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9.瞳の秘密



「昨日はとんでもなく醜悪な姿を見せてしまい、誠に申し訳ございませんでした……っ!」



 翌日の、お昼時間。

 いつものように例の穴場に来たレヴィンハルトに、ベンチに座っていたアーシェルはシュタッと立ち上がると、ガバッと勢い良く頭を下げた。



「頭を上げてくれ。俺は別に全然気にしていない」

「うぅっ、でも――」



 昨日のあの後、暫くして泣き止んだアーシェルは、気恥ずかしさから挨拶もそこそこに、レヴィンハルトから走って逃げ去ってしまったのだった。


 アーシェルがそろそろと顔を上げると、レヴィンハルトは彼女を見つめ、優しく微笑んでいた。

 その美麗な微笑みに、アーシェルの胸が大きく跳ねる。



「言い方が悪くて申し訳ないが……、正直に言うと、俺に身体を預けて泣く君は可愛かった」

「えっ!?」



 それを聞き、アーシェルの顔がボボッと赤くなる。

 レヴィンハルトは、そんな彼女に目を細め、フッと吹き出した。



「あぁ、その顔も可愛いな。眼鏡無しで見たかった」

「えぇっ!?!」



(セルといいこの人といい、どうしてこんなサラッと「可愛い」なんて言えるんですかっ!? しかも貴方、先生ですよね!? 生徒を口説くような台詞を吐いていいんですかっ!?)



 そんな言われ慣れていない事を目の前で言われたら、自分の欠陥だらけの心臓が今すぐにでも爆発しそうだ。


 ちなみにエイリックの「可愛い」は論外だ。思ってもいない事だとすぐに分かったから。



「だから、全く気にしなくていい。……少しはスッキリしたか?」

「……はい、ありがとうございます」



 レヴィンハルトにベンチに座るよう促され、アーシェルは腰を下ろす。その隣に彼もゆっくりと座った。

 最初と比べて、二人の座る間の距離が少しずつ縮まってきているのは、アーシェルの気の所為だろうか。



「婚約者とは、交渉決裂したみたいだな」

「はい……。すんなり頷いてくれるかと思ったのですが……。どうしてエイリック様が私に固執するのかが分かりません……。私と『婚約解消』すれば、彼はパリッシュさんと堂々と付き合えるのに……」

「……俺は、その理由が分かる」

「えっ!?」



 アーシェルが大きく目を見開かせてレヴィンハルトを見ると、彼もこちらを向いていて、真剣な表情で頷いた。



「君の婚約者は、彼の親も君の親も『婚約解消』は許さないと言っていただろう? 彼の言葉と君の瞳を見て、その理由が分かった。これは本当に()()()()()だ」

「え……?」



 レヴィンハルトは徐ろにアーシェルの眼鏡を外すと、彼女の碧色の瞳をジッと見つめた。



「隣国のウォードリッド王国では、『七色に光る瞳を持つ者、愛する者に多大な幸運をもたらす』という言い伝えがあってな。その瞳を持つ者と婚姻を結べば、相手が裕福になって生涯幸せに暮らせると言われているんだ。君の婚約の話は、どちらの家からしてきたんだ?」

「え!? ――あ……相手の方からと聞きました……」

「そうか。なら、君の婚約者か、彼の親が何処からかその言い伝えを聞いたんだろう。そして、君の七色に光る瞳を何処かで見て、君に婚約を申し込んだ。そう考えると、君を決して逃さない辻褄が合う」

「……この瞳にそんな言い伝えが――」



 そこで、アーシェルはハッとして声を荒げた。



「私の会いたい子も隣国にいて、私と同じ虹色に光る瞳を持っていたんです! あぁ……権力争いに巻き込まれていなければいいのだけれど……」



 眉尻を下げて顔を伏せたアーシェルの頭に、レヴィンハルトの手が乗せられ、ぎこちなくそれが動く。

 気持ちを和ませる為に撫でてくれているのだと気付いたアーシェルは、上を向きレヴィンハルトにニコリと微笑んだ。



「ありがとうございます、ローラン先生」

「…………」



 レヴィンハルトは何故か辛そうに眉根を寄せていたが、彼女の笑顔を見てフッと小さく微笑ったのだった。






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