美しい月(中編)[GL]
テーマ:女学院
この作品は三篇構成です。この回は「中編」です。
先に「前編」を読むことを強く推奨します。
月日は巡って夏休み前の最後の登校日。
教室で担任の先生を待っている僅かな時間。後ろの席に座っている小百合が声を掛けてきた。
「ねぇ、美月? 夏休みも例の編入娘とお勉強会するのー?」
編入娘とは南さんの事である。 隠すことでも無いので小百合には話をしていたのだ。
「ええ、学期末テストは赤点が無かったとは言え点数スレスレだもの。 あの娘にもお願いされたわ」
中間試験はいくつか赤点が有ったものの、期末では赤点は無かった。 着実にあの娘の頑張りが実っている。ここで投げ出してしまっては勿体ないだろう。
南さんが頑張って結果を出したと言うのに小百合はぷっくりとした唇を突き出し、不機嫌な顔を浮かべる。
――あっ、駄々をこねるなこれ。
「えー、私にも構ってよー! 遊びに行こうよー! せっかく、生徒会も下の子達に引き継いで自由になったのにー! あーそーべーよー」
伊達に十年幼馴染をやっていない。 顔と雰囲気で何となく察せるのだ。
「元生徒会長とあろうお方がはしたないですわよ。 しゃんとなさいな」
「なに、改まってお嬢様言葉使ってるのさ。 普段使ってないくせにー!」
おや、この作戦は駄目だったか。 生徒会長を引き合いに出したら高確率で身を引くのだが今日は相当本気のようだ。
「あっ! そうだ! 南さんはテストで頑張ったんでしょー? それなら、ご褒美として一緒に連れて行っちゃおうよ! 流石、私だわ~。名案ってやつ?」
――確かに、勉強ばっかじゃ息が詰まるかしらね。
何処が流石なのかは分からないが南さんも遊びに連れて行くのは良いかもしれない。後で聞いてみよう。
「はい、終会を始めますよー。皆さん席についてください」
担任の先生が来たことで駄々を捏ねていた小百合もしゃんとしてお淑やかな生徒会長に戻る。
猫かぶりが一流な生徒会長なのだ。いや、この自由度も相まって本当に猫かもしれない。
一切曇りのない澄み切った青空、その空を鏡合わせで映したような真っ青に染まる穏やかな海、そして波打ち際をまるで踊るように軽やかな足取りで駆ける二人の美少女。
そう、紛れもなく小百合と南さんである。一学期の勉強を頑張ったご褒美としてとある海へと足を伸ばしていた。
「いやっ! 来ないでください、小百合お姉様! 目が怖いですよ!」
「ふふーん、そのデカい乳を揉ませろー!」
――いや、おっさんか。
絵面としては小さくて愛らしい女の子二人がキャッキャウフフと駆け回っている光景であるにも関わらず、小百合が南さんを追いかけ回している理由がしょうもない。
――あっ捕まった。
砂浜にも関わらず足を取られない走り方を心得ているのか、二人の距離は徐々に縮まり最終的にはあっけなく捕まりその豊満な肉まんを揉みしだかれていた。
「ふむふむ、紺奈ちゃんは大きいねぇ。 私より大きいんじゃないかなぁ?」
「いやぁっ! み、美月お姉様助けてください~!」
顔を赤らめて恥ずかしそうに涙目を浮かべている南さんをもう少し眺めてはいたいが由緒ある女学院の生徒がこんな痴態を晒しているのもよくないだろう。
「小百合、元生徒会長がそんな事をしている所を見られたらスキャンダルも良いところよ? それくらいにしてあげたら?」
「ふふふ、私はもう生徒会長じゃないから良いもんねー!」
小百合の奴、完全に吹っ切れている。 生徒会長という肩書が無くなったからか、抑えが効かなくなっていた。
「小百合お姉様! み、美月お姉様の方に行ってはどうですか?」
「えっ、そこで私を売るのは違うでしょ!」
「えー? 美月は小さいから良いや。揉み応えが無いんだよねぇ」
「ち、小さい……」
特大ナイフが私の心にグサリと刺さる。
「ち、小さい……。 わ、私って……そ、そんなに……」
面と向かって小さいなんて言われたのは初めてだ。こんなに心に来る言葉だとは思っても見なかった。
「お、お姉様!? 小百合お姉様が変なこと言うから!」
「ありゃ、こんな美月を見るのは初めてだなぁ。 意外に気にしてたのねぇ」
「美月お姉様! 元気だしてください! ほ、ほら美月お姉様は背も高いですし腰も羨ましい程細いですから……いわゆるモデル体型ですよ! 胸の大きさが全てじゃ無いですよ!」
ブルンブルンとその可愛らしいチェック柄のビキニから溢れんばかりのスイカを揺らして南さんが駆け寄ってくる。
そんな事を言われても説得力に欠ける。 私は知っているのだ。どれだけモデル体型であろうと世の中の男性は胸のサイズしか見ていない事を。
現に周りの男の人の視線が南さんと小百合に向いている。 私は見向きもされていない。
――この世は不条理だ。
程よく遊び疲れたので海の家で昼食を取ることとなった。
「海の家の焼きそばって高い割には普通の味だけど、妙に食べたくなるわよね」
酸味の強い紅生姜が程よいアクセントになり、食欲が進む。疲れた身体に焼きそばが染み渡る。
「美月お姉様は焼きそば派ですか。私はラーメン派ですね。 暑い日に熱々のラーメンを食べて海に直行するのが気持ちいいんですよ」
「南さんも中々通ね。食べた後の事も考えたらそれも良いかもしれないわ」
そんな他愛ないやり取りを不思議そうな目で眺めている人が目に入る。
「美月ってさぁ~。 なんで紺奈ちゃんの事を名字で呼んでるの?」
フランクフルトを豪快に咥えている小百合がそんな事を言い始める。 確かに名前で呼んでも差し支えない関係ではある。しかし、いざ呼び方を変えるとなると少し恥ずかしい。
「そうなんですよ! 美月お姉様は私のことを名前で呼んでくれないんですよ! もう四ヶ月くらいほぼ毎日会っているのに!」
「いや、そうだけど。 まぁ、今更呼び方を変えるのも恥ずかしいと言うか何と言うか」
「えー? 本当に今更じゃないですか。 私のことも名前で呼んでくださいよ!」
「ほらほら、美月? 呼んであげなよ~。可愛い妹が呼ばれたがってるよぉ~?」
――こっちの気も知らないで他人事だと思って……。
とは言え別に気恥ずかしいだけで名字呼びに拘りはない。良いきっかけではあるしこの際だから呼び方を変えるのも吝かではない。
「え、えっと……。紺奈?」
「はい! 美月お姉様!」
意を決して、名前を呼んであげると花が咲いたような満面の笑みが返ってくる。 これを見られただけでも名前呼びに変えただけのかいは有ったかもしれない。
「あはは、新しい姉妹が出来たねぇ。 美月は妹作ったこと無かったでしょ?」
「姉妹ってどういうことですか?」
「ああ、編入組だと分からないよねぇ。仲の良い上級生と下級生が擬似的な姉妹関係を結ぶ風習があるんだよ。姉は妹の勉強を教えたり相談に乗ってあげたり、逆に妹は姉の世話をしてあげるっていうこの学院特有の風習だねぇ」
今までほぼ一人で過ごすことの多かった私には縁のない風習だった。 と言うか今でもこの風習で姉妹を作っている人なんて居るのだろうか。甚だ疑問だ。
「そうね、この際だしそれも有りかもしれないわね。 紺奈さえ良ければ私と小百合が貴女の姉になってあげるわよ?」
他人事だと思ってヤジを飛ばしているだけのおじさん女を巻き込んでやった。
お世話をされるつもりは無いけど、勉強を見るという点では一人より二人で見たほうが効率は良い。
「えっ!? 私も巻き込まれたんだけどぉ!?」
「囃し立てていた罰よ。 それで、どうかしら? 私達では嫌かしら?」
少し意地悪な聞き方を返す。
これで断られたら少し恥ずかしいが四ヶ月も一緒に居たら少しは紺奈の気持ちも分かる。私の中ではそれだけ自信が有った。
「その、こういうのって初めてで……。でも、その……。嬉しいです! 私なんかで良ければお二人の妹にしてください!」
「貴女だから誘ったのよ。 これからもよろしくね。紺奈」
紺奈以外だったら十中八九断っているし誘いもしない。 これだけ仲良くなった紺奈だから誘ったのだ。
「ひえぇ……。まぁ仕方が無い。私も姉として一肌脱ぐかぁ」
小百合は覚悟を決めたのか日焼け対策に来ている薄手のパーカーの袖を捲って力こぶを作るポーズを取る。
「はい、よろしくお願いします! お姉様方!」
この娘は素直ですごく気持ちの良い笑顔をしてくれる。 こんな笑顔が見られるなら姉として何だってしてあげたくなるくらいだ。
海で食べる物といったら、私はおにぎり派です。
家で握ったものをお弁当代わりに持っていきます。
この回は三篇中 中編に当たります。
続きます。