49話 スウちゃん
低木が並ぶ茂みの中、俺は沢山のモフモフに、絡まれていた。
「ニャアッ、ニャアッ」
俺を頻りに攻撃するのは、8頭もの子ライオンである。
弟妹が誕生してから、推定1ヵ月と1週間。
精霊契約の借りを返しに行った俺は、弟妹の群れへの合流に間に合わず、1頭だけ遅れて顔合わせをすることになった。
すると弟妹は、新参者に挨拶してやろうと思ったらしい。
自分達が群れに合流した時のように、頭を擦り付けて新参者を歓迎し、ペシペシと身体に触れて構ってきたのである。
――俺は、お前らの兄なんだが。
まるで弟妹を受け入れる兄姉の態度である。
これはおそらく、自分達が群れに合流した時にされたことの模倣だ。
子供は、大人や兄姉の行動を模倣する。群れに新参が来た時は、こうするのだと教わったことを、俺で試しているのだろう。
心優しい兄の俺は、腹を見せて寝転がり、モフモフどもの好きにさせてやった。
俺達を端から見ると、ライオンに群がられるシマウマの如しだ。
弟妹は狩りごっこに興じて、俺にのし掛かり、上から押さえ付けてくる。
『レオン、懐かれて良かったわね』
『素直に肯定し難いのは、どうしてだろうな』
リオにからかわれた俺は、渋々と答えた。
それと同時に尻尾を振って、2頭のモフモフをあやしてやる。
するとモフモフ共は尻尾を追いかけて、コテンと地面に転がった。
『元気があって、何よりだ』
『まだ走れないけどね』
生後1ヵ月のライオンは、体重が4キログラム前後で、家猫に匹敵する重さだ。
だが猫と比べると、頭が大きくて、腹部も膨れている。
それは弟妹が大きくなるためだが、現時点では身体に対して頭が大きいために、重心が悪くて、走るフォームが安定していなかった。
ろくに走れない弟妹は、主に茂みに隠れている。
そして母ライオン達が狩りを終えて帰ってきた時に、母乳を与えられて、過ごしていた。
――子猫8匹に、群がられるようなものか。
弟妹は、体格的には成猫だが、行動は無邪気な子猫だ。
物事に対して好奇心旺盛で、動くものには興味津々で飛び付く。
さしずめ現在の俺は、生ける猫じゃらしである。
ちなみに子ライオンは、本当に猫のように鳴く。
身体が猫並であれば、声帯から発せられる音も、猫に近くなるのかもしれない。
そんな猫共に組み伏せられた俺は、小さな前脚で、ペシペシと叩かれていた。
『弟妹共よ、良いことを教えてやろう』
『良いことって何?』
弟妹の軍勢に押し潰されながら、俺は地面から声を上げた。
すると、まだ聞き返せない弟妹の代わりに、リオが尋ねてくる。
『モフって良いのは、自分がモフられる覚悟のある奴だけだ、ということだ』
俺は前脚を使って、目の前に居た弟妹の1頭を捕まえて引き寄せた。
「ニャアッ」
弟ないし妹は鳴いたが、こちらは平均よりも大きくて、生後9ヵ月レベルの体格まで育ったライオンである。
生後9ヵ月のライオンは、体重が58キログラム前後。
体重で考えれば、高校1年生の男子くらいになっている。
8頭に絡まれても平気な所以であり、捕まえた猫1匹を引き寄せる程度など、造作もないのだ。
素早く1頭を捕まえた俺は、その頭を口元に引き寄せて、叫んだ。
『必殺、猫吸い!』
「ニァアッ」
俺は引き寄せたモフモフに、優しく顔をうずめて、大きく息を吸った。
すると息苦しさと同時に、モフモフの柔らかさが伝わってきた。
まるで、柔らかくて暖かいタオルである。
俺に捕まった1頭は、身体を捩って逃げようとするが、兄に勝てるはずもない。
俺が頭を左右に振ると、ニャオニャオと鳴いた。
だが、あまりやり過ぎてもいけない。
兄の力を示して満足した俺は、捕まえていた1頭を解放してやった。
「ニャアアッ」
ピョンと跳んで逃げた弟ないし妹は、俺の顔をガブッと噛もうとしてきた。
それを避けた俺は、代わりに顔を擦り付ける。
すると簡単に誤魔化された相手は、本能的に顔を擦り付け返してきた。
そして疲れたのか、俺に顔を擦り付けながら、目の前にコテンと寝転がった。
『チョロすぎる件について』
『赤ちゃんだからね』
俺達の様子を眺めていたリオが、呆れた声で評した。
『俺に吸われたお前を、スウと名付けよう』
『止めてあげなさい』
リオは良識人っぽく制止したが、アンポンタンの時は反対していない。
当時はスイギュウに挑む無謀な兄姉に、思うところがあったのかもしれない。
そんなリオに対して、俺は命名の正当性を訴える。
『ギーアやミーナの話をする時、個体名が無いと不便だろう』
『そうね。それで?』
『名前は必要だけど、すでに8頭居て、これからも増えるかもしれない。凝った名前を考えると、いつまでも悩んで、キリが無い』
『それは、そうだけど、ほかにあるでしょう』
『ちなみにこの子は、オスとメス、どっちだ?』
『メスだよ』
『だったらスウちゃんで、可愛くないか』
俺の主張に対して、リオは呆れた溜息を吐いてみせた。
どうやら言葉の響き以前に、命名理由が気に食わないままであるらしい。
仮にオスの場合に英語でワン、ツー、スリーと続けていき、メスの場合にアインス、ツヴァイ、ドライと続けていけば、名前は尽きないだろう。
だが数字で名付けるのは、あまりに無情ではなかろうか。
和名で太郎、次郎、三郎と名付ければ馴染みがあるが、本質的には変わらない。
それにメスの場合はどうすれば良いのか。
松竹梅で松子、竹子、梅子。雪月花で雪子、月子、花子で、ネタが尽きる。
『ちなみにリオには、名前の案は有るのか?』
『無いよ。だって、あたしはお母さんじゃないでしょう』
『それはそうだけど、母ライオンには、命名の文化なんて無いぞ』
母ライオン達は、俺達に名前など付けない。
そのため俺達が名付けない限り、子ライオン達の個体名は無いままだ。
『だから、俺が名付ける。お前の名前は、スウだぞ。スウ、スウ』
「ニャア」
『あー、名付けちゃった』
俺が妹に言い聞かせると、妹は満足そうに鳴き返した。
おそらく妹は、よく分かっていない。
だが妹の反応を見ていたリオは、不承不承に、妹への命名を受け入れた。
俺は寝転がったスウと戯れながら、リオに尋ねた。
『それで大人達、アン、タン、ギーアは、コイツらを置いて狩りに行ったと』
『うん。付いていけないしね』
茂みにいるのは、乳児8頭のほかに、俺、リオ、ミーナ、子守役のポンだ。
俺達よりも1歳年上のポンは、既にハイエナ2頭分くらいの力に成長している。
リカオン十数頭とも同程度の力で、子守としては悪くない戦力だ。
ポンのような子守を残して狩りに行くライオン達の例は、他所にもある。
もっともポンは、昼下がりの木陰で、気持ちよさそうに寝ている最中だが。
――まあ、リオが居れば大丈夫だけどな。
リオは、中級精霊と契約している。
上級貴族達が顕現させる中級精霊は、オスライオン1頭に匹敵する力を振う。
加えてリオは、契約金ならぬ契約魔力が3倍で、精霊側のやる気が高い。
俺が契約しているブレンダも、通常はイヌワシになるだけのところを、ハヤブサ8羽に分かれて活動してくれている。
リオの精霊は、オスライオン1頭に勝る護衛になるだろう。
そして俺も居るので、ポンは夢の中だ。
『ギーアは、狩りの役に立たないだろう。食い意地が張って、行ったのか?』
『そうだね。合流してから、ちょっと狩れていなくて、お腹が空いたかも』
『リオは、スウ達を守っていたんだな。今、肉を出す』
リオは念のために、弟妹に付いていたらしい。
俺が立ち上がろうとすると、リオが前脚で俺を押さえ付けた。
『血の臭いで獣が来るから、窪地を掘って、そこで出して』
『了解』
かくして俺は、リオが守っていた群れに、再合流したのであった。
























