07話 馬鹿ネコ6兄姉
父ライオン達に挨拶した俺とリオは、メスライオン達の下に向かった。
大人のメスライオンは6頭居て、木陰に集まり、グデンと寝転がっている。
5頭は母ライオンと血縁関係があり、祖母世代もいる。
だがメスライオンは15歳くらいまで出産できて、野生下で18歳までの生存記録があるので、出産後に3年の子育て期間を考えれば、生涯現役だ。
「ウニャーオッ」
「ウニャッ」
子ライオンっぽく挨拶した俺達は、メスライオン達の集まりに突入していった。
「ガッォーッ」
鳴き返したのは、俺を生んだ母ライオンである。
呼ばれて向かう中、残る5頭のライオン達が、四方から俺達を舐めてきた。
群れの子供は、皆の子供みたいなものである。
だがメスライオン達の身体は、俺に比べてあまりにも大きい。
動物園のライオンは、生後2ヵ月で8キログラム、3ヵ月で12キログラムになる。積極的にミルクを摂食した俺とリオの体重は、そのくらいのはずだ。
そしてメスライオンの体重は、人間の成人男性の二倍もある。
俺達とメスライオンとでは、新生児と成人男性くらいの体格差があるわけだ。
それが一斉に構ってきたら、はたしてどうなるのか。
――どわぁ、ぬあぁ。
俺とリオの身体は、舐められるだけで押し出され、左右にフラフラ揺れ動いた。
俺は溜まらず、鳴き声を上げた。
「ウニャーオッ!」
俺の抗議を理解できたのか、メスライオン達の大攻勢が弱まった。
その隙に俺は駆けて、母ライオンの傍でドテンと寝転んだ。
野生動物の奥義、降参のポーズである。
すると母ライオンが顔を寄せてきて、俺を舐めた。
流石に2ヵ月も舐めてきただけあり、母ライオンは手加減をよく分かっている。
俺が善きに計らえとばかりに仰向けに転がっていると、リオは母ライオンの乳首に吸い付いて、ミルクを飲み始めた。
――大きさに、ちょっと差が出てきたからな。
俺とギーア、リオとミーナは、目に見えて体格差が現れてきた。
大きさは俺、リオ、ギーア、ミーナの順で、食事量の差が如実に現れている。
成長期の栄養摂取は、身体の成長に直結する。
戦いでは、身体の大きなほうが有利になる。
オスライオンは、体重150から230キログラム。
メスライオンは、体重120から180キログラム。
280キログラムを超える個体が狩猟された記録も、複数が残っている。
――130でC-、190でC、280でC+かな。
最強のメスライオンで、平均的なオスライオンに届くかどうかだ。
リオは最強でも目指しているのか、母ライオンのミルクをゴクゴクと飲む。
俺も負けじと、リオの隣に移動して、ミルクを飲み始めた。
ゴクゴク、収納。ゴクゴク、収納。
いざという時のための貯蓄は、とても大切である。
『ギーア、ミーナ?』
『そこに居る』
リオの弟であるギーアと、俺の妹のミーナは、木陰で寝ていた。
実際には兄や姉であるのかもしれないが、出生順まで分からないので、現段階の大きさで勝手に弟と妹とした。
いずれリオよりもギーアが大きくなるが、それはライオンにとって一般的だ。
『寝るのも仕事だがな』
「ウニャウニャ」
リオは、妹を気にせず、ミルクを飲み始めた。
実際に気にしなくても良い程度には、母ライオンの食料事情は良好で、俺達は動物園くらいには安定してミルクを得られている。
ギーアとミーナは、動物園の子ライオン程度。
成長に意欲的な俺とリオは、より良い状態だ。
群れに合流した後は、上の兄姉とミルクの争いになることもある。
だが幸いなことに上の子ライオンは、哺乳期間が過ぎた1歳ほどと、独立が視野に入り始める2歳ほどで、ミルクの取り合いにもならなかった。
『兄姉達は?』
俺が兄姉の所在も尋ねたところ、リオからの返事はなかった。
リオのほうを見ると、どうやら眠気に襲われたらしく、スヤスヤと眠り始めた。
そもそもライオンは夜行性で、昼間は木陰で寝ていることが多い。
2012年6月、ペットのストレス軽減を目的とした動物愛護法の改正により、猫カフェの営業時間を夜8時までにする法案が通ったが、「猫は夜行性だ」と言われて、論破された環境省が「やっぱり夜10時まで認めます」と前言撤回したことがある。
すなわちネコ科は、環境省が渋々と間違いを認めるくらいには、揺るぎなく夜行性である。
――寝る子は育つ。
ゴロゴロと転がったリオを尻目に、俺はミルクを追加で補給した。
そしてサバンナ……かどうかは分からないが、異世界の大地を歩き出す。
ちなみにサバンナは地名ではなく、乾季と雨季がある熱帯長草草原地帯だ。
ここは熱帯で乾季なので、あとは雨期があれば、サバンナである。
そんなサバンナかもしれない大地を見渡すと、彼方に兄姉の姿が見えた。
『ライオンダッシュ!』
偉そうに宣いつつ、俺はトコトコと駆け出した。
オスライオンは、持久力が低い。
それはオスライオンの身体が重いからでもあるが、心臓が体重の0.45パーセントに過ぎず、心肺持久力が低いからでもある。
メスライオンは0.57パーセント、ハイエナは1パーセント。
明らかに不利である。
厚生労働省曰く、心肺持久力を高めるには、ジョギングなどの有酸素性運動が適している。
心肺持久力を高めるトレーニングを行うと、肺や心臓の働きが強化されることで毛細血管が発達し、筋線維への血流量が多くなる。それによって酸素をとり込んで運搬する能力が高まり、長時間のエネルギー供給が可能となる。
ようするに走れということだ。
異世界転生時、幼少期のスタートダッシュが重要だと、読者の俺は学んだ。
そんな知識に基づき、サバンナをトコトコと駆けて、兄姉達の下へと辿り着く。
すると2歳と1歳の兄姉6頭が、皆で狩りごっこをしていた。
――狩りの獲物は何だ。
兄姉の狩りごっこに参加して伏せた俺は、前方に黒い巨体を見出した。
それは、たいそう立派な、オスのスイギュウであった。
――アッ、アッ、アホかーっ!
俺は鳴き声を上げずに、馬鹿な兄姉の6頭を内心で罵倒した。
父ライオン達が2頭で挑むなら、「今夜はスイギュウだね」と大喜びする。
母ライオン達が6頭で挑むなら、「ママ達、頑張ってね」と安心して見送る。
子ライオン6頭で挑むとなれば、「おい馬鹿止めろ」である。
ライオンの体重は、1歳で60キログラムほど、2歳で100キログラムほど。
ほかの肉食動物では、ブチハイエナが60キログラム、ジャガーが80キログラムほどになる。評価を付けるなら、1歳がDで、2歳がD+だろう。
すると子ライオン6頭を合わせれば、戦力はスイギュウと同程度かもしれない。
だが同程度では、半々の確率で負けるし、勝てても半数が死んでしまう。
――1回の食事で、群れが壊滅するわけだが。
あまりにも無謀な馬鹿猫どもに、俺はどん引きである。
どちらが勝つか賭けろと言われれば、俺はスイギュウが勝つほうに、嫌な臭いがするクロサイを賭けられる。
なお払戻金は、同等のクロサイであれば、辞退したい。
俺はソロソロと後退り、馬鹿猫どもから距離を取った。
ちなみにスイギュウのほうは、ワケが分からず混乱していた。
なにしろ道端で、小学生の男女が、成人男性に拳を構えてきたような状況だ。
「ブゥゥオオッ?」
スイギュウは、「どうしたら良いの?」と鳴きながら、俺のほうを見てきた。
俺はサッと目を逸らして、兄姉とは他人のフリをしたのであった。
























