美しい月(後編)[GL]
テーマ:女学院
この作品は三篇構成です。 この回は「後編」です。
先に「前編」「中編」を読んでから読むことを強く推奨します
「見てください、お姉様方! 二学期の期末試験の結果が凄いことになりましたよ!」
相当ご機嫌なのか、無邪気な笑顔をしながら手を引かれて冷え切る廊下を切り進む。
この先は職員室だ。 普通のテストの結果ならここまで来る必要は無いだろう。
「職員室に行くってことは張り出されたねぇ?」
テストの上位者二十名は職員室前の掲示板に張り出されることになる。つまり、紺奈はそれだけ結果を残したということだ。
「えへへ、バレちゃいましたか。 ほら、見てください!」
掲示板に張り出されている二学年の期末試験結果一覧。 そこにはしっかりと南紺奈の名前が刻まれていた。
「へぇ、十二位ね。 頑張ったわね」
「思っていたより上に居るねぇ。 ギリギリ二十位かと思ってたわぁ」
初めて会った時は一年生の勉強すらもままならない状態だったのに、見違える程の結果に心の底から嬉しさがこみ上げる。
「お姉様方には遠く及びませんけど、それでもお二人のお陰でここまで来られました! ありがとうございます!」
「これは、紺奈が頑張った結果よ。 私達はその手助けをしたに過ぎないわ。 それに紺奈に教えることで良い復習にもなったしね」
「あ~、そうだ! 明日、終業式だしうちでお祝いパーティでもする? クリスマスパーティも兼ねて」
小百合は名案と言わんばかりに手をポンと叩いてそんな事を言い始める。 確かにお祝いをして良いくらいの出来事だ。
それに明日は十二月二十四日、クリスマスイブでもある。パーティをするにはうってつけな日だ。
「良いわね。 でも、おばさん達は良いの?」
「だいじょーぶ! ママもパパも二人でクリスマスデートだよ。どっかに旅行に行ってるみたい。お兄ちゃんもどうせ大学の研究室に籠もってるから!」
「そう、なら大丈夫そうね。 紺奈は? 明日は時間有る?」
「えっ? えっ!? ほ、本当にやるんですか? そ、そこまでしていただかなくても……」
こんな事になるとは思っていなかったのか困惑した顔をしながら両手を横に振っている。
「当然よ。 大事な妹が頑張ったんだからちゃんと褒めるのが姉の役目よ」
「そーそー。 遠慮はしなくて良いよー」
「えっと……。わ、分かりました。 あ、ありがとうございます!」
こうして急遽、紺奈のお祝いパーティが開催されることに相成ったのだった。
こたつの上にこれでもかというほどのお菓子の山にジュースにケーキ。
終業式が終わり各々パーティ用の食料を持ち寄って小百合の家に集まったのだ。女子三人で食べ切れるのかという程の量がかき集められていた。
カロリー? そんな事は知るか。めでたい日なのだからそんなちゃちな事は気にしてはいけない。明日の自分がなんとかする。全部胸に行ってくれれば良いんだけどね。
「それじゃぁ、紺奈ちゃんの好成績にかんぱーい! とメリクリー」
「かんぱいとメリークリスマス」
「あ、ありがとうございます! 乾杯! メリクリです!」
元生徒会長による音頭の後、波々注がれたジュースのコップを上に掲げる。三人だけのささやかなパーティの始まりだ。 ささやかにしては豪勢な卓上だが気にしてはいけない。色々な意味で。
「じゃあじゃあ、早速やっちゃいますぅ? やっちゃう? やっちゃうかぁ!」
「あ、もうやります? ちょっと待ってくださいね」
余程楽しみなのか、身体がウズウズして仕方が無いと言った感じで落ち着きのない小百合。
というか、聞きながら紙袋の中を漁り始める。 それに釣られて紺奈もバッグの中に手を突っ込む。
「少し、気が早いんじゃないの? まぁ、別に良いけど」
「そう言う、美月お姉様はもう出しているじゃないですか」
「小百合が動き出した時点で察して居たからね」
こっそりとこたつの下から引っ張り出した緑の包装紙に包まれた小さい箱。
そう、何を隠そう私が用意したクリスマスプレゼントだ。昨日、パーティの詳細を詰めている時にプレゼント交換をしようと言う話になったので急遽、用意したのだ。
続々と二人も卓上にプレゼントを置く。 昨日の今日であまり時間が無かったからなのかみんな似たようなサイズのプレゼントだった。
「みんな、用意したねぇ? それでは~、ここに出ますわ三本の棒でございますぅ~」
何処からともなく、先端が赤、青、緑でちょうどみんなの包装紙の色になっている、割り箸で作った棒が出てくる。
その色の付いた先端が隠れるように握って紺奈の前に差し出す。王様ゲームのようにくじ引きでプレゼントを決めるようだ。
「紺奈ちゃんから選んでいいよ~。 今日の主役だからねぇ」
「あ、はい。じゃあ、これを。 自分のが当たったら悲しいですね……」
「そうなったら、どんまいだねぇ。次は美月選んで良いよ」
「じゃあ、これで」
「それじゃあ、私はこれね~。せいので行くよー」
全員が自分で選んだ棒を握る。 自分でも使えるものを買ったので自分のプレゼントが出ても良いのだがそれは物悲しい。
二人のプレゼントが引けるように祈るほか無い。
そして、ゆっくりと小百合が口を開く。
「せーのっ!」
その言葉を言い切ったタイミングで全員が棒を引き抜く。 恐る恐る棒の先端を見ると青色だった。
とりあえず、自分の色では無かったことにホッとする。
「青って誰だったかしら?」
「あっ、青は私のプレゼントですね。 多分、一番お似合いのものですよ!」
どうやら、青は紺奈のプレゼントだったようだ。 両手で乗っかるくらいの小袋を満面の笑みで渡してくる。
「ありがとう。 大切にするわね」
「私が緑だから美月のプレゼントだねぇ。 紺奈ちゃんには私のをあげよう!」
紺奈には赤色の包装紙に包まれたプレゼントを私には手のひらを偉そうに差し出してくる。少しふざけて手を繋いであげたら怒られた。
それぞれにプレゼントが行き渡ったので開封タイムと洒落込む。 紺奈のプレゼントを開けると布で出来た花柄のブックカバーが出てくる。
「あら、可愛いわ。ちょうど、文庫サイズのブックカバーを変えようと思っていたのよ」
「そうですよね! そう思って買ってきたんですよ! 美月お姉様に当たって良かったです!」
――小百合に当たってたらどうするつもりだったのかしら? この娘、あまり本を読まないけど。
「美月のプレゼントはフォトフレーム? なんか美月らしいシンプルなデザインだねぇ」
誰に当たっても良いようにシンプルなデザインにしたのだ。自分で当たっても使いやすい趣味を選ばない万能なデザインにしている。
「ええ、今日の写真でも撮って入れておけば良いんじゃないかしら?」
「お、良いねぇ。 後で写真撮ろうか!」
――紺奈のプレゼントは何だったのかしら?
紺奈の方に顔を向けると水玉模様の細長い布袋を手に握っていた。
「私のはペン入れだよぉ~。 小さいから使いづらいかもしれないけど~。昨日の短い時間じゃそれが限界だったから、許してね!」
「そんな事無いですよ、ありがとうございます! カラーマーカー入れるのにちょうど良さそうです!」
私達が姉になってから、より一層勉強に力を入れている紺奈にはちょうどよいプレゼントだろう。筆箱からは良く色んな色のカラーペンが出てくるのだ。 小百合にしてはセンスの良いプレゼントである。
「なんだかんだ、みんなに合ったプレゼントが行き渡ったわね」
「そうだね~。 プレゼント交換もしたし本格的にパーティを始めようー!」
いきなりメインイベントから始まったパーティは和気藹々と進んで行ったのだった。
食べては話して、飲んでは遊んでを繰り返すこと数時間。時計を見ると零時前になっていた。
明日から冬休みに入るし今日はお泊りコースだ。こんな時間に外に出たら補導されてしまう。
お泊り客が居るにも関わらずこの家の住人――小百合は遊び疲れたのかこたつに突っ伏して眠ってしまっていた。
「小百合お姉様、気持ちよさそうですね」
「ええ、本当に」
「「……」」
沢山、お喋りをして話疲れたのか会話が途切れる。
部屋は気まずくなるような静寂が広がる。
なんとなく視線を泳がせていると窓の外に浮かぶ一際眩しい真ん丸のお月さまと目が合う。
見守るように微笑んでいる大きなお月さまに見惚れているとふと、甘い香りと共に肩に懐かしい重さがゆっくりと降りてくる。
「ねぇ、お姉様……」
静かな部屋に優しい声が響き渡る。肩を通じて激しく鼓動する紺奈の心音も伝わってくる。
「どうしたの?」
顔を向けると、頰を赤く染めて少し潤んだような目でこちらを見上げてくる。
どこか大人っぽさを感じられる、その様子は普段の紺奈からは想像もつかないほど艶めかしい。
そんな凛々しい紺奈の唇がゆっくりと動き出す。
「今夜は美しい月ですね」
「……ええ。だけど、そうね……少し肌寒いわ」
吸い込まれそうな程の綺麗な瞳と預けていた身体がより一層近づいてくる。
少しの肌寒さを温め合うように紺奈を優しく包み込む。
「美月お姉様……」
「ねぇ、お願い。呼び捨てで呼んで」
「……美月、好きです」
「私もよ、紺奈……」
「んっ……」
震える唇から伝わる柔らかい感触。
どことなくぎこちないベーゼに頭が一杯になる。いつからこの感情が芽生えていたのかは分からない。
しかし、気付いたらこの愛おしい妹が自分の中で大切な存在になっていた。そんな妹がこうして気持ちを伝えてくれる事に心も頭も一杯だ。
その長いようで短い紺奈との触れ合いがついぞ終わってしまう。
「私、お姉様としちゃったんですね……」
嬉しそうにはにかみながら顔を赤く染める。しかし、少し気になることがあった。
「ねえ、紺奈? 呼び捨ては?」
「えっ、えっと……。あ、あれはさっきだけの……」
「これからも、呼び捨て」
せっかく恋人になったのだ。恋人にお姉様呼ばれなんてゴメンだ。
それにどうせ歳も一個しか変わらないなら、呼び捨てで充分だろう。
「えっと……。わ、わかりました。 み、美月?」
「うん、よろしい」
今度はこちらから紺奈の顔に近づく。 さっきの心温まる紺奈を感じるために。
あと少しでまた感じられると思ったその時――。
「ちょっとぉ! もう見過ごせないよぉ! 私を一人にしないでよぉ!」
間延びした怒声が私達の蜜月を遮る。その声の方を向くと仁王立ちして何故か頰を膨らませて怒っている小百合が居た。
どこに怒る要素が有ったのか分からないが恋人との時間を邪魔するなんてなんてやつだ。
――あ、ここ小百合の家だったわ。
「さ、小百合お姉様! い、いつから……」
「最初っからだよ! 美しい月ですね当たりからずっと聞いてたし見てたよ! 二人でいちゃいちゃしてずるい!」
「ぜ、全部聞かれていた……!?」
恥ずかしいのか顔を真っ赤にして俯いてしまった紺奈。
ちょうど小百合に背を向ける形になっていたから気付いていなかったのだろう。
私は気付いていた。少しもぞもぞと動いていたから起きている事には気付いていたのだが、別に見られた所で気にしない。
むしろ見せつけてやろうと思っていた。
「それで? 小百合はなんで怒ってるの?」
「そりゃ、怒るでしょ! 大好きな幼馴染と妹が二人共いっぺんに取られるどころろか、いちゃいちゃし始めるんだからぁ! だから、私も混ぜてぇ! 恋人にしてぇ!」
つまり嫉妬か。何かと構ってちゃんの小百合の事である。
私達が恋人になってしまったから寂しいのだろう。
「だって紺奈? どうする?」
「えっ? いや、えっ? 小百合お姉様も確かに大好きですけど、恋人って一人何じゃないんですか?」
それは、尤もである。 姉が二人も居る中で私を選んでくれたことに嬉しくなってしまう。
「別に、女の子同士なんだから一人でも二人でも良いでしょー? どうせ結婚は出来ないんだからぁ。 あ、もちろん遊びの関係とかは嫌だよ? 真剣に二人と交際したいでーす!」
――その気の抜けた間延び具合で真剣さが一切感じられないんだけど。
とはいえ、顔は真面目だ。生徒会長をやっていた時くらいには真面目な顔をしている。
「紺奈に任せるわ。 私は別に構わないわよ」
「美月が気にしないのでしたら……私は嬉しいです。小百合お姉様も大好きですから」
「わーい! やったぁー! 二人共大好きー!」
こたつを挟んで盛大に飛び込んでくる。猫が高いところから飛んでくるかのように手足を広げて私達に抱きついてくる。
「じゃあ、私ともちゅーしてぇ」
「えっ!? こういうのって、雰囲気とかっ……。 ちょっ! んっ! んーっ! んっ!」
紺奈が喋っている最中だと言うのにその口を小百合の唇で塞がれる。
一見嫌そうにも見えるが離れない当たり嫌がっては居ないのだろう。 少し苦しそうだが。
――というか、私の時より長くないかしら?
「ぷはっ。 紺奈ちゃんごちそうさまでした。 じゃあ次は美月ねー」
「はいはい。いつでも来なさい」
紺奈にくっついていたと思ったら、忙しなく私のところまでやって来てがっつくように顔を近づけてくる。
小百合との初めてのキス。
少し雰囲気には欠けるがまあ小百合だし良いだろう。
「んっ……。 ん!? んっ! んっ! んっ!」
――こ、この娘っ! し、舌入れてくる!
絡み合う舌、歯の裏を舐められるくすぐったい感じ、その全てが衝撃的で頭がどうにかなってしまいそうだ。
「ぷはっ…‥。 美月もごちそうさまでした!」
「し、舌を入れるなんて……」
「なんなのよ……もう……」
紺奈との初めてのキスをあんな衝撃的なキスに上書きされてしまって少しモヤモヤする。
後で紺奈ともしてみようかしらね。
「さぁて、気分も乗ってきたし、今夜はまだまだ寝かさないよぉ!」
「えっ!? ま、まだ何かするんですか!?」
「はぁ……」
その後、言葉の通り朝まで寝かせてくれなかった。 テンションの高い小百合は大変なのである。
夜通し色々なボードゲームに付き合わされて気付いたら朝の八時になっていたのだ。
最初は赤の他人だった紺奈、ただの幼馴染だった小百合。
ふとした事からこの数ヶ月で姉妹になり、恋人になった。
きっとこれ以上の関係になることは無いだろう。
その代わりこの仲の良さも変わることは無い。
私は学校のテストはいつも悪い点数でした。
伸びることも下がることもありませんでした。
勉強してはいたんですけどねぇ?
この回は三篇構成の後編です。