を確実に取りたいからな」

「なるほど……。悪意を持った人に使われたら危険な魔術ですね……」



 レヴィンハルトはアーシェルの神妙な呟きに目を瞠ると、大きく頷いた。



「あぁ、その通りだ。だからこの魔術を会得する為に必要な魔術書を借りるには、国が認めた者でないといけない。この魔術書の借用を申請すると、前科や前歴、人となりをきっちりと調べられるんだ。それで許可が下りた者だけが借りられる仕様となっている。魔術を会得したら、必ず国に魔術書を返さなくてはいけない。使い方によって人に危害や損害を加える上級魔術は、大体その様式を取っている」



 アーシェル達が住むこの大陸では、魔力があり魔術の素質がある者は、生まれながらにして自分の属性の下級魔術を一つだけ会得している者もいるが、大抵は自分の属性に関連する魔術書で覚えていくのだ。

 覚えられる魔術書は文字がスラスラと読めるが、会得出来ない魔術書は一切文字が読めない。

 通常、一人に覚えられる魔術は一つから三つだが、魔力の高い高位魔術士は幾つも属性を持っており、十つ以上覚えられる者もいる。



「良かった……。ちゃんと徹底してるんですね」

「……その点をすぐに考えるとは、君はしっかりしているな」



 レヴィンハルトは、安心して息を吐くアーシェルにフッと微笑む。

 そして近くに来たアーシェルの頭頂部に手を翳すと、唇を動かし詠唱を始めた。

 低く温かな聴き心地の良い声が、アーシェルの耳を擽る。


 詠唱は、魔術が上級である程長くなると授業で習った。



(この声……ずっと聴いていたい……)



「……終わったぞ。――アーシェル嬢、どうした? 目を瞑って」



 レヴィンハルトの呼び掛けに、ハッとしてアーシェルは顔を上げた。



「あ……っ。す、すみませんっ! 先生の声が素敵で聴き惚れてしまって――あっ」



 言い訳をしようとして急いで開いた唇から本音が出てしまい、口に両手を当てたアーシェルの顔が、みるみると真っ赤に染まる。

 レヴィンハルトは銀の瞳を見開いてそんな彼女を見ていたが、やがて「ははっ」と声を立てて笑った。



「あぁ、そうか。うん、それは嬉しいな」



 楽しそうに口を開けて笑うレヴィンハルトを見たのは初めてだったので、アーシェルは思わず彼に見入ってしまう。



「――さぁ、行こうか。一緒に歩いても大丈夫だ。周りに俺達の事は認識出来ない筈だからな」



 アーシェルの頭をポンと軽く叩いたレヴィンハルトは、入り口に向かって歩き出す。

 ボーッとしていたアーシェルは、慌てて自分の両頬を掌で叩き気を引き締めると、彼の後に付いていったのだった。




-・-・-・-・-・-・-・-




 レヴィンハルトの言う通り、彼とアーシェルの姿は他の者達には認識されておらず、こちらには全く視線を寄越さず次々と素通りしていく。



「ぶつからないように気を付けろよ。強い衝動を受けたら効果が切れてしまうからな」

「は……はい、分かりました!」



 クラスにはいなかったが、エイリックとジェニーはまだ帰っていないと踏んだレヴィンハルトは、アーシェルと他の教室を一つ一つ見て回った。


 ――そして、委員教室に二人はいた。


 その教室は、クラスの学級委員が話し合いや相談して何かを決める時に使われていて、今日は使用されていない場所だった。



 中から話し声が聞こえて、その声がエイリックとジェニーだと気付いたレヴィンハルトは、教室の扉をそっと音を立てないように開く。

 中を覗くと、レヴィンハルトは後ろにいたアーシェルの手を引っ張り、自分のすぐ前に立たせた。


 ……上を向けば、目の前に見惚れる位の美麗な横顔があって。ほんの少しでも後ろに下がれば、レヴィンハルトの胸に自分の後頭部が触れて。

 しかも、自分の肩にさり気なく彼の手が添えられているではないか。


 あまりの距離の近さに、アーシェルの胸の鼓動が煩く響く。



(か、顔に血が昇って吐血しそう……! 落ち着いて、私……っ!)



 頬が熱くなるのを感じ、急いで視線を前に移すと、そこには何と、エイリックに抱きついているジェニーの姿があった。



『え、い、いきなりっ? ろ……ローラン先生っ、今が絶好の機会なのでは!?』

『いや、パリッシュ嬢の方からオルティスに抱擁をしているから、これは決定的な証拠にならない。「無理矢理抱きつかれた」と言えば言い訳が通るからな』

『……あぁ、なるほど……』



 二人はコソコソと小声で話しながらエイリックとジェニーの様子を見守り、絶好の機会(シャッターチャンス)を待つのであった。






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