無言の会話 [ラブコメ]
ジャンル:ラブコメ
「なぁ、あの子めっちゃ可愛くね? 最近、出来たばかりの新入りだろ?」
そう声を掛けてくるのは十年以上も付き合いの有る悪友のラブホテルだ。
商売柄なのか良い子が近くに建つとすぐに色目を使って誘おうとする。
「お前も懲りねぇな。 つか、チビのくせに良く二区画も先の奴を見ること出来るな。周りは結構背が高いぞ?」
「舐めんな! これでも五階建てだからギリギリ顔は見えるっつーの! それより、あいつ大手ホテルの系列だろ? 看板から品の良さが溢れているぜ。 さぞ良い身体しているんだろうなぁ」
悔しそうに突出し看板をチカチカと点滅させる。 そんな事をしているから塗料が日焼けして見窄らしい見た目になるんだろ……。
しかし、こいつの言うことは最もだ。 天を突くようにスラッと伸びる背筋は周りのビジネスホテルに負けないくらいの存在感。
各階に互い違いに設置されていている、小洒落た半円形のベランダはいかにもお嬢様と言った様子の可憐さが伺えられた。
「ああ、ここら辺じゃ見ないくらい洒落ている。あんな建物見たことねぇ……」
すると、彼女は俺がジロジロと見ているのに気づいたのか、挨拶するように塔屋看板のスポットライトを点滅させて微笑んだ。
「なに、ニヤついてんだよ。 一目惚れしちゃったか?」
「そんな訳ねぇだろ。 アホなことばっか言ってんなら、日当たり悪くするぞ」
まぁ最もチビのこいつは俺を含めた高層のビジネスホテルに囲まれて、元から日当たりは悪いのだが……。
一応礼儀として同じように塔屋看板のスポットライトを点滅させて彼女に挨拶を返した。
それから数年。彼女は見事にこの地域で一番のホテルへと輝いていた。毎日、満室で予約が数年先まで有るのだとか。
俺も悪友もお陰様で最近は閑古鳥だ。全く羨ましい物だ。
「あの娘と仲良さそうじゃねぇか」
最近、あまり構ってやれなかった悪友が少し不満そうに声を掛けてくる。
「ん? ああ、なんか気に入られちまったみたいでな。 良く看板で会話しているよ」
初めて会ったあの日以来、ちょくちょくとやり取りをしている。 区画が少し離れているので直接の会話は出来ないが、看板や部屋のライトを使ってコミュニケーションを取っている。
ある時、調子に乗って航空障害灯を一瞬だけ消したら、彼女も一緒になって消してくれた事には驚いた。 本当はやってはいけない事なのだが……。
そんなお茶目な一面も有って、俺は段々と彼女とのやり取りに楽しみを覚えていた。
「ったく、いつの間にか彼女なんか作りやがって。俺にも良いホテル紹介しろよ」
「そんなんじゃねぇよ。 大体、お前はまず看板をどうにかしろ。 そんなんだから女が近寄らねぇんだろ」
「やかましいわ! 変える金がねぇんだよ!」
悪友との他愛無いやり取りを終えて、今日も彼女との暗黙のやり取りを始める。
月日は流れて十年が経った。
「はぁ……。この街も変わったな……。なぁ、相棒?」
俺の隣に広がる小さい駐車場を見下ろしながらボソリと呟く。
知り合いのゲーセンも客入りの良かったパチンコ屋も二年前に閉店。 悪友も老朽化で去年、取り壊されてしまった。
すっかり寂しくなった街並みを眺めていると彼女から看板メッセージが届いた。
「そうか……今日だったか……。時代の流れには逆らえないな……」
俺は航空障害灯を五回点滅させた。
彼女も同じように返してくれる。 そして、最後の役目を果たしたかのように寂しい表情をしながら看板の明かりを落としていく。
「最後に声くらいは聞きたかったな……」
彼女を看取りながら数年前に見たあの輝かしい姿は思い浮かべ呟く。
それから、数日後。二人の後を追うように俺の明かりも消えていった。
謝罪
航空障害灯は60m以上から設置が義務付けられているらしいです。
主人公もヒロインもそんな高い建物では無いので
この世界線では どんな建物にでも付いている物ということにしてください。