57話 単騎駆け
真っ青な平原を駆けるヒッポグリフが、軌跡を領都エアランゲンへと伸ばした。
風精霊の支援を受け、力強く突き進むその姿は、仰ぎ見る者達に空の覇者たる偉容を見せつけた。
俺達の行く手を阻めるものは、中世には存在しないのではないだろうか。
――ヒッポグリフと精霊を使えて、どうして人間は負けているんだ。
どれほど強力な武器を持っていても、遥か上空の敵には届かない。
人間はヒッポグリフと精霊を同時に使えて、上空から一方的に攻撃できる。
それにも拘わらず、人間が押される状況に、俺は首を傾げざるを得ない。
「レオン、辺境伯城だ」
『ああ、見えている。ライオンの視力は、人間の5倍くらいある』
荷袋の穴から覗き見た城塞内には、無数の獣人達が群れていた。
獣人達は、第二城壁内に入り込んでおり、第二城壁の外側の門を閉じている。
外からの増援を塞ぎ、第二城壁内の人間を掃討し、内城を包囲していた。
内城には、人間の兵士達が立て籠もっており、互いに矢で牽制している。
突入が行われていないのは、内城の城壁も厚いからだろう。
獣人達は、人化の宝玉で化けて第二城壁内に侵入して、門を開けている。
攻城兵器を持ち込んでいないので、内城を突破するには至らなかったのだ。
三重の壁がある城の構造が、活きていた。
「レオン、リオ、頼む」
『ブレンダ、顕現して力を示してくれ』
『アルベルタ、お願いね』
俺とリオが、契約している精霊に呼び掛けた。
するとヒッポグリフの左右に、強烈な赤の輝きが顕現した。
俺と契約している上級精霊のブレンダは、本体が精霊界に存在している。
そして俺と魔力で繋がり、俺の魔力で顕現して、この世界の魔素で力を振るう。
中級精霊でオスライオン並の力を振い、上級精霊で中級精霊の8倍の力を振るう。
だがそれは、契約金ならぬ契約魔力が最低限での話だ。
俺とリオは、三倍の魔力で契約していた。
『行くわよ』
ブレンダは8羽の燃え盛るハヤブサを出した。
そのうち2羽をヒッポグリフの護衛として、残る6羽で急降下を開始する。
リオの精霊であるアルベルタも、ブレンダと一緒に空から滑り降りていく。
無音で突入した火鳥達は、直上を無警戒だった獣人達の頭部に、掴み掛かった。
オスライオンが前脚で殴るほどの衝撃を受けた獣人達は、炎を浴びせられる以前に、一撃で次々と吹っ飛んでいった。
「炎なんて、意味が無いじゃないか」
上空から観察していたグンターが呆れたのも、無理はない。
第二城壁内の通路を移動していた獣人兵。
物陰に隠れて、内城の様子を窺っていた獣人兵。
第二城壁の外側への門を封鎖している獣人兵。
まとまった集団の指揮をしている獣人の隊長。
それらが次々と、精霊達に吹き飛ばされていく。
「敵襲、敵襲、城の中じゃない。外から敵の増援が来たっ!」
襲撃を受けた獣人達は、警告の笛を吹き鳴らして、大騒ぎとなった。
そして慌ただしく周囲を見渡して、上空に敵の姿を見出す。
「上空に敵騎、王国軍の大鷲馬隊です。数は、1騎」
「1騎のはずが無い。だがまずは、あの大鷲馬を攻撃しろ。大弓兵、番えっ!」
紅眼の獣人が指示すると、大弓を番えた獣人が、人間には再現不可能な膂力で矢を引き絞った。
「放てえぃ」
引き絞られた弦から、攻城用のバリスタで射掛けたような矢が放たれた。
いくつもの矢が、グングンと上空へと駆け上がっていく。
すると俺の護衛に付いている2羽の火鳥が、羽ばたいて、火矢を撃ち出した。
それらは地上から打ち上がった矢にぶつかり、次々と撃ち落としていく。
「敵の大鷲馬、複数の中級精霊で守っています!」
「構わんから、射続けろ。防御させて、それで魔力を使い尽くさせろ」
指揮をしている紅眼の獣人は、精霊との戦いに手慣れた様子だった。
やる気に乏しい精霊達が相手であれば、それは有効な手段かもしれない。
だがブレンダは、普通の精霊達とは異なる動きをした。
矢を射掛けた大弓隊に向い、地上を襲うハヤブサ達を向かわせたのだ。
「ダグラス様、火鳥の半分が、こちらに突っ込んできます」
「迎撃しろっ!」
「うわあああっ」
狙われた獣人達は、上空に向かって大弓を番えていた。
そのタイミングでハヤブサ達に襲われては、武器を持ち変える暇などない。
瞬く間に懐へ飛び込んだハヤブサに対して、為す術もなく弾き飛ばされていく。
同時にハヤブサは、炎を撒き散らして周囲の獣人達の身体を燃やしていった。
「ギャアアッ」
全身を燃やされた獣人達が、無様に地べたを転げ回る。
そんな獣人達の横を駆けた紅眼の獣人が、火鳥の1羽に飛び掛かった。
「ヌオオオオオッ!」
紅眼の獣人が振った剣が、火鳥の1羽を正面から叩き斬る。
剣で斬られた火鳥は、左右に炎を撒き散らしながら、斬り捨てられた。
「ダグラス大隊長が、1羽を倒したぞおっ」
「うおおっ、ダグラス様!」
地上を襲う7羽のうち1羽を倒したことで、周囲の獣人達が歓喜した。
だがダグラスと呼ばれた獣人自身は、まったく喜んでいなかった。むしろ周囲の獣人達に、強い苛立ちの表情を見せる。
それもそのはずで、ダグラス達を襲った残る2羽が、左右から迫っていたのだ。
周囲の獣人達が1羽を迎撃するなり、足止めするなりしてくれれば、ダグラスは左右からの挟撃を防げたかもしれない。
そのような援護が無かったダグラスは、左右から同時に火鳥の襲撃を受けた。
2羽は、先に斬り捨てられた火鳥の炎を取り込んで、より強い炎を纏いながら、ダグラスに体当たりしていった。
「ぬああああっ!?」
ダグラスは1羽を剣で斬り、もう1羽を左手で受けた。
剣で斬られた火鳥は、打撃を受けながらも体当たりを実現させた。
差し出された左手に炎で絡み付いた火鳥は、そのまま突き抜けて、ダグラスの顔面に爪を突き立てた。
2羽に同時攻撃されたダグラスは、吹き飛ばされ、民家の壁に叩き付けられた。
そして2羽と揉み合い、剣で1羽を叩き切りながら、全身を焼かれていく。
「ああっ、ダグラス様が、倒されたっ」
獣人達は、オスライオン同士の争いを見る人間のように、呆然と立ち尽くした。
オスライオンの力と、ハヤブサの飛行能力を併せ持ち、炎を放つ精霊が、複数で群れている。
あるいは、その場が燃え盛る家屋と化している。
噛み殺されるか、全身火達磨になる場所に、率先して突っ込みたい者は居ない。
そこに、金色の毛並みを持つ狼の女獣人が駆け付けてきた。
「イリーナ大隊長!」
「何をやっている。早く助け出せ」
立ち尽くす獣人達に罵声を浴びせた女獣人も、4羽の火鳥に追われていた。
地上を襲うブレンダの火鳥は6羽で、リオの火鳥は1羽で、合計7羽。
紅眼の獣人に3羽が向かったので、残るは4羽だ。
「レオン、全羽を振り向けたのか?」
分かり切ったことをグンターが尋ねたのは、獣人の兵士達を混乱させる囮役を無くして、良いのかということだろう。
大隊長のところだけを襲えば、獣人が集結しかねない。
『ブレンダの判断だが、そのようだ。大隊を統率するのは、大隊長2人だろう。グンターが、2人を倒せば獣人達は混乱すると、言ったからだと思うぞ』
「それはそうだが、獣人が集結するぞ」
『その前に倒せば良い。獣人を追い散らして、宝玉も手に入れたい』
俺達は、宝玉を手に入れるために来ている。
宝玉を持っている大隊長を狙うのは、当然の行動だ。
イリーナと呼ばれた大隊長は、紅眼の大隊長よりも素早く立ち回り、周囲の獣人達を上手く盾に使いながら、火鳥の攻撃を凌いでいく。
獣人達も火鳥に武器を振るって、必死にイリーナを庇おうとする。
――確か、第四軍団長の娘とか言っていたな。
港町ビンゲンを攻撃した時、ヨハナの従姉妹である侯爵家令嬢が、辺境伯夫人に大隊長のことを尋ねていた。
それによれば2人の大隊長は、紅眼のダグラスと、金狼の娘イリーナだ。
そして金狼は、マルデブルク王国を攻めている獣人帝国の第四軍団長だという。
大隊長が軍団長の娘であれば、獣人兵達は、なおさら庇わざるを得ない。
しぶといわけだが、焼かれるダグラスを前にした獣人達は、動きが鈍った。
そのためイリーナは、迫る火鳥に対して、部下という盾を構えられなかった。
4羽が同時に強襲して、イリーナに爪を突き立てる。
「ギャアアアアアッ!」
掴み掛かった火鳥達は、そのまま燃え上がって、イリーナの身体を焼いた。
イリーナは転げ回るが、彼女に掴み掛かったのは、魔素で顕現した火精霊だ。
砂を掛けたり、石畳に擦り付けたりしても、火が消えるわけがない。
「ダグラス大隊長とイリーナ大隊長が、やられたあっ!」
「そんなっ、だっ、誰が指揮を執るんだ」
「うわあああっ」
大隊長達が倒された姿を見た獣人達が、恐慌状態に陥っていく。
前世の軍隊ならば有り得ない話だが、ここは中世初期レベルだ。
戦国時代なら、大将と副将を同時に討たれれば、総崩れも有り得る。
戦国時代よりも500年ほど古いと考えれば、総崩れも無理はない。
混乱を来した獣人達は、我先にと、門がある方向へ逃げ出していった。
 
























