森の中では [サイコホラー]
ジャンル:サイコホラー
草木が生い茂る森の中、青年は必死な形相で息を切らしながら走る。
「ハァ……ハァ……。クソっ何なんだあいつは」
何かに怯える青年は後ろを振り向きながら真っ暗な森を鋭い目付きで睨む。
されど、その視線の先には鬱蒼とした森が広がるばかり。追いかける者の姿は見えない。
まだ見ぬ出口を目指して必死に走る。 陽の光すらも通さない広葉樹林は少年を惑わすように乱雑に立ち並ぶ。
「ハァ、ハァ……しぶといな! まだ追いかけてくるのかよ!」
動物の鳴き声、風が草木を揺らす音、青年が地面を踏み締める音、そのすべてが聞こえない静かな森。
そんな静寂が広がっていることにも気づかずに青年は焦燥を拗らせに前へ前へと藻掻く。
「離れろ! 離れろ! なんて邪魔なツタだ! 動けねぇじゃねぇか! 早くしないとあいつがっ!」
青年の体を飲み込むようにツタは生き生きと巻き付く。次第にツタは太くなり一本の木へと成長していく。
足は木の根に上半身は幹に飲み込まれる。辛うじて動かせる手と首を闇雲に動かすが、
徐々にその力は衰えていった。
「い、息がっ……。あ、あいつがっ……。くそっ……」
藻掻くことを諦め、ありのままを受け入れようとしたその時、不快な音と共に目の前に一筋の光が見える。
意識が朦朧とする中、最後の気力を振り絞って手を伸ばそうとした所で青年は意識を手放した。
「――!」
「――ぶか!」
「おい! 大丈夫か!」
目を覚ますと見知らぬ人が数人、心配そうに青年を見下ろしていた。
そのうち二人がずぶ濡れで必死に声を掛けながら青年の頬を叩いている。
「目を覚ましたぞ! 兄ちゃん声は聞こえているか! 突然、橋から飛び降りるから驚いたぞ!」
くたびれたスーツはびしょ濡れで生臭く、おそらくもう着ることは出来ない。
溺れていたというのに最後まで未練がましく握っていたスマートフォンは空気を読まない着信音が鳴り響く。
遠くから聞こえるサイレンの音に青年は目を細めて涙を流す。
「ああ、そうか……俺は……」
――逃げられなかったのか。
こういうことってありますよね?
無いですか? そうですか……。