44話 伝言ツバメ
ブレンダに弟妹の様子を教えてもらった日の午後。
俺が木の下で寝転んでいると、ブレンダに声を掛けられた。
『レオン。前にあった人間のグンターから、連絡が来たわよ』
『グンターから連絡?』
『東の空。火の下級精霊が、ツバメの姿で飛んできているわ』
『確かに、何かが飛んできているな』
人間の5倍も遠くが見える俺のライオンアイに、飛んでくる鳥が見えた。
立ち上がった俺は、群れが休む木の下から、離れた場所へと移動する。
ライオンの群れにツバメが飛んで来れば、皆が面白がって、飛び付きかねない。
精霊が生み出すツバメ1羽は、推定でハイエナ1頭の強さだ。
ライオンは負けないだろうが、ツバメを攻撃されると、連絡が伝わらない。
離れて出迎えた俺に、ツバメの姿をした下級精霊の使いが伝達する。
『レオン、依頼だ。精霊契約を手伝った貸しを返して欲しい。合流を頼む』
グンターは精霊と会話できないが、精霊はグンターの話を理解できる。
それを利用して、精霊に連絡事項を話して、俺のところに飛ばしたわけだ。
『了解。母に伝えてから移動する。案内してくれ』
『いいよー』
その返事は、グンターと契約する下級精霊自身のものだろう。
相手はツバメの姿をしているが、実際には下級精霊が操っている。
そのため伝書鳩よりも賢いし、契約者の利益に叶うと判断すれば、融通も利かせてくれる。
ツバメを待たせた俺は、母ライオンの下に向かって、外出の断りを入れた。
『また出かけてくる。たぶん7日ほど』
母ライオンは金色の瞳で、俺をジッと観察した。
そして、「行けば?」という顔をした。
子供は保護対象だが、クロサイを持ってくる息子など、そんな扱いなのだろう。
今世の母は、俺が独立すると言い出したら、そのまま見送りそうだ。
代わりに俺に尋ねたのは、リオだった。
『レオン、どこに行くの?』
『グンターのところだ。借りを返す』
『それなら、あたしも行ったほうが良いよね?』
『いや。俺がハヤブサを回収して留守にするから、代わりに弟妹を守ってくれ』
生後1ヵ月の弟妹は、俺が中級精霊並のハヤブサを付けて、手厚く守っている。
俺が抜けると、護衛が居なくなって、俺達が体験した事が起こりかねない。
俺とリオが帰ってきた時、弟妹の数が半分になっているのは、流石に御免だ。
『私も借りを作ったけれど』
『弟妹が減ると、俺が困る。だから俺が、リオの分も返してくる』
『分かったよ。それじゃあ、アルベルタに守ってもらうね』
そう言ったリオの傍に、小さな赤い光が輝いた。
ちなみにアルベルタとは、リオが契約した中級精霊の名である。
『レオン、気を付けてね』
『任せろ。俺は、オスライオンの中では慎重派だ』
リオの理解を得た俺は、グンターの精霊を追って移動した。
なお俺とリオの会話は、ビスタを含めたメスライオン6頭、アンポンタン3頭、ギーアとミーナも聞いているものの、意味は分かっていない。
精霊魔法を知らないので、子供達が変なことを言っている程度の認識だ。
あるいは保育園児が、保育士同士の専門用語を聞いても理解できない感じだ。
しばらく歩いた俺は、群れのナワバリに近い街道に出た。
すると、ヒッポグリフが木に繋がれており、グンターとヨハナが待っていた。
どうやら今回は、交易の片手間ではなく、俺目当ての来訪らしい。
「レオン、元気だった?」
『ヨハナ、久しぶり。俺は、元気だ』
俺はヨハナの下に歩いて行き、ネコ科らしく顔と身体を擦り付ける挨拶をした。
するとヨハナは、俺の頭や身体を撫でてくる。
俺は生後7ヵ月だが、沢山の肉を食べるので、ギーアよりも大きくなっている。
大食漢のギーアは、普通のライオンよりも大きい。
俺は自分が、2ヵ月分ほど先行して、大きくなっていると予想している。
俺の推定では、現在の体重は42キログラム前後で、秋田犬くらいの重さだ。
体高も高くなったので、ヨハナはしゃがまなくても、俺の頭を撫でられる。
「レオン、大きくなったね」
『ライオンは、人間よりも大きくなるぞ』
「どれくらい大きくなるの?」
『オスライオンは、グンターの3倍ほどの重さだ。俺は強いオスライオンになるから、もっと重くて強くなる』
野生のオスライオンの狩猟記録には、全長320から335センチメートル、体重280から290キログラムがある。
それらはアンゴラ、スーダン、ケニヤ、ウガンダ、タンザニア、トランスヴァールの各地にあり、年代も広いので、一つの地域や特別な個体ではない。
体重280キログラムのオスライオンは、野生で暮らしていける強い個体で、わりと現実的な数値だ。
ちなみに人間の飼育下では、体重360キログラムを超える個体がイギリス、アメリカ、カナダなどで記録されている。
それらは、狩猟に適した身体とは言い難いが。
「もしかして、ヒッポグリフよりも大きくなるの?」
俺はヒッポグリフを眺めながら、首を横に振った。
『ヒッポグリフは、下半身が馬だ。ライオンは、馬ほど大きくはならない』
ヒッポグリフの体重は、競走馬の470キログラムが指標だろう。
俺が予想する将来の自分の体重は、280キログラム程度。
空間収納で確保した肉を食べて運動しても、流石にそこまでは育たない。
会話の切れ目を見計らったグンターが、声を掛けた。
「レオン、結構早かったな」
『俺はライオンだ。予定なんて無いから、いつでも来られる』
「ははっ、そいつは羨ましい」
『そうか。食事と睡眠を考えると、お勧めできない生活だが』
「食事というのは、生肉を食べるからか?」
グンターが、人間らしい想像をした。
『それ以前に、食べ物が現地調達だ。獲物を捕まえられなければ、食べられない』
「そういえばライオンの食事は、狩りをするところからだったな」
『そうだ。獲物は逃げるから、畑の作物のようには収穫できないぞ』
「レオン、大変なんだね」
俺の説明を聞いたヨハナが、大変そうだと慮った。
『精霊が居れば、狩りは楽かもしれないが、普通のライオンだったら大変だ』
草食動物は移動するが、ライオンの群れにはナワバリがある。
他所の縄張りに入れば攻撃されるので、獲物を延々とは追い続けられない。
乾季や雨季で獲物の行動が変わると、大変だ。
獲物が居なくなったナワバリでは、ライオンは餓死することになる。
『それと睡眠も問題だ。俺達には、家が無い』
「それじゃあレオンは、どこで眠るの?」
『木の下だ。寝ている隣を、草食動物の群れが駆け抜けることもある』
夜行性のライオンは、昼に惰眠を貪る。
だが、その時間帯には草食動物が移動する。
寝ている時間に騒がれるので、おちおち寝ていられない。
「お爺様の領地みたいに、壁も無いんだね」
『無い。俺達の生活は、家でぐっすり眠りたい人間には、お勧めできない』
逆にライオンの利点で思い付くのは、合法ハーレムだろうか。
ほかには、可愛い子を見つけた場合、その子が所属する群れのオスを倒せば、合法的にゲットできることだろうか。
それを人間に置き換えて考えると、なかなかの世紀末度合いである。
だが前世で「ライオンのハーレムは、けしからん!」と言う人は居なかった。
なぜなら、それがライオンの生態だからだ。
もしも人間が、ライオンに一夫一妻制を強要させる場合、野生下のライオンをすべて捕まえて、動物園の檻にオスメス1頭ずつで入れるしかない。
それを人間側がされる立場で考えると、先進文明の宇宙人が地球を支配して、すべての人間を捕らえて、男女のペアで檻に閉じ込めるのと同じ行為になる。
好みと真逆の異性を押し付けることだって、充分に有り得るだろう。
そちらのほうが、けしからん(道理に外れて、甚だ良くない)ことになる。
そのような次第で、ライオンのハーレムは許容される。
――俺の場合は、リオが認めるか否かだけど。
俺がリオのことを諦めれば、ハーレムし放題だ。
だが俺の周りには、保育園児並の知能の連中しかいなくなる。
世紀末ヒャッハーごっこに飽きたら、どうしよう。
『それでグンター、今回の支払いは何だ』
我に返った俺は、知的なライオンを装った。
























