53話 ライオンの選別
俺が弟妹と顔合わせをしてから、半月が経った。
提供したスイギュウは、既に骨と化している。
オス2頭が1日5キログラムずつ、メス6頭が1日に4キログラムずつ食べる。
アンポンタンも3キログラムずつ、俺達4頭が1キログラムずつを食べる。
すると15頭で、1日47キログラムを消費することになる。
スイギュウが700キログラム、可食部500キログラムとすれば、10日は保つが、半月は保たないわけだ。
スイギュウを食べた俺達の群れは、ゴロゴロ寝転がり、やがて動き出した。
理由は単純明快で、お腹が空いてきたのだ。
「ニャアッ、ミャアッ」
まるで猫のように鳴きながら、弟妹が一列になって、元気に歩く。
先頭に先導役のメスライオン、すぐ後ろが数頭の大人で、あとは適当だ。
その集団に、乳児達もゾロゾロと付いていく。
乳児達の中で足が速いのは、身体が大きな個体だ。
一番大きくて活発なのが、スウである。
――俺に前脚で、ライオンパンチを連打するくらいだからな。
スウの次に大きいメスはメロン、オスで一番大きい個体はノブになる予定で、今はどの個体に名前を当て嵌めるかを検討中である。
ちなみにミカンだけは、もう決まっている。
『ねえ、レオン』
『なんだ』
『伯母さん達、ミカンちゃんを置いていこうとしていない?』
『気付いたか』
伯母達は、一番身体が小さなミカンの移動速度を、気にせずに歩いていた。
身体が大きなスウ達は余裕で付いて行けて、あとは普通から頑張って付いて行けるくらいで、ミカンは苦労している。
俺とリオ、そしてミーナは、その後ろから見守るように歩いている。
『移動に遅れる子ライオンは、大人達から選別を受けることがあるそうだ』
『選別って?』
『メスライオン達は、移動に付いてきた子供にだけミルクを与えて、遅れた子供には立ち上がって飲ませず、あるいは直接的に前脚で払い退けることもある』
『どうして?』
『ミルクは無限じゃない。遅い子に移動速度を合せると、獲物も追えない』
自力で付いて来られない子供を助ける余裕は、ライオンの生活には無い。
付いて行けない子供に移動を合せると、獲物を追えなくなる。
そんな事をしていれば、元気な個体まで餓えてしまう。
兄弟姉妹で弱い個体、病気や大怪我、先天的な異常がある個体は、淘汰されるのが自然界の掟だ。
そうして強い個体の遺伝子だけが残って、ライオンは環境に適応していく。
『ミカンちゃん、どうなっちゃうの?』
『ちゃんと食らい付いていけば、ミルクをくれることもある。選別だからな』
『付いて行けて、いないけれど』
『介入するか』
俺は立ち止まったミカンの口に、右前脚で触れた。
――空間収納。
俺の右前脚の指先から、収納していたミルクが取り出された。
以前、母ライオンからもらって、念のために溜めておいたものだ。
『ミャオッ』
ミルクの臭いを嗅ぎ取ったミカンが、ゴクゴクと飲み始めた。
『それは何?』
『以前、飢え死にしないように母ライオンからもらって溜めたミルクだ』
『そんなことをしていたの?』
『俺は慎重派だからな』
伯母達がミルクを与えなくても、俺が与えれば解決である。
あくまで選別なので、付いて来られる元気な個体を排除することはない。
俺の行動は、ライオンが強い遺伝子を残す観点からは、間違っているだろう。
俺は、独立時の頭数が欲しいという目先の欲で、動いているわけだ。
もっとも一世代では大して変わらないので、俺は気にせず行動するが。
俺が立ち止まってミカンにミルクを与えていると、ミーナが訴えた。
『遅れると、シマウマを食べられないよ』
『スイギュウは、まだ沢山ある。リオとミーナには、いつでも食べさせるぞ』
「ガオオッ」
我が妹は、甘えた声を出して、俺に頭を擦り付けてきた。
俺が優遇するのは、ミカンだけではない。
リオとミーナには、強くなってもらいたいので、いくらでも肉を与える所存だ。
ギーアは食欲旺盛なので、支援は不要だと判断している。
――勝手に歩いて行っているし。
ギーアに関しては、俺を上回らない程度に大きくなり、下克上を起こさない程度に頑張ってほしい。
そうすれば独立後、群れに居る年上のお姉さんは、すべてギーア君のものだ。
『ねえ、どこに行くのかな』
俺がミカンにミルクを与えながら、本能寺の変を防ぐ方法に悩んでいたところ、隣に座ったリオが尋ねた。
『さあ、スイギュウではない様子だけど』
『方向が違うよね』
『ああ。スイギュウは、もっと近くに居る。だけど危ないから、避けたのかもな』
俺達の兄弟姉妹8頭のうち、半数の命を奪ったのがスイギュウだ。
小さな弟妹は、スイギュウに追われると逃げ切れなくて危険だ。
この状況で、弟妹を連れてのスイギュウを狩りは、あまり良い選択肢ではない。
『それなら、シマウマを探すのかな』
『シマウマは、雨期に入ってから見ていないぞ』
『どうして居なくなったのかな』
『雨が降ると、餌になる草が、どこにでも生えるからな。わざわざライオンのナワバリを移動する必要なんて、無いだろう』
俺がシマウマだったら、目の前に草が生えている時に、わざわざサバンナの横断旅行はしない。
『どこかに固まっているのかな』
『そうだろうな。その地域に住んでいるライオンの群れは、大喜びのはずだ』
きっと群れ全体で、毎晩シマウマパーティである。
ちなみに最近は、ヌーやトムソンガゼルの姿も見ていない。
その三種類は、混群といって、一緒に行動して天敵に襲われるリスクを減らすことがある。
そのため同時に見かけなくなることは、さほど不思議な話ではない。
数が多い動物なので、三種が同時に現れなくなると、狩りの獲物が激減する。
逆に、三種が留まる地域では、ライオンが毎晩パーティ三昧だ。
『それなら、インパラを捕まえに行くのかな?』
『インパラか。ナイルワニに襲われて、もう沼は、懲りたと思いたいけどな』
弟妹が生まれた頃、俺達が訪れていた沼地で狩ったのが、インパラだ。
沼地に行けば、おそらく会えるだろう。
ほかにもセーブルアンテロープが生息していたので、沼地の水を飲む動物は、いくらか見つかるはずだ。
だが水飲み場の沼には、ナイルワニも生息している。
俺達は、水を飲まないわけにはいかないので、沼の水に口を付ける。
すると大きなナイルワニが飛び出してきて、ガブリと噛んでくるかもしれない。さしあたり俺達の群れからは、1頭のメスライオンが犠牲になった。
俺達が使える火の精霊魔法は、水中までは効かないような気がする。
あまりに危険なので、ぜひ止めて欲しい。
『だったら、イボイノシシとか?』
『それは有り得るな。それほど大きくないけど、危険は少ないし』
イボイノシシは、俺達の群れのナワバリに生息している動物だ。
2歳年上のエムイーが独立した切っ掛けの動物で、巣穴の場所は分かっている。
草食を中心とする雑食性だが、家族単位で暮らし、巨大な群れは作らない。
乾季には、水分の多い地下茎や球根も食べて、ヌーのような大移動は不要だ。
おそらく以前見た近辺で、程々の数が暮らしているだろう。
『前は、お父さん達に大半を食べられちゃったね』
『そういえば、わりと容赦なく奪われたな。よほど空腹だったんだろう』
エムイーが追放された後、大人のメスライオン達は、巣穴からイボイノシシを引き摺り出した。
すると父達が奪って、食べてしまったのである。
諦めたメスライオン達は再び穴を掘って、追加で1頭を捕まえた。
だが皆で食べた結果、俺達が口にできた肉は、少量だった。
『美味しかったけど、少なかったよなぁ』
『また食べたいね』
『そうだな。イボイノシシ狩りだと良いな』
イボイノシシは、様々な肉食動物にも狙われるほど美味しい。
だが巣穴に逃げ込むので、ライオンが狩るのは難しい。
肩高が70センチメートル前後で、メスライオンの肩高110センチメートル前後よりも小さく、巣穴に逃げ込まれると追えないのだ。
『今の俺達なら、追えるよな。魔法で倒して、保管するか?』
『それは良いね』
前世の豚肉でも思い出したのか、リオは珍しく、弾んだ声で肯定した。
























