60話 人化の宝玉
「レオン、リオ、可愛いっ!」
獣人の軍勢を撃退した翌日、俺とリオは、ヨハナに私室で抱き抱えられていた。
現在の俺達は、ライオンの身体ではなく、人化の宝玉を用いた人の姿である。
年齢は、見栄を張って4歳くらいだろうか。
10歳から11歳ほどのヨハナとは、大人と子供ほどの差がある。ヨハナにとっては、弟と妹の扱いなのだろう。
「グンター、これは一体どういうことだ」
「どうして3歳なの」
金髪幼女と化したリオが、俺に続いて不満を訴えた。
リオが話している言語は日本語で、グンターとは話が通じるので、リオも転生者で確定だろう。
それに関しては予想していたので、今更である。
ちなみに俺達が着ている服は、辺境伯から貰い受けた。
金狼を討伐した報酬の一端である。
「お前ら、生後何歳だ」
「生後8ヵ月と10日ほどだ」
若干曖昧なのは、正確な誕生日を知らないのと、カレンダーが無いからだ。
リオの日本語が通じる以上、転生者が人類の暦を作っているはずだ。
すると1ヵ月が31日ある月もあれば、2月のように28日しか無い月もある。閏年で、29日の年だってあるかもしれない。
そのため俺は、大雑把に計算している。
「ライオンの1歳は、人間で何歳くらいになる?」
「5歳ほどだ」
「だったら、レオンが3歳から4歳くらいの姿なのは、年齢と合っているだろう」
「その発想はなかった」
「むしろ、その発想を持て」
論破された俺は、呆然としたままヨハナに抱き抱えられた。
今の俺は、生後8ヵ月を過ぎたライオンではなく、黒髪の4歳児である。
俺が黒髪なのは、オスライオンのたてがみが、黒色になるからだろう。
リオが金髪なのは、メスライオンの毛が黄褐色だからかもしれない。
ちゃんと今世の身体を元にして、人化しているようである。
10歳から11歳くらいのヨハナにとっては、小さな子供に過ぎないが。
「レオン、よしよし」
ヨハナに頭を撫でられた俺は、溜息を吐いた。
リオのほうも簡単に抱え上げられて、赤子扱いされている。
――元の体重は、一体どうなっているのだろうな
首に掛けたペンダント型の人化の宝玉に触れた俺は、黄色に光る宝玉を眺め、首を傾げた。
現在使用している宝玉は、俺が紅眼のダグラス、リオが金狼の娘イリーナから手に入れた物だ。
金狼も宝玉を持っていたが、そちらも体重は軽かった。
ヒッポグリフで運ばれる時には、体重が軽いと重宝しそうである。
身体が大きかった金狼は、辺境伯領にヒッポグリフで移動するために、使ったのかもしれない。
「伝聞によると、人化の宝玉は、月の光で力を溜めるアイテムだそうだ」
「まるで狼男だな」
狼の獣人らしい持ち物である。
人間に変身するところが、正反対であるが。
「1ヵ月ほど力を溜めた宝玉で、3日ほど人化できるらしい」
「軍団長の宝玉は、輝きが強くて、大隊長はくすんでいる。違いは何だ?」
「宝玉に溜めている力の違いではないか。宝玉の性能差なのか、大隊長が使用した分が減ったのかは知らん」
「なるほどな」
大隊長は最前線の港町を占拠していた。
人に化けて情報を収集したり、領都に潜入したりと多用して、宝玉の力を消費していたのかもしれない。
「30日も力を溜めて、3日だけの変身だと、完全な人間生活は無理だな。年を取るのも早くて、村人に溶け込んで暮らすのは難しいだろう」
俺は、リオに言い聞かせるように告げた。
「年を取るのが早いって、どういうこと?」
「ライオンと人間の寿命の違いだ」
「どれくらい違うの」
「ライオンは、人間の5倍も早く年を取る。俺達は、1年後に8歳、2年後に13歳、3年後に18歳。一緒に暮らしたら、人間側も大混乱だ」
ヨハナがお姉ちゃんの立場を保てるのは1年後までだ。
2年後には同い年、3年後には妹になってしまう。
そこまでは良いとしても、10年後は20歳から21歳のヨハナに対して、俺達は53歳である。
20年後には、俺達は死んでいるだろう。
「元から溜めていた力が、100年分有るとか、そういう可能性は無いの?」
「あるかもしれない。どれくらい充電できるか、分からないけど」
100年分の力を溜めていたとすれば、変身期間は10年間。
人間として10年過ごし、そこからライオン生活に戻るのは、つらい気がする。
「夜の間だけライオンに戻れば、使用時間を節約できないかな」
「夜に家族が尋ねてきたら、ライオンが寝ていてビックリするだろうな」
「レオン、意地悪を言ったら駄目だよ」
俺がリオを論破していると、ヨハナが俺に注意した。
俺には、リオに人間生活を諦めさせる目的があるのだが、それは説明できない。
仕方がなく、プラス方向の提案に切り替える。
「気分転換で人間の街を歩くことは、出来るだろう。グンター、各年齢の衣服と、多少の金をもらいたい」
「構わないが、今夜まで待ってくれ。今は、辺境伯が忙しすぎる」
グンターが窓の外に顔を向けたので、俺も釣られて外を眺めた。
領都の空には、何羽もの伝書鳩が飛び交っている。
王国に侵攻していた獣人帝国の軍団長と、大隊長2人を、同時に撃破したのだ。
指揮官が居ないと機能しなくなる獣人の場合、壊滅に等しい影響がある。
辺境伯夫妻は、各所への報告で筆記地獄の最中であろう。
「俺が人間に化けて、手紙を書いて精霊に届けてもらえば、グンターに用件を伝えられるかな。すまないが、ペンと、インクと、紙もくれ」
「それは俺にとっても都合が良いから構わないが、そもそもレオン、読み書きは出来るのか」
「要確認だな」
グンターが日本語を使っているのなら、おそらく大丈夫だろう。
俺達よりも先に転生して、日本語を普及させたり、人化の宝玉を残したりした先達には、心から感謝したい。
――神代と関係ないけど、辺境伯夫人のブローチ、国宝扱いになるかもなぁ。
大活躍した上級精霊は、辺境伯夫人のブローチから生じたことになっている。
神代のブローチが有る限り、獣人帝国は警戒して、容易に攻められない。
だから王国は、ブローチに力が籠められていなくても、「力がありません」とは発表できない。
物凄い宝石が嵌め込まれたブローチとして、国から大切に扱われるだろう。
「金狼を撃破した戦果なら、そこそこの金が欲しいと言っても、通りそうか?」
「通るだろうが、金を手に入れて、レオンは一体どうする気だ」
「豪邸でも買って、サバンナに置けば、リオが満足しないかと思って」
俺の提案を聞いたリオは、ガックリと項垂れた。
「レオン、お前の提案は、気に入っていない様子に見えるが?」
「奇遇だな。俺も、そう思ったところだ」
どうやら豪邸は、リオのお気に召さないらしい。
提案を拒んだリオは、自らの要求を示した。
「狼の獣人を沢山倒して、宝玉を全部集めたい」
「いやいや、勘弁してくれ」
金狼のような怪物と何度も戦うのは、御免蒙りたい。
首を振った俺は、空間収納に服と宝玉を入れて、瞬時にライオンの姿に戻った。
そしてペタンとしゃがんで、ヨハナにモフられる。
「レオン、あたしも」
『了解』
リオは宝玉に蓄えられた力を、節約したかったのだろうか。
俺はリオにも同じことをして、彼女もライオンの姿に戻した。
ライオンの手で持ち運べないので、リオの宝玉も預かっている。
「人間の姿も良かったけど、ライオンの姿も良いね」
「ガォォッ」
ヨハナがご満悦で撫でたのに対し、リオは不承不承に鳴き返した。
今話にて、第2巻が終了しました。
本作は、主人公がライオンですが、
カバーイラストや挿絵に人間を出すことも考えて、人化の宝玉を入れました!
 
























