追放された先で……(後編) [ファンタジー/GL]
テーマ:冒険
注意:こちらは後編です。
「やっと王都に付いたー」
「もう、付いてしまったんですのね。 もう少し楽しみたかったですわ」
慣れない馬車の操縦で疲労が溜まっている私の隣で不満そうにイリスは唇を尖らせながらブツブツ呟いている。
「いや、なんでそんな不満そうなのよ……」
イリスと出会ってから一週間、それなりの報酬を見込んで有り金を全部使って食料を買って、馬車を借り、王都までやって来た。
一応、それなりに高貴なお嬢様の護衛だから、座り心地は悪くとも少し高い幌馬車にしたのだが……。
イリスは御者台に座りずっと私の隣でのんびりとおしゃべりしていた。まったく、物好きなお嬢様だ。
余談だが、盗賊や魔獣に襲われることは無かった。 襲われたら私一人で対処出来たかは不明だ。
「それじゃあ、お家は何処? そこまで送るわよ」
借りた馬車を返してイリスの家に向かう。 ちなみに馬車はどこで借りてもどこでも返せる仕組みを作った馬車組合から借りている。
「こっちですわ!」
そう言ってイリスは私の手を握りながら前をずんずんと歩いていく。
流石に王都というだけあって華やかな町並みだった。 私の住んでいた村とは比べ物にならない程人が多いし、露天には見たことの無い商品も並んでいた。
そんな時、あるものが目についた。
「あれ、あの旗のマークどこかで……」
石造りの建物には緑色の旗が等間隔に並べられているのだが、その旗には翼のマークが描かれていた。おそらく魔族領王都の国旗なのだろう。
どこで、見たのか思い出せない。そんな事を考えているとイリスは大きな建物の前で足を止めた。
いや、建物なんていう括りにしては失礼だろう。目の前には天高くそびえる立派な城が建っていた。
「アシュリー。付きましたわよ」
ニコニコした笑顔をしながら自慢するように手を大きく広げる。
「えっ、ちょっ……。え?」
――この娘、貴族の子女じゃないの?
イリスはズカズカと城の中に入り堂々と歩く。
周囲の衛兵やメイド、執事は頭を深々と下げている。それに身なりの良さそうなおじさん――おそらく貴族だろう――までもがイリスに頭を下げていた。
そんな時、イリスのキレイな金髪から、以前見たイヤリングがチラッと見えた。
――あっ! あの国旗のマークと同じイヤリング! って、この娘まさか!?
私はイリスに引っ張られ大きい扉の前にやって来る。
イリスはその扉を両手で勢いよく開いた。
「お父様! ただいま戻りましたわ」
そう言いながら、再び私の手を引いて堂々と部屋の中に入る。
縦に長い広々とした部屋はいくつものシャンデリアが吊るされ、地面にはレッドカーペットがシワ無く敷かれていた。
その奥で一人のガタイの良い金髪の男性が王座に足を組んで座っていた。
「おお、イリス! 今まで何処に居った! 心配したぞ!」
イリスがお父様と言う男性は目を大きく開き王座からそそくさと降りて近寄ってくる。
紛れもなく魔王本人だろう……。まさか、本当に魔王と対面出来ると思っていなかった……。
「人族の街まで出かけておりましたわ」
「そんな遠い所まで言っていたのか! 怪我はしていないか? それにそこの娘は……」
娘のイリスを心配するように声を掛けるも、私には厳しい目を向けられた。
突然、見ず知らずの平民を玉座に連れてきてはそら警戒するわ。 とりあえず下手に喋らずに作り笑いでこの場をやり過ごす。 きっとイリスがよしなに説明してくれるだろう。
「この方はアシュリーですわ。わたくしが街で暴漢に襲われそうになったところを颯爽と助けてここまで送り届けてくれたんですのよ」
「なんとそうであったか! アシュリーよ、娘が世話になった。 何か褒美をくれてやろう。 何でも好きに言うと良い」
イリスからそう話を聞き、私に向けていた威圧するような視線を和らげていく。
これなら想定していた以上のお金と仕事の斡旋をして貰えるかもしれない。あわよくば住むところもくれるかも。
そう思い、口を開こうとしたら……。
「お父様! わたくしこの方と結婚いたしますわ! なので、この方にはお城に住む権利をお与えくださいまし」
「「えっ」」
イリスが何を言ったのか瞬時に理解することが出来なかった。 それは魔王も同じだったようで口をポカンと開けながら立ちすくんでいた。
「い、イリス!? な、何を言ってるの! わ、私達、女同士よ!?」
「あら? 別に良いでは有りませんか。 今どき同性婚でも愛さえ有れば関係ありませんわ。 わたくしはアシュリーの事、大好きですわよ?」
満面の笑みで私の腕に絡みつき、指を絡めてくる。
「アシュリーはわたくしの事嫌いですか?」
イリスは腕に絡みつきながら私のことを寂しそうな顔をしながら上目遣いで見てくる。
そんな風に言われたら、嫌いなんて言える訳が無い。 実に狡賢い娘だ。
「き、嫌いじゃ無いけど……」
「なら、相思相愛ですわね!」
――それは超理論過ぎないかしら……?
イリスのだらしないニマニマ顔を眺めていると、ふと前からとてつもない圧力が飛んできた。
そう、忘れていたが魔王が身体をプルプルと震わせながら私にとんでも無い威圧を掛けている。
「貴様……。 わしの娘を誑かしおったな! 許さん! ここで成敗してくれるわ!」
魔王はそう言いながら腰に帯びた黒々とした不気味に光る剣を引き抜き私に切りかかってくる。
「イリス! 危ないっ!」
かなりの速度で突っ込んでくる魔王。斬りかかる前にイリスを押し退けて、私は後ろに飛び間合いを取る。
「ほう、これを避けるか。 暴漢から助けたというだけ有ってそれなりにやり手のようだな」
怒り狂っていると言った表情だが思考は冷静のようだ。 正直、このタイプが一番やりづらい。 何より師匠を思い出す。
逃げ道も無さそうなので渋々と腰に刺さっている木剣を引き抜いて構える。
「アシュリー! お父様は魔族で一番強いですわよー! しっかり実力を見せつけてわたくし達の結婚を認めさせてくださいまし!」
イリスの呑気な応援が聞こえてくる。 魔族で一番強いとか勘弁して欲しい。
――それにあの剣……。木剣なんかスパッと切っちゃいそうね…‥。
「それでは参るっ!」
そんな事を考えていると、魔王が最初の攻撃よりも速度を上げて剣を振り上げ突進してくる。
――は、速いっ!
木剣であんな振り下ろしを防いだら間違いなく使い物にならなくなる。 振り下ろしに合わせて瞬時に後ろに下がる。
振り下ろしの弱点は次の攻撃まで幾ばくかの硬直が発生することだ。その隙を合わせて私は魔王の胴体に突きを入れる。
「甘いわっ!」
しかし、その考えは簡単に覆されてしまった。
「くっ……。 なんて馬鹿力なのよ……」
魔王は目を光らせて、振り下ろした剣で発生する硬直を物ともせず瞬時に振り上げ、私の放った突き弾き飛ばしてしまった。その勢いが強すぎて、私も後ろに弾かれて尻もちを付いてしまう。
――マズイわね……。
手に持っている木剣だった物を眺める。 木剣の真ん中から上がキレイさっぱり無くなっていた。
「丸腰とは言え手加減はせんぞ! 娘を誑かした罪、しかと贖ってもらおう!」
魔王は再び私に切りかかってくる。 速度はさっきよりも速い。この体勢で避けるのももう厳しい。
私はふとイリスの顔を見る。 さっきまでの呑気に応援していた顔は泣きそうな顔に変わっていた。
――ああ、イリスごめんね……。
その刹那、私の後ろから強風が吹き荒れる。まるで嵐でもやって来たかのような強い風に身体が強張る。
「魔王よ、わしの孫が世話になったようじゃな」
私の目の前に迫ってきていた黒光りする剣は颯爽と現れた一人の老人が握る真っ白な剣によって防がれていた。
「むっ。勇者か久しいな」
魔王は目を細めそう呟き、静かに剣を下ろす。
「まったく、こんなやつに遅れを取るとは鍛錬が足りなかったかのう」
「ハゲジ――」
「誰がハゲジジィじゃ!」
ついつい口を滑らせてしまい心の声が漏れてしまう。耳ざとくそれを聞いて私に鋭い目を向けてくる。
そんな、地獄耳で天頂をピカピカさせているこの人は私の住んでいた村の村長であり、剣の師匠であり、実の祖父だ。
「うぐっ……し、師匠……。そんな事より、どうしてこんな所にいるのよ!」
もう、会うことは無いと思っていた。 あんな碌な荷物も渡さず適当な理由を付けて村から追い出した張本人が飄々とこの場に現れたのだ。
この短時間でいろんなことが起きすぎて私の頭の中はパンク寸前だ。
「おまえがコヤツの相手に時間を掛けるから来たまでのことよ」
師匠は剣を仕舞いながら、魔王を指差す。
「コヤツとはなんだ、一国の王に対して無礼であろう」
「何を言っておるか分からんのう。 昔、散々わしに負けたくせによう言うわい」
どうやら、魔王と師匠は昔ながらの付き合いらしい。 随分と仲が良さそうなのが伺える。
「して、勇者の孫がわしの城に来たということは…‥。そうか、例の賭けか」
「そうじゃ、というわけでお主の息子に嫁がせようとしたまでよ」
師匠は白くて長い顎髭を撫でながら、普段は見せないニコニコの笑顔を浮かべる。
賭けが何なのか分からないが、勝手に私を景品扱いしないで欲しい。本当にクソジジイの思考回路について行けない。
――ん? あれ? 今、息子って言った?
私は、端っこで泣きじゃくっているイリスに目を向ける。 目を腫らしながらもチョコンと可愛らしく首を傾げていた。
「あー、勇者よ。お主は勘違いしておる。 わしの子はイリスという娘だけだ。 息子はいない」
魔王はそう言いながら顔をしかめる。
「なんと! そうじゃったのか! ふむ……。 まぁ良いんじゃなかろうかの?」
「いやいやいや! 何を言って……。キャッ!」
クソジジイの他人事のような呟きに反論しようとした所、横から柔らかい衝撃が襲ってきた。
「勇者様は理解が早くて助かりますわ! わたくしにアシュリーをくださまいし! 絶対に幸せにしてみせますわ!」
今泣いた烏がもう笑ったかのようにイリスはそんな事を言い始める。
「いやいや……。 私、女よ……。イリスも女の子じゃない……。大体、お姫様なら世継ぎとかだってあるでしょうに……」
当たり前だが女の子同士で子供なんか産める訳が無い。 一国のお姫様が跡取りを作れないのは、それはそれで大問題だろう。
「あら、そんなの愛さえあれば関係ありませんわ!」
ちょっと何言っているか分からない。まるで話にならないので私は魔王に目を向ける。 流石に一国の王と僭称しているのだ。この事に真摯に向き合うだろう。
「うーむ、娘が結婚に乗り気ならそれでいいか……。しかし、血筋がなぁ……」
――跡継ぎの事をまったく考えていない! むしろ血筋のほうがどうでも良いまであるでしょ!
「決まりじゃの。したら、わしは帰るでの。アシュリー達者で暮らすんじゃぞ」
何も解決していないのに、クソジジイは開けっ放しの扉から飄々と去って行った。
そんな後ろ姿を呆然と眺めていると私の腰に手を回していたアシュリーがとろけた表情をしながら上目遣いで見つめてくる。
「アシュリー、わたくしは貴女の事を沢山愛しますわ。 だから、貴女もわたくしのことを愛してくださいまし」
――まったく、いつからこんなに気に入られるようになっちゃのかしらね……。
そう思いながら、煌々と輝くイリスの髪を優しく撫でながら呟く。
「はぁ……。分かったわ、よろしくねイリス」
こうして、村から追い出された私の長いようで短い冒険は魔族のお姫様に嫁ぐという想像していなかった結末を迎えた。
クソジジイの手のひらで踊らされたような気がしなくもないが結果としてイリスという掛け替えのない大切な人を得られたので良しとしよう。
ちなみに数年後、私達の間に子供が二人産まれるのだが、それはまた別のお話。
~宣伝~
現在、こんな感じのGL異世界転生ファンタジーを執筆しています。
2025年6月末くらいを目処に順次投稿予定(出来るかな……)ですので
見かけた際には読んで頂けると幸いです。