06話 群れへの合流
「ウニャーオッ」
生後二ヶ月が経過した俺達は、ライオンらしく鳴けるようになってきた。
1ヵ月前にクロサイと水を獲得した俺は、母に肉を運び、ミルクを確保した。
メスライオンの食事量は1日3から4キログラムで、哺乳期間中には増える。毎日5キログラムの肉を食べる場合、1ヵ月間で150キログラムの肉が必要だ。
だがクロサイの体重は、800から1400キログラム。
可食部分までは知らないが、余裕で足りた。
――かなり残っているけど、もう駄目だろうな。
母ライオンが食べない時間は、空間収納に入れて保管した。
だが母が食べたいタイミングが分からず、長めに出して、鮮度が落ちた。
抗菌薬をイメージした抗菌魔法を使えたのだから、肉にも使うべきだった。
前世の抗菌薬は、菌を抑制するだけではなく、殺菌効果もあった。
それを思い付いた時は、肉が悪くなり始めており、後の祭りだった。
最優先事項は、母ライオンの治療だった。
そちらに魔法を使い、肉の鮮度は二の次だったのだ。
――関係ないことも、やったけど。
治療と並行して行ったことが、空間収納の性能確認だった。
周囲を探索したところ、幅と奥行きが3メートル、高さが1メートルほどの岩を見つけた。そして試したところ、見事に収納できた。
前世では、ピラミッドの石が1立方メートルで、2.5トンだった。
幅と奥行きが三倍ずつなので、9個分で22.5トン。
だが石の重さは異なって、白系よりも黒系が重いと聞いたことがある。
ピラミッドの石より黒かったので、25トンは収納できると確信した。
そんな事をしている間に傷が癒えた母ライオンは、活動を再開した。
俺達は母ライオンの導きで、群れへの合流を果たしたのだ。
群れへの合流は、母ライオンが先に挨拶して、俺達を引き合わせる形だった。
母ライオンが居ない場合、俺達は群れに合流できなかったのかもしれない。
『リオ、父ライオン達に挨拶に行くぞ』
「ウニャッ」(分かった)
歩きもしっかりとしてきた俺は、スタスタと歩いて、父ライオンに挨拶する。
「ウニャーオッ」
眠そうに半目を開けたオスライオンは、俺達を気にせず、目を閉じた。
とりあえず頭を擦り付けて、俺の顔、体臭、鳴き声を覚えさせておく。
オスライオンは、群れを乗っ取った時に、子ライオンを殺してしまう。
それはメスライオンを発情させて、自分の子孫を残すためだ。ライオンに限らず、トラや猫、熊、シマウマなどにも見られる行動だ。
自分の子孫を残すという、生物の目的に沿っており、合理的である。
――間違っても、俺を襲うなよ。
合流が少し遅めだった俺は、念入りに、お前の子供だぞと教え込む。
「ウニャーオッ」(パパッ)
「ガウウッ」
俺がしつこく教え込むと、父ライオンはおざなりに吠え返した。
挨拶を終えた俺は、次いで少し離れた場所で寝ているオスにも、挨拶に行く。
そちらは俺の父ライオンではなく、リオの実父だ。
通常、オスライオンは1頭から3頭で、メスライオンの群れに君臨する。
君臨後に交尾して生まれた子供達は、実子でなくとも殺さない。
過去には殺すライオンも居たかもしれないが、その場合は仲間のオスと戦いになり、自分の子も殺される。子供を攻撃されるメスライオンも抵抗する。
仲間の子供を殺すオスが、子孫を残せずに自然淘汰されていった結果、仲間の子供を殺さないライオンが残ったのだろう。
「ウニャーオッ」
もう一頭に俺が挨拶すると、彼は薄目で俺を見て、フッと目を閉じた。
俺は構わずに頭を擦り付けて、顔、臭い、鳴き声を覚えさせる。お前の群れで仲間のオスから生まれた子供だと、リオの父に主張したのだ。
次いでリオが頭をぶつけると、リオの父は大きな舌で、背中をベロンと舐めた。
リオの父は、リオが自分の子供だと、きちんと認識しているようである。
「ウナオッ!」
リオが前脚でベシッと父ライオンを叩くが、父ライオンはどこ吹く風である。
この群れには、18頭のライオンが居る。
オスライオン2頭、メスライオン6頭。
2歳の子ライオンが、オス2頭とメス1頭。
1歳の子ライオンが、メス3頭。
0歳の子ライオンが、オス2頭とメス2頭。
オスライオン2頭とメスライオン6頭には、血縁関係が無い。
つまり2歳の兄姉を妊娠する前が、オスが群れを乗っ取った時期だ。
2歳のオス2頭は、そろそろ群れを追い出されて、メス1頭は残るだろう。
なぜならリオの母が帰っておらず、群れは1頭のメスを失った。ライオンにはナワバリがあり、ナワバリを維持するために頭数が必要なのだ。
――2歳の姉は、オスライオン2頭のうち片方が、父ではないし。
姉が群れに残っても、ちゃんと繁殖できる。
孫世代はオスライオン2頭と血縁関係があるが、メスライオンの性成熟は3歳なので、自分の孫が性成熟する頃は6年が経っている。
6年も経てば、オスライオンは老いており、乗っ取りで交代している。
そのため孫が交配する相手は、自動的に血縁関係が無いオスになる。
ライオンの習性は、長い年月で、最適化されたシステムになっている。
ちなみにライオンは、一定の割合でメスも放浪する。
それはオスが交代しない場合や、群れの数が増えすぎた場合に起きる。
群れの数が増えすぎた場合は、狩りの効率が悪くなってしまうためだ。
――シマウマを狩る時、ライオン12頭なんて必要ないからな。
狩りと子育てに効率的な数が、群れの理想数だ。
俺が居る群れには、大人のメスライオンが6頭いる。
そこにリオ達の世代まで6頭が加わると、大人のメスが12頭になる。
リオの母が1頭減ったので、群れは1頭の補充を必要としている。
だがメス6頭が育ち、上の世代も引退しなければ、余剰のメスが出ていく。
――メスの放浪は、オスよりも大変らしいな。
ライオンは、異性には寛容で、同性には厳しい。
異性に寛容なのは、群れに属していなくとも受け入れて、交尾するからだ。
そして同性が来た場合は、基本的に排除しようとする。
オスの場合、老いた数頭の同性に勝てば、群れを乗っ取るチャンスがある。
メスの場合、群れる多数の同性に勝てず、排除すれば群れに入る意味がない。
放浪メスが受け入れられることは少なく、前世で知ったのは2種類だけだ。
・群れを持つオスの子供を生み、オスに守ってもらいながら合流した。
・カラハリ砂漠で獲物が減少した乾季、群れでメスの出入りが行われた。
もっとも人間には、ライオンの見分けが付かない。
放浪メスが群れに受け入れられた場合、元から群れの一員だったのか、放浪メスかを判別できず、確認事例として確定できないだけかもしれない。
だが放浪メスは、自力で群れを制圧できない分、オスより苦労する。
『リオの場合は、群れに残れるほうが楽だけどな』
「ウミャッ?」
『ライオンは、オスだけじゃなくて、メスも追放されることがある。リオやミーナが追い出されそうになったら、ギーアと一緒に連れて行くつもりだ』
ミーナは、生き残った俺の妹で、ギーアはリオの弟だ。
ドイツ語では、ミーナが愛で、ギーアが強欲の意味を持つ。
子ライオンを育てるなら愛で良いし、オスライオンなら強欲だろう。
そのような安直な理由で、俺が勝手に名付けた。
幸いなことに、俺とリオは両親が異なる。
父ライオンが別個体で、母ライオンも従姉妹。
俺とリオは6親等で、近親交配を避けるライオン的にも問題ない。
リオが群れを追い出されても、なんとかなるのではないだろうか。
『リオの弟ギーアと、俺の妹ミーナを連れて行っても、群れで番の争いにならない。俺はミーナが対象外で、リオはギーアが対象外。独立計画は、完璧だ』
リオからの返事はない。
もしかすると、言い方が打算的すぎたのかもしれない。
そのように反省した俺は、前世の知識を思い出して、手続きをやり直した。
『へい彼女、お茶しない?』
リオの猫パンチが、俺の身体をベシッと叩いた。