美しい月(前編)[GL]
テーマ:女学院
この作品は三篇構成です。 この回は「前編」です
「ねぇ、あちらにいらっしゃるのは美月お姉様ではなくって?」
「まぁ! 本当ですわ! 朝からあの凛々しいお姿を拝見出来るなんて、素晴らしい一日になりそうですわ!」
「はぁ……」
毎朝毎朝、うんざりするほど聞こえてくる黄色い歓声。本人達はヒソヒソ声で話しているつもりなのだろうが、よほど耳が遠くないと聞こえ無いくらいには声が大きい。
――よく飽きもせずに毎朝、私で騒げるわね……。
鬱陶しい歓声に迎えられながらの登校中後ろからパタパタと少々はしたない足音が聞こえてくる。
「やっ、ごきげんよう。相変わらず美月の周りは騒がしいねぇ」
「余計なお世話よ。私は一人静かに居たいのに周りが囃し立てているだけよ。後、ごきげんよう」
「まぁ! 小百合お姉様もいらしたわ。 まるでパーティへ向かわれる王子様とお姫様のような光景にうっとりしてしまいますわ」
――向かうのは学校だけどね。
腐れ縁の小百合と合流したことで周囲の歓声が更に大きくなる。そろそろご近所迷惑にもなるだろうから本当にやめて欲しい。
「まぁ、もう無理だねぇ。私と一緒に居るし? 学年トップの成績で運動神経抜群、王子様のように眉目秀麗と来た。 きっと卒業するまで騒がれ続けられるよ」
「はぁ……。 一人で過ごしていたいのに……」
この女学院にイケメンで愛嬌の良い人が居たらこの周囲の反応も分かる。
私は女だし美人と言われるほど美人でもない。と言うか普通だ。 それに愛想も悪いので大体いつも一人だ。
――こんな女の何処に人気が有るのかしら……。
「ごきげんよう、小百合お姉様。昨日の委員会で出た件についてご相談したいのですが、この後お時間良いでしょうか?」
後ろから見知らぬ二年生の女の子が声を掛けてくる。どうやら生徒会の子のようだ。
「あら、ごきげんよう。花壇移設の件だったかしら? 今から生徒会室に行きますので少しお話しましょうか。それでは、美月さん。お先に失礼しますね」
人が変わったかのように一人のレディがそこに現れる。小百合の得意技だ。
私以外にはああして、完璧な淑女を演じ生徒会長をこなす。その姿が学園でも大人気なのだ。
――中身はお子様だけど。
「まだ朝会まで時間が有るわね。図書室に本を返しに行こうかしら」
一人になったことで、奇異の目が私に集中する。 居心地の悪いこの場を足早に抜けて人気の少ない裏門へ回った。
朝の登校時間というだけあって図書室は閑散としている。
つまらないサスペンス小説を返し終え、予鈴がなる直前まで束の間の一人を堪能しようと新しい本を物色していた。
「ウーン、ウーン」
本棚の後ろから唸り声が聞こえてくる。
「ん? 何かしら」
本棚の反対側へ覗きに行くと見知らぬ学生が小さい足場に背伸びをして一番上の本棚から本を取ろうとしている。
しかし、足場が壊れかけなのかガタガタと悲鳴をあげていた。
――あれは危ないわね。支えてあげようかしら?
「ねぇ、そこのあなた? 危ないから――」
「えっ? キャアッッッ!」
私が声を掛けた瞬間、その少女はこちらに顔を向けようとしてバランスを崩したのか足場から足を離して空中へ身を放り出す。
「危ないっ!」
言うが速いか身体が勝手に動き出す。少女と床までの距離は一メートル弱。
その僅かな隙間に私の身体を捩じ込もうと駆け寄る。
ここまでスローモーションのようにゆっくりと動いて見えた光景に我ながら自分の反射神経を褒めたい。
滑り込んだ上を眺めると少女がゆっくりと降りてくる。 まるで「親方、空から女の子が!」と言わんばかりの光景だ。
その女の子を優しく抱え込む様に手を伸ばす――。
「お、重っ!」
――あっ。女の子って意外に重いんだ……。
はちみつのような甘い香りに包まれながら今までに感じたことの無い強い衝撃で私の意識は闇へと落ちていった。
「はっ! こ、ここは?」
微かな痛みと共に目を覚ますと白いカーテンに囲われたベッドの上、コーヒーの渋い香りが鼻腔を擽る。
「あら、宇都木さん。起きたわね? 体は大丈夫? 記憶はあるかしら?」
その声と同時にカーテンがゆっくりと開かれる。どうやらここは学院の保健室のようだ。保健医の先生が穏やかな顔をして声を掛けてくる。
−−えっと、なんでここに居るんだっけ?
「確か、図書室で……。そうだ、女の子を助けようとして! あの娘は!? 無事ですか!」
「ええ、貴女が抱えてくれたお陰で無事ですよ。貴女が気を失った後、半泣きになりながら走って私を呼びに来たくらいだったから元気そのものよ」
「そうですか。良かった……」
あそこまで無茶をして怪我をさせていたらと考えると居た堪れない気持ちになる。
無事で何よりだ。まさか気を失うとは思っても見なかったが、今思い返すと結構な衝撃だったと思う。
――失礼な事を口走ったような気がするけど、まあいいか。
「今、四限だけど午後の授業は出る? 無理しないで帰っても良いわよ?」
そう言われて時計を見ると十二時を超えていた。 あと少しで午前の授業が全て終わる。
そんなに気を失っていたのかと思うと授業の遅れが少し心配だ。
「いえ、身体は大丈夫なので、午後の授業は出ます」
「そう、無理はしないでね?」
「はい、ありがとうございます」
キーンコーンカーンコーン。
グゥ~……。
そう言い残して保健室を後にした。ちょうどいいタイミングで四限終了の予鈴とお腹の音が廊下に鳴り響く。
気を失っていたのにも関わらず身体は正常なものでしっかりと食べ物を要求してきた。
いくら人気の無い廊下とはいえ、盛大にお腹の音がなると些か気恥ずかしいものがある。いいタイミングで予鈴が鳴ってくれて助かった。
「お昼休みだし先に食堂に行こっと」
先に一人で昼食を食べていると続々と人が食堂に舞い込んでくる。
ここの食堂は有名レストランの元シェフが作っているとかで人気なのだ。お嬢様学校が故のお金の掛け方である。
生憎と私には味を判断できるだけの味覚は備わっていないので美味しいものは美味しいとしか思わない。
「あの……。う、宇津木先輩……ですか?」
のんびりと食事を取っていると後ろから声を掛けられる。
普段、声を掛けてくるのは小百合だけだがあの間延びした呑気な声とは違い何処か怯えたような声と呼ばれ方に違和感を覚える。
呼ばれた方へ振り返るとそこには小柄な愛らしい少女が一人、震えながらポツンと立っていた。 首元に付いているリボンを見ると二年生の生徒のようだ。
「ええ。 えっと……貴女は今朝の?」
「は、はい! 私、南紺奈って言います。朝は助けて頂いてありがとうございます! それと、ごめんなさい……。 私のせいで宇津木先輩にご迷惑をお掛けしてしまって……」
迷惑は掛けられて居ない。自分の力を過信しすぎただけでこの娘に非は無い。
「大丈夫よ。 貴女こそ怪我が無くて良かったわ」
「本当にありがとうございます!」
高校二年生にしては背の小さい女の子が無垢な笑顔を向けてくる。とても可愛らしい笑顔に私の無愛想な顔も少し緩んでしまう。
「ところで、南さんはもしかして転校生?」
「えっ? あ、はい。 今月から編入してきました。どうして分かったんですか?」
――やっぱり。道理で先輩呼びなわけだ。
「その呼び方よ。 この学校では先輩のことをお姉様って呼ぶの。時代錯誤も甚だしいけどそういうルールなのよ」
実に馬鹿らしい校則である。呼び方一つでこんな校則を設けて何になるというのだろうか。
それに破った所で特にお咎めもない。 古い風習が今でも残っている典型的な例だ。
「うわっ……。流石、お嬢様学校ですね……。私もそうしたほうが良いですかね?」
「まぁ、上級生と関わることがあるなら気をつけないと浮くわよ? 誰も何も言わないだろうけど郷に入ったら郷に従えって言うし早いうちに慣れておいた方が良いわ」
外部生には少々特殊な環境、それがこの女学院なのである。
「そうですか、分かりました。ご忠告ありがとうございます。それでは私は失礼しますね。宇津木お姉様♪」
「ええ、次は気をつけなさいね」
「はーい! あ、そうだ。 私、重くないですからね!」
その言葉を言い残して、少し恥ずかしそうにはにかみながら南さんは食堂の出入り口へと身体を向ける。
――おっと、しっかり聞かれていたわね……。
時間もいい頃合いなので私も教室へ戻ることにした。
それから、しばらくいつも通りの平穏な生活を送っていた。
と言っても私を崇め奉るような傍迷惑な声援は朝も昼も夕方も鳴り響いているので本当の平穏なんて家と授業中と図書室くらいなのだが。
そんな信者共から逃げるために放課後は人が居なくなるまで図書室で本を読んでいる。試験前なんかは人で混むのだが今は学期が始まったばかりで伽藍洞も良い所だ。
「あれ? 貴女は……南さん?」
図書室の自習スペースに一人ポツンと見知った顔が参考書とにらめっこ居ていた。
「あ、宇津木せんぱ……お姉様! こんに……ごきげんよう……でございますわ?」
編入してきてまだここの言葉に慣れないのだろう。言葉遣いがところどころおかしい。
「ふふっ。なにその言葉」
「うー、笑わないでくださいよ……!」
頰をふくれっ面にしながら顔を真っ赤にしている様子も相まって余計に笑いが込み上げてくる。
「あはは、ごめんなさい。 その様子が新鮮でついね。 それに挨拶はごきげんようだけで良いのよ。 目上にも目下にも使える便利な言葉だから、余計な丁寧語は不要よ」
「あ、そうなんですね。 まだ、お嬢様言葉に慣れなくて……」
「まあ、他所から来たら分からないわよね。ところで南さんは勉強中?」
南さんの手元にはノートと教科書、それに参考書が並んでいる。 試験前でもないのに自習とは殊勝な心がけだ。
「あっ、えっと……。はい……」
さっきまでの可愛らしい怒り顔を変えて、何やら気まずそうにノートや教科書を隠し始める。
「どうして隠すの?」
「えっと……。わ、私結構、頭悪くて……。 その授業について行けないと言うか……、なんというか……」
「編入試験は通ったのだから、それなりに勉強は出来るのでは無いの?」
「いや、まぁ……。ギリギリ受かったと言うか正直、賭けなところがいくつか……。あはは」
ノートの下に見える、隠しきれていない数学の教科書は一年生用の物だった。 という事は相当、勉強が苦手なのだろう。 だから、こうして放課後に一人で勉強をしているのかな。
「二年生にもなって一年生の勉強とか、変ですよね……」
二年生だからとか一年生だからとか勉強にそんなのは関係ない、いかにやる気があるかが問題だ。
その点、この娘は自ら進んで苦手な勉強をしているのだ、称賛することは有っても馬鹿にすることではない。
「苦手なことを進んで克服しようとしているのにどうして、それを変と思わなければいけないの? そこはお姉様として褒めるべき所よ」
その、赤茶けた綺麗なショートヘア-に手を添えてゆっくりと撫で下ろす。
「宇津木せん……お姉様……。あ、ありがとうございます」
ついつい、頑張っているこの娘を元気づけたくて頭を気安く撫でてしまったが、喜んでくれているようだしまあ良いか。
「よかったら、私が勉強を見てあげるわよ? これでも二年連続学年首位よ。どうせ時間も持て余しているし付き合うわ」
「が、学年首位!? お姉様は勉強の達人かなにかですか!?」
達人ではないが本を読むくらいしかやることが無いから、本に飽きると勉強していただけだ。
「まあ、達人では無いけど……。 それで? 何処がわからないの?」
「あ、はい。 えっと、数学のこの部分なんですけど――」
この日から二人の秘密の勉強会が始まった。 この娘に勉強を教えていて気付いたことがいくつかある。
それは……この娘、本当に勉強が苦手だということだ。高校の勉強どころか中学範囲ですら些か怪しいところがあった。
人に教えるというのはかなり難しい。勉強が苦手という娘に勉強を教えるのは中々に骨が折れるのだ。
――学校の先生ってすごいのね……。
女の子って重いんですよ?
って言ったら多方面から怒られそうですね……。
ごってごってのGLですが、長々と書きすぎて三篇構成です。
次に続きます。(短編とはこれ如何に)