55話 救援要請
半月ほどイボイノシシを狩り続けた後、俺達はナワバリの中心に帰ってきた。
より正確には、イボイノシシを狩れなくなったので、渋々と帰ってきた。
『イボイノシシ、狩りすぎたね』
『そのようだな。穴の傍から、離れなくなったし』
毎日のように襲っていれば、相手の警戒心は、上がり続ける。
俺達がイボイノシシばかりを襲い続けた結果、相手の警戒心が上がり続けて、ついに穴の傍から離れなくなった。
イボイノシシは小さいので、1日1頭狩れなければ、群れが食べていけない。
狩りの成功率が落ちたので、スイギュウが生息する中心部へ帰った次第だ。
『獲物のバランスは大切だな……分かるか、スウちゃん』
「ミャウッ!」
『そうか。分かってくれるか』
『絶対に分かっていないでしょう』
リオのツッコミを聞き流しながら、俺はコロコロと転がる子ライオンと戯れた。
周囲には、群れのライオン達も寝転がっている。
子ライオン8頭は、長距離を歩いた後、ミルクをもらって休憩中だ。
元気になったミカンも、伯母達に拒否されなくなった。
最初は、おっかなびっくり入っていったが、今は普通に混ざっている。
時々、姉妹とのミルク獲得競争に負けて、俺のほうに鳴いて来るが。
今は大人達が動かないので、群れ全体で休憩中だ。
空腹になれば狩りに行くだろうが、おそらく明日以降の話だ。
空腹ではないのに、スイギュウを倒すのは、怪我を考えると好ましくない。
どうせ肉を保存できないし、獲物にも警戒されて、逃げられてしまう。
――空腹ではない時に獲物を襲わないのは、ライオンの最適解かもしれないな。
群れで生活していると、色々な学びがあって面白いと思う。
ほかに感心したのは、ギーアが弟妹と遊ぶ時に、大人のメスライオンが注視していて、ギーアが力加減を間違えると介入することだ。
大人の介入は、俺がギーアと序列争いをする時には、一切見られない行動だ。
介入を適切に判断できる点が、かなり賢い動物だと感心させられる。
『それでイボイノシシの子供、どれくらい捕まえたの?』
リオが、俺が貯めたヘソクリの中身を質してきた。
群れがイボイノシシ狩りを行っていた間、俺はブレンダに巣穴のイボイノシシを倒してもらい、イボイノシシの回収をしていた。
イボイノシシの巣穴に入れるのは、身体が小さい今だけだ。
ブレンダと契約して以降、獲物を狩れずに餓える心配は無いが、子豚は美味い。であれば、狩らない理由は無かった。
『巣穴6つで、メス6頭と子供21頭だな』
俺は素直に、ヘソクリの中身を申告した。
正直に話したところで、大したデメリットは無い。
子豚は美味いが、子牛だって美味いのだ。
『レオンが狩ったのも、イボイノシシが捕まえられなくなった原因じゃない?』
『ブレンダには、群れが見つけていない巣穴を探してもらっていたぞ』
『どうやって探していたの?』
『空からイボイノシシを探してもらって、巣穴の位置を特定してもらった』
『精霊って、凄いね』
『同感』
精霊との契約者が、人間社会で貴族に成るのも無理はない。
文明が進んだ数千年後は分からないが、中世の現時点では、重要な能力だ。
――獣人と、戦争もしているし。
そんな風に思っていると、不意にブレンダが、耳元で話し掛けてきた。
『レオン、グンターの精霊が来たわよ』
『グンターか。そういえば、もう1ヵ月以上は会っていないな』
俺が徐ろに立ち上がると、リオも一緒に立ち上がった。
『あたしも行くね』
『そうか。まあ構わないが』
リオはグンターに、精霊契約を手伝ってもらっている。
だが前回リオには、群れと合流前のスウ達の守りを頼んだ。
御礼でも言いたいのかと思った俺は、群れと合流したスウ達が大丈夫だと判断して、リオの同行に同意した。
そして傍に居た母ライオンに、一声掛ける。
『ちょっと出かけてくる。スウを捕まえておいて』
俺の母ライオンは、ヤレヤレといった表情を浮かべつつ、のそりと歩いてきた。
そしてスウの傍に座り、顔を舐めて、構い始めた。
「ニャアッ」
顔を舐められたスウが転がるのを見た俺は、リオと共に街道へと向かった。
◇◇◇◇◇◇
街道に出た俺とリオは、ヒッポグリフを繋いだグンターと再会した。
珍しくレザーアーマーを身に付けており、ヨハナを連れていない。
グンターの表情は非常に険しくて、強張っている。
それを見たリオが、若干引いているほどだ。
――ライオン側が怯えるのは、どうなんだろうなぁ。
スイギュウやイボイノシシなど、ライオンは様々な動物の子供を襲う。
その際、親が自分の身を省みずに行動して、手痛い反撃を受けることもある。
それはサバンナの動物だけに限らず、人間という動物にも共通する行動だ。
現在のグンターが、動物として狂暴な状態になっていることは、見て取れる。
だがライオンが怯えるのは、はたして如何なものだろうか。
さしあたって俺は、自分から話題を振って話を進めることにした。
『いつになく真剣そうだが、何か問題があったのか』
「ああ、問題が発生した。力を借りたい」
『悪い予感はするが、俺とグンターの仲だ。水や風の精霊との契約を手伝ってもらうとか、清算方法はある。とりあえず、言ってみてくれ』
「そうか、助かる」
グンターは、腰元に下げていた革袋を手繰り寄せると、口元に運んだ。
そして水を飲み、むせて吐く。
――これは酷い。
リオ以上にグンターが、正常ならざる状態だった。
だが誰かが極端に混乱していると、それを見ている側は冷静になる。
まさに現在の俺がその立場で、冷静にグンターが落ち着くのを眺めた。
そんな俺の様子を見て、グンターは落ち着きを取り戻していった。
ようやく話が出来る状態になったグンターが、説明を始めた。
「港町ビンゲンに居る獣人の2個大隊を、精霊で攻撃したのを覚えているか」
『もちろん覚えている。海戦の後だ。リオを手伝ってもらった借りの返済だった』
この場に居合わせるリオへの説明も兼ねて、俺は認識を語った。
「その攻撃で、獣人達は、港町ビンゲンから撤退した」
『ふむ』
獣人帝国は辺境伯領を落とすために、後方の港町ビンゲンを押さえて、輸送を妨害していた。
敵が撤退したのは、単純に考えれば、良い話だ。
だが、グンターの状態を見るに、そうではないらしい。
俺は相槌を打ち、態度で続きを促した。
「その2個大隊が、辺境伯の領都エアランゲンを急襲した。大隊長2人が、人化の宝玉を使って、一時的に人間に化けて、侵入したんだ」
『人化の宝玉、そんなものがあるのか』
「レオンの古代魔法と同じ、神代の力だ」
つまり転生者が、転生時に得た祝福の類いを用いて、作成したのだろう。
転生時、天使は『もっとポイントがあれば、より大きな大祝福などもあったわよ』と言っていた。
大祝福『など』であれば、その上に超祝福のようなものがあったかもしれない。
そして大祝福や超祝福に、錬金術の力などが存在し、一時的に人に化けられるアイテムを作成出来たのかもしれない。
『人化の宝玉は、人ではない者が、人に化けられるのか』
「そうだ。使ったのは大隊長2人だけで、数は少ないはずだが」
『そんな物が存在するとは、驚いた』
人化の宝玉というアイテムの存在には驚いたが、理解不可能ではなかった。
ようするに、アバターの一時変更だ。
未来の技術なら、人間を電子化して、別の身体に入れることも出来るだろう。
前世の地球は、そこまで技術が進んでいなかった。
だが先進文明の宇宙人が、恒星間移動をして地球に来ていたならば、技術的に可能に思える。
空間収納の力を与えられる高度文明なら、アバター変更くらい余裕そうだ。
「それで門を開けられ、第二城壁内へ入り込まれた。第二城壁は、既に落とされただろう。ヨハナ達は、辺境伯夫妻と第二城壁の内側にある城で籠城中だ」
グンターの話が、俺を現実に引き戻した。
中級精霊と契約して、お披露目も済ませたヨハナは、辺境伯家の継承候補者だ。
領地を継ぐ可能性に備えて、教育で辺境伯夫妻と一緒に居ても不思議は無い。
ヨハナの状況は、自己選択の結果で、運が悪かったとは言えないかもしれない。
「獣人の本隊が来ると、終わりだ。その前に大隊を潰したい。力を貸してくれ」
『俺としては、それなりに縁があるヨハナと、精霊魔法を撃ち込んで敵対した獣人の大隊であれば、心情的にヨハナ寄りの立場で良い。報酬は……』
『その宝玉』
同行したリオが、話に割って入った。
























