52話 弟妹の命名
ミーナとポンが走り去っていった後、俺とリオは8頭のモフモフを預かった。
メスライオンは、子供を茂みに隠して食事に行くことは、さほど珍しくない。
食事をしなければ母乳が出ないし、それどころか自分まで餓死する。
群れから離れて、1ヵ月以上も単独ないし少数で子育てをするメスライオンは、子供を隠して狩りに行くのが普通なのだ。
現状の置き去りは、その延長線上にある。
『なんだか、急に大人しくなったな』
弟妹は、食事に行く前には、俺をシマウマに見立てて遊ぶほど、元気だった。
だが今は、茂みの中で、小さくなっている。
俺達が姿を見せると甘える姿も見せたが、先ほどとは打って変わって静かだ。
まるで借りてきた猫である。
『ポンが、居なくなったからじゃない』
『あー、なるほど』
俺達よりも1歳ほど年長のポンは、生後1年半を過ぎている。
1年半は、親ライオンが子育てを終えて、発情するようになるほどの大きさだ。
弟妹の目線では、既にポンは大人なのかもしれない。
『さっきは大人のライオンであるポンが居たから、暢気に遊んでいたわけか』
『そうじゃないかな。ポン、結構大きいしね』
『確かにポンは、リオの倍くらいの体重がありそうだしな』
リオとポンは、小学生と大人くらいの差がある。
それではリオを子供、ポンを大人と見るのも、無理はない。
実際に戦えば、ポンはメスライオン1頭の半分くらいの強さがある。
火の中級精霊と契約しているリオは、魔法有りならポンよりも遥かに強いが。
『よし、お前達、こっちに来い』
大人しい弟妹を集めた俺は、まとめて茂みに押し込んだ。
そして出口を塞ぐ壁の如く、茂みの前にゴロリと転がった。
俺が転がったのは、だらけているのではなく、生肉を食べた後だからだ。
食べた生肉を消化するためには、寝転がらなければならない。
すると寝転がった俺に対して、隣の乳児から、鋭いパンチが飛んできた。
「ニャアッ、ニャアッ」
俺の身体を前脚で叩いたのは、俺が唯一名前を付けたスウであった。
どこで乳児達を見分けるかといえば、ライオンの赤子が持つ、黒い斑点だ。
小さなライオンは、頭や背中、足などに、黒い斑点がある。
この斑点は、外敵から身を守るためにあるのではないかといわれている。
――遠くから見れば、黒い斑点を持つヒョウと見間違うかもしれないな。
ヒョウは足が速いので、追っても無駄だ。ハイエナがヒョウを見ても、襲いに行こうと思わないので、身を守る効果は有る。
そんな斑点は、身体が大きくなるにつれて、薄れて消えていく。
俺達も、生後4ヵ月まではよく見えたが、生後半年で殆ど見えなくなった。
もっともライオンは、大きくなっても見分けが付く。
俺が見分ける方法は、顔の輪郭や、額の模様の差だ。
人間が人間の顔を見分けられるように、ライオンもライオンを見分けられる。
スウに関しては、黒の斑点と、これから出てくる個体差で、見分けが付く。
今後、別の個体をスウと呼び間違える心配は無い。
『よしよし、良い子だ』
「ニャアッ」
パンチをするのは、元気な証拠である。
俺が自分の前脚を出すと、スウは俺の前脚をベシベシと連打した。
――将来は、優秀なハンターになるかもしれないな。
兄馬鹿を発動させた俺達の傍に、リオも静かに寝転がった。
そして茂みに、大きな子供2頭と、小さな子供8頭で作る猫団子が完成した。
8頭の子ライオン達は、半数ほどが目を瞑って、ウトウトしている。
「ガオオッ」
眠気に誘われた俺は、なるべく声を抑えながら、大きなあくびをした。
そして猫らしく、身体を大きく伸ばす。
『ヤバい、寝そうだ』
『面倒を見るんじゃなかったの』
リオも眠そうにしながら、注意喚起した。
『そうだったな。こいつら、まだ小さいからなぁ』
『そうだよ。リカオンが相手でも、簡単に殺されちゃうんだからね』
『あいつらは、群れてくるからなぁ』
リカオンは体重20キログラム以上で、10頭くらいの群れで行動する。
猫サイズの子ライオン8頭が、リカオンの群れに遭遇した場合、全頭がおやつにされてしまう。
ライオンが、1歳まで生き残れる確率は4割、2歳まで生き残れる確率は2割。
餓死したり、群れを乗っ取りに来たオスライオンに殺されたりするからだが、ほかの動物に殺されることだって普通にある。
『リカオンだけじゃないよ。猛禽類が急降下してきたら、どうするの。掴んで飛んで行かれたら、精霊魔法で撃ち落としても、落ちて死んじゃうよ』
『そういうリスクは、想定していなかったな』
サバンナの猛禽類といえば、エジプトの国鳥であるソウゲンワシが思い浮かぶ。
大きな個体は、体重が猫よりも重い。
下手をすると弟妹は、捕まって運ばれるかもしれない。
『ブレンダ、俺とリオ、それに弟妹8頭を襲いそうな敵が来たら、倒してくれ』
俺は念のために、契約した上級精霊のブレンダに、護衛を依頼した。
ブレンダは判断力があるし、3倍の報酬に見合う働きもしてくれそうだが、念のためである。
『低木の枝に、ハヤブサとツバメを留まらせておくわ』
『よろしく頼む』
俺の身体に溜まっていた魔力が少し抜けて、赤い光が空へと飛んでいった。
不思議そうに見上げるスウの横に転がりながら、俺は本格的な眠気に襲われた。
『外敵対策したから、これで良いよな』
『ダメだけど、ダメな中ではマシなほう』
『どうしてダメなんだ?』
『ちゃんと見ていないと、迷子になったり、怪我をしたりするかも』
『子育てって、大変だな』
同時に4頭も育てるメスライオンは、凄い生き物なのかもしれない。
何しろ育てているのはサバンナで、家も畑も無いのだ。
溜息を吐きつつ、俺は眠らないように頭を働かせた。
『それなら眠らないように、こいつらの名前でも考えよう』
『スウちゃんのほかは、どうするの』
『覚え易くて、呼ぶのも楽だと良い』
弟妹は、スウを除いて、残り7頭もいる。
7頭の名前を同時に覚えるのは、俺の眠い頭では難しい。
何かに関連付けないと、忘れてしまいかねない。
『オスは、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康から取って、ノブ、ヒデ、ヤスとか』
俺の案を聞いたリオは、思いっきり引いた表情を浮かべた。
確かに前世の人間だった頃、俺の名前がノブだったとして、親から「織田信長から名付けた」と言われれば、俺も同じ反応をしたかもしれない。
だが飼っている家猫に子猫が生まれて、その命名なら、どうだろうか。
ペットの命名は、人間とは大きく異なる。
ムギ、モカ、マロン、モモなど食べ物系が、命名ランキングの上位を占める。
端的に、白いからシロ、黒いからクロ、小さいからチビとされることもある。
人名で名付ける分だけ、非常食より良い気がする。
『暫定で、そうしよう。ほかの案があれば、それでも良いけどな』
『だからあたしは、この子たちのお母さんじゃないって』
リオは、改めて弟妹の名付け親になることを拒んだ。
両親が居るのに、姉が名付けるのはおかしいという考えは、分からなくもない。
だが親が名付けないから仕方がないというのが、俺の考えだ。
『だったら、俺が勝手に付けた、あだ名だとでも思ってくれ』
『それなら、良いけど』
『よし、弟達の名前はノブ、ヒデ、ヤスだ。成長が早いほうから、割り振ろう』
まるでヤクザの子分みたいな名前だが、他所のナワバリのオスと抗争するので、大きく間違ってはいないかと思い直した。
ノブは、俺のナワバリ拡大や、新たなナワバリ獲得で、役立ってくれそうだ。
ヒデは、俺に付いてくる判断が出来れば、要領が良い気がしなくもない。
ヤスは、俺に付いてくれば長生きして、最終的に得をするような予感がする。
乱世のサバンナを生き抜くオスライオンとして、これから大いに期待したい。
『次は、スウちゃんを除く4頭の妹達だが』
『可愛い名前が良い』
『……大きい順に、メロン、モモ、リンゴ、ミカンでどうだろう』
可愛い名前が思い付かなかった俺は、前世のランキング上位に倣った。
それだけではなく、挙げた果物は自分が覚え易いように、別の意味も持たせた。
俺が挙げたのは、前世でバストサイズのネタにされていた果物だ。
それぞれは、F、D、C、Aカップの片胸と、同じ重さだったりする。
メロンはFカップ、モモはDカップ、リンゴはCカップ、ミカンはAカップの片胸と同じ重さだそうだ。
名前を忘れても、バストサイズの果物で思い出せる。
梨がE、柿がBに入るが、名前として微妙だったので省いた。
『さっきのあだ名より、良いかもね』
リオは微笑んで、4つの名前を純粋に肯定した。
それを見た俺は、命名理由を墓まで持っていくと、固く心に誓ったのであった。
























