12.その見つめる先には
「ありがとうございました、ローラン先生。本当に助かりました……。いつもすみません……」
魔術教室に入り、レヴィンハルトが扉を閉め鍵を掛けると、アーシェルは彼に深々と頭を下げた。
「何だか胸騒ぎがしてな。様子を見に行って正解だった。……大丈夫か?」
「はい……。エイリック様があんなに話の通じない人だったなんて……」
「話し合いで『婚約解消』は確実に無理だと分かったな。明日からは昼休み開始の鈴が鳴り、先生との礼が終わったらすぐに教室を出た方がいい。彼に捕まる前にな」
「はい、そうします……」
心底疲れた顔のアーシェルの頭を労わるように優しく撫でると、レヴィンハルトは彼女に椅子に座るように促した。
アーシェルはちょこんと椅子に腰を下ろすと、その隣の椅子にレヴィンハルトが座る。
そして、アーシェルの片手位の大きさの、正方形をした箱のような物を机に置いた。
その装飾された箱のような物の真ん中には、丸い綺麗なレンズが埋め込まれている。
「これが……?」
「あぁ、『写真機』だ。上の方に押せる突起のようなものがあるだろう? 魔力を込めながらそこを押すと、物体の像を記録出来るんだ。魔力を込め続ければ、連続で物体を記録出来る」
「すごい……っ! それに、思ったよりも小さくて驚きました。高性能なものだから、もっと大きいかと……」
「誰でも扱い易いようにこの形にしたそうだ。放課後、早速オルティスを張ろうか。昼休みの彼の言動に、パリッシュ嬢も思う所があっただろうからな。早々に証拠が取れそうな予感がする」
そこで、アーシェルは両目を瞬かせながらレヴィンハルトを見上げた。
「え……? ローラン先生も一緒に……ですか?」
「当たり前だろう。この『写真機』は魔力を持った者でないと使えないからな。君は魔力が無いだろう?」
「あっ、そうでした……。す、すみません……先生には色々と本当に御迷惑とお手数を――」
「気にするな」
フッと美麗に微笑うレヴィンハルトに、アーシェルは思い切って訊いてみた。
「あ、あの。どうして私なんかに、こんなに良くしてくれるんですか……? 私、何も返せていないのに……。返せるか分からないのに――」
その問いにレヴィンハルトは軽く目を瞠ったが、すぐに表情が和らぎ、手を伸ばすと俯くアーシェルの眼鏡を外す。
不思議に思って顔を上げると、微笑むレヴィンハルトと直接目が合い、アーシェルの鼓動が一気に速くなった。
「君を護りたいんだ」
「え……?」
「もうこの眼鏡はするな。その目を隠す必要は無い。それに、この眼鏡はオルティスから貰ったものだろう? そんな物も必要は無い」
最後は何故か若干怒った口調で言ったレヴィンハルトに、アーシェルは小首を傾げたが、素直に頷いた。
これを付けていると、周りから自分の目が見えなくなる分、視界がぼやけて見難くなるのだ。
(それで何度もぶつかったりこけたりしたから……。今改めて思い返すと、エイリック様は「気を付けてね」の言葉だけで、助け起こしたり心配なんてしてくれなかった……)
「その七色の目の所為で揶揄われたりしたら、俺にすぐ言ってくれ。先生の特権を使って、そんなふざけた真似が出来なくなる位しっかりと躾けてやる」
「ふふっ、職権乱用にならないように気を付けて下さいね? ……ありがとうございます」
(……こんな風に心から優しい言葉を掛けてくれたのは、セルジュとローラン先生だけ……)
思わず瞳が潤みそうになりながらも、アーシェルは笑顔を浮かべてレヴィンハルトに礼を言った。
レヴィンハルトはそんな彼女の目を見つめ、徐ろに口を開いた。
「……俺は、君の瞳が好きだ。吸い込まれそうな程に、君の七色に輝く目は綺麗だ」
「えっ……」
その告白にも似た甘い囁きに驚き、アーシェルは顔を真っ赤にさせてレヴィンハルトを見返すと、彼は自分を見つめていたが、それは自分を超えて何処か遠くを見ているようで。
まるで、自分の遥か向こうにいる“誰か”を見ているような――
「――わっ、私、お昼ご飯を買いに行ってきますね!」
「……あぁ。オルティスに見つからないように十分気を付けろよ。買ったらまたすぐにここに戻って来てくれ。今日はここで食べよう」
「は、はいっ。購買は食堂と離れているから大丈夫だと思いますが……気を付けます!」
何故か無性に居た堪れなくなったアーシェルは、ワタワタと椅子から立ち上がると、振り返らずに鍵を開け教室から飛び出していったのだった……。




