58話 お宝回収
「レオン、獣人達が撤退していくぞ」
『どうやら、そのようだな』
辺境伯の城塞は、前世で世界遺産だったフランスの城塞都市カルカッソンヌを彷彿とさせる。
さしずめ内城は、コンタル城だ。
そんな城塞の第二城壁内を占拠していた獣人達が、一斉に城門へと逃げていた。
荷袋の穴から覗き見た俺は、獣人達の撤退行動が、それほど悪くないと思った。
『人間の総崩れよりも、秩序を保っているな』
それはイボイノシシの群れが、列を成して逃げるが如き様だ。
あるいは草食動物の群れが、ナイルワニの棲む川を渡河するようでもある。
「俺には、一目散に逃げているようにしか見えないが」
『確かに逃げているが、集団で行動している。撤退を妨害すれば集団で蹴散らすだろう。実際に、人間側は妨害できていない』
群れて逃げるのは、犠牲者の数を最小に抑えるためだ。
ナイルワニが襲える数のように、矢や精霊が倒せる敵にも、限りが有る。
内城から射掛ける矢は、あまり効果を発揮していなかった。
ヨハナ達の精霊なら倒せるだろうが、魔力に余裕が無いのかもしれない。
俺達の救援は、ギリギリ間に合った可能性もある。
――グンターがハイルブロン公爵領に救援を求めたら、間に合わなかったかな。
俺は上級貴族8人分、リオは上級貴族1人分の精霊魔法を使える。
グンターが9人もの中級精霊との契約者を連れてくるなら、ハイルブロン公爵家にでも駆け込むしかないだろうが、そこは俺達のナワバリよりも遠方だ。
辿り着いたところで、即座に駆け付けてくれるとも限らない。
最速は、俺達のところだった。
この後は、順次到着するだろうが。
『グンター、すぐに大隊長達の遺体を回収したい。ヒッポグリフで降りてくれ』
「どうしてだ。まだ獣人が残っている危険があるぞ」
『人化の宝玉を手に入れたことを、辺境伯領の騎士や兵士にも知られたくない。ブレンダに守って貰う』
人の口に戸は立てられぬ、という諺がある。
騎士や兵士に知られれば、家族や領民、ほかの貴族達にも広まるだろう。
人化するライオンが居ると不特定多数に知られた場合、どこかで人間が襲われれば、「これは人に化けるライオンのせいだ」などと噂されかねない。
辺境伯達が内城に籠もっており、大隊長が人化の宝玉を持ち続けているのか定かではない今が、誤魔化せる最大のチャンスであるように思えた。
「……良いだろう。宝玉が、今回の報酬だからな」
グンターがヒッポグリフを操り、鷲の上半身を持つ巨体を急降下させた。
ヒッポグリフは、第二城壁内の大隊長達が倒れる場所へと、瞬く間に降り立つ。
ストンと降り立った衝撃があって、ぶら下がる荷袋も揺れた。
そして荷袋を解かれた俺は、第二城壁内に降り立った。
そこには倒れ伏した獣人達が居て、周囲を警戒する火鳥達が群れていた。
『リオは、そのまま待っていてくれ』
「ガオッ」
短い返事を背に、俺は転がる大隊長へと駆け寄った。
最初に駆け寄ったのは、紅眼のダグラスと呼ばれていた大隊長だ。
やる気があるブレンダの火鳥を1羽、斬り捨てる活躍をしており、辺境伯やヨハナが内城に追い詰められたのも納得の強さだった。
流石は大隊長だと感心したが、惜しむらくは、周囲の援護の欠落であろう。
また潜入時には、普段使いの武器も、持ち込めなかったかもしれない。
――もっとも、そのおかげで俺は助かったが。
俺はダグラスの身体に触れると、その身体を収納した。
『空間収納』
ダグラスの身体は、身に付けた衣服や、腰にぶら下げる革袋などの所持品ごと、俺の空間収納に入った。
ダグラスが人化の宝玉を所有していたのなら、これで回収できたはずだ。
部下に預けて所有していなかった場合は、どうしようもない。
ダグラスの回収を終えた俺は、次いで金狼の娘イリーナの身体に触れる。
――人化の宝玉が2つ有るなら、イリーナが持つほうをリオに渡すべきか。
人化の宝玉が男女兼用なのか、男女別なのかは分からない。
もしも男女別だった場合、女獣人であるイリーナ大隊長の物を俺が使えば、女の身体になってしまうかもしれない。
俺個人としては、それはちょっと遠慮したい。
イリーナの回収を終えた俺は、周囲に転がる部下の身体も収納を始めた。
宝玉を部下に持たせていた可能性を考えて、念のために回収したのである。
周囲の獣人10体ほどを回収した俺は、グンターのところに駆け戻った。
『グンター、終わりだ。ヨハナ達と合流しよう』
「よし、荷袋に入ってくれ」
グンターは地面に荷袋を置いて、口を広げた。
俺が素早く入ると、グンターが閉じて紐で縛り、ヒッポグリフに取り付ける。
そしてグンターが騎乗し、舞い上がると、俺達は内城の中庭に入っていった。
◇◇◇◇◇◇
辺境伯の内城には、ヨハナの私室がある。
次期辺境伯の最有力候補であるヨハナなら、あって当然かもしれない。
そんな次期辺境伯の候補筆頭であるヨハナの私室に招かれた俺とリオは、ヨハナから盛大に歓迎された。
「レオン、リオ、レオン、リオ」
「ガォオ」
「ガォォ」
俺達はヨハナの左右に陣取り、まるで狛犬のように鎮座している。
そしてヨハナの小さな手が、俺達の背中を延々と、撫で続けていた。
諸般の事情に鑑みたリオは、渋々といった体で、ヨハナの猛攻を甘受している。
『ストレス溜まっていたみたいね』
『まあ、無理もない』
第三城壁を挟むとはいえ、至近に獣人の二個大隊が居て、攻撃されたのだ。
第二城壁内では戦闘音が鳴り響き、絶叫なども聞いただろう。
いつもは一緒に居る父親のグンターが傍におらず、自分は中級精霊で戦わざるを得ず、自分の活躍次第で人が死ぬ。
辺境伯家を継ぐかもしれない身とはいえ、子供にとっては、過酷な状況だ。
そのように過酷な話は、中世の日本にも無いわけではない。
源平合戦の末期、敗北した平氏の入水自殺に際して、数え年で8歳(満年齢6歳)だった安徳天皇も、平清盛の継室に抱き抱えられて壇ノ浦に没している。
ヨハナの場合も、少し遅ければ殺されるところだった。
精霊との契約者は、手足を縛ってすら、イメージで精霊を飛ばせる。
獣人の優先順位は城塞都市の陥落なので、捕虜を取るより、斬り捨てただろう。
――ヨハナは、逃げても良いと思うがなぁ。
ヨハナは、交易商人の娘として生活していた。
領民から搾り取った金で、贅沢三昧をしていたわけではない。
もっともグンターには便宜があったので、まったく義理が無いわけではない。それが責任感のあるヨハナに、責任のある行動を取らせるのだろう。
だが俺から見れば、辺境伯に縁がある士爵の娘程度の便宜だ。
辺境伯家と、運命を共にするほどの便宜であるようには、思えない。
ヨハナには、絶対にサービス残業や滅私奉公しない精霊達を、見習ってほしい。
『ヨハナ、よく持ち堪えたな』
「うん」
『偉いぞ。ヨハナがライオンなら、立派な大人のライオンに成れるな』
「ええっ、ライオンなの?」
『ライオンは良いぞ。ハイエナよりも強い』
俺の意味不明な慰めに対して、リオがバシッとツッコミを入れた。
『どうしてライオンなのよ』
『流石はお姉ちゃんと言ったら、自分は姉だからと、我慢や無理をするだろう』
「リオが言っていることは分からないけれど、レオンの言葉は分かるよ?」
『……しまった』
俺が持つ祝福の言語翻訳が、勝手に仕事をしたらしい。
リオにベシベシと二連打された俺に対して、ヨハナが撫でて慰めてくれた。
そんなヨハナの休息は、ガランガランという警告の鐘の音で、終わりを告げた。
『何の音?』
『敵襲だな。以前、バーンハード大隊長が攻めてきた時に鳴ったのを聞いたことがある。この状況だと、獣人の軍団長が攻めてきたのだろう』
ヨハナの小さな手が、強張った。
『ちょっと上級精霊で、敵を倒してくる。ヨハナは、休んでいろ』
『あたしも手伝うね。精霊契約を手伝ってくれた御礼、直接していないから』
俺とリオが立ち上がると、ヨハナも立ち上がった。
溜息を吐いた俺は、責任感の強いヨハナと一緒に、バルコニーへと走り出した。
























