42話 リオの精霊契約
「おいレオン。お前とは、じっくりと話をしたいのだが」
俺が火精霊との契約を終えた後、グンターが声を掛けてきた。
グンターの話とは、俺が行った精霊との話し合いについてだろう。
すなわち、『精霊と会話や条件交渉が出来るのか』だ。
回答は「出来る」だが、頭には「俺も知らなかったが」と付く。
実際に祭壇すら初見で、グンターに連れて来られる以前は、知るべくもない。
『先に、リオの契約を済ませてからだろう』
グンターの話が長引きそうだと感じた俺は、先に用件を済ませることにした。
空が明るくなると、精霊達の輝きが見え難くなる。
それにリオで試さなければ、俺以外にも交渉が通じるのか、分からない。
分かったところで、ヨハナを例外として、俺は仲介者になる意志など無いが。
『俺の名前は、レオンだ。契約してくれた火の上級精霊……名前は、有るか?』
『ブレンダと呼んで良いわよ、レオン』
『分かった。それじゃあブレンダ、よろしく頼む』
俺が契約した上級精霊の名前は、ブレンダであるらしい。
それが本名なのか、長い名前を省略した愛称なのか、偽名なのかは分からない。
だが俺は、彼女を「火の上級精霊」ではなく、ブレンダと呼ぶことにした。
『もう一頭、火の精霊との契約希望者が居る。俺の隣のライオンで、リオという。俺の将来の嫁になる』
『へえ、ふーん、そうなんだ?』
俺の隣に6枚羽の火精霊・ブレンダが顕現して、リオの顔を覗き込んだ。
俺の紹介に対して、リオはいつも通りに、前脚で俺を引っぱたいた。
ボケとツッコミをするコンビのお笑い芸人のように、二頭の息はピッタリだ。
『貴方と同じ転生者?』
『ほぼ確定。ちなみに精霊の言葉は、分からないはずだ』
精霊であるブレンダの言葉は、リオやグンター達に通じないはずだ。
根拠は、精霊の言葉が辺境伯夫妻に伝わっていなかったことである。
俺の「ほぼ確定」が、何を意味するのか、リオには分からないだろう。
もっとも、リオが精霊の言葉を分かっても、聞かれて困る話ではない。
リオに転生者が通じるのなら、リオは俺と同郷で、俺とは秘密の共有者になる。
リオに転生者が通じないのなら、ライオンの発声しか出来ないリオに聞かれたところで、人間に知られないので、困った事態にはならない。
俺は不意に、精霊と契約後のリオと精霊との意思疎通に、不安を抱いた。
『リオが精霊と契約した場合、敵を倒してほしいという意志は、伝わるのか?』
『契約者と精霊は魔力で繋がるから、明確にイメージすれば、言葉にしなくても伝わるわ。転生者なら、イメージする知力はあるのでしょう?』
『あると思う。リオの知力は、おそらく俺と大差ない』
転生候補者は、小説投稿サイトの作者と読者で260万人だった。
リオが作者の場合、最低でも身体能力をライオンに上げられる600ポイント、小説の評価ポイントを得ていたことになる。
リオが読者の場合、50作品には評価をしていたはずだ。
それくらい読み書きできるなら、攻撃のイメージくらい、容易いはずだ。
転生者ではなかったとしても、ライオンが獲物を狙うのは、難しくない。
リオなら、やり方を伝えれば、すぐに出来るはずだ。
『それなら、まったく問題ないわ。あとは、契約の魔力だけど』
ブレンダはリオを観察した後、魔力についての評価を下した。
『下級精霊との契約に必要な魔力が1、中級は8として、この子は16くらいね』
『リオ。下級精霊の契約に必要な魔力が1、中級は8、リオの魔力は16だ』
「ガオオォ」
俺が通訳すると、リオは残念そうに呻った。
俺が上級精霊と契約したのを見て、自分も同じ契約が出来る可能性を、想像したのかもしれない。
――俺とリオの魔力、10倍もあるのか。
俺とリオは、おそらくライオンへの転生者同士だ。
身体能力はC-からC+の範囲内で、4倍差にしかならない。
すると10倍もの差は、転生時に魔法を獲得したか否かが影響したのだろう。
魔法の獲得も、重要であるらしい。
『ブレンダ。総額4の契約で、下級から昇級する中級精霊と契約できるか?』
『同じことをするのね。4倍を支払うなら、下級精霊にとって、良い話よ』
ほかの者でも成立するのか聞いたところ、ブレンダは是と答えた。
土魔法や光魔法を使える俺と違って、リオは魔法を使えない。
魔力が先に減ったところで、本人は困らない。
『先払いで魔力が減ったら、子供に継承できる魔力は減るわよ』
『なるほど。そうそう上手い話は、無いわけか』
子孫に継承できる魔力が下がると、人間の貴族は、爵位の維持に影響が出る。
上手い話には、どこかしら問題もあるわけだ。
もっとも俺とリオは、爵位とは無関係なライオンだ。
人間の貴族にとって大きな問題が、俺達には問題とならない。
『俺達はライオンだから、子孫の魔力が多少下がっても、問題ないだろう』
『それなら仲介してあげても良いけど、リオはそれで良いの?』
『聞いてみる』
契約は、双方の同意が大前提だ。
もっとも精霊契約を望んだのは、リオである。
俺はリオに対して、精霊契約を強要する意思など無い。
『リオ、俺と同じ方法で、中級精霊と契約出来る。先払いの分、子孫に継承させる魔力は下がるが、子孫は精霊と契約しないから、関係ないだろう』
『どうして、子孫が契約しないと思うの?』
『俺達はライオンだぞ。召喚や契約なんて、仲介しないと出来ないだろう』
『それもそうだね』
『俺と同じ契約で良いか。それとも普通に契約するか。どっちでも良いぞ』
『うーん、そうだね……』
リオは、迷いを見せた。
ちなみに前世のネット情報によれば、女性の買い物は、長いらしい。
男の場合、大型ショッピングモールに行ったら、目的の商品がある店舗に直進して、10分以内に買い物が終わる。
だが女性の場合、目的の商品が明確でも、なぜか2時間は店内を回るという。
俺は、おうちに帰りたい。
『リオ。俺の方法は、魔力4で契約し、精霊側の協力度合いも高い。グンターの方法は、魔力8で契約し、協力度合いも低い』
『それって、選択の余地が無いんだけど』
『人間には人間、俺達には俺達に適した契約があるだけだ』
『それじゃあ、お願い』
渋々とリオが応じた直後、俺は直ぐさま、ブレンダに報告した。
『ブレンダ、リオの同意を得たから、仲介を頼む』
『分かったわ。知り合いに声を掛けるから、ちょっと待っていてね』
『よろしく頼む』
俺の依頼を背に、ブレンダはストーンサークルの上空に飛んでいった。
そして場に留まっていた下級精霊達の間に入り、赤く輝いて、何かを伝える。
するとロウソクほどの大きさの光が集まって、ピカピカと光を放った。
『交渉中らしい。ちなみに契約した精霊とは、魔力で繋がる。リオがイメージすれば、敵に攻撃してくれる。オスライオン1頭分の強さは、期待できる』
『そんなに強いんだ』
『もっと強い可能性も有る。怒っても、俺には撃つなよ』
『えー、どうしようかな』
『俺達は、知性派のライオンだ。平和的に話し合おう』
リオに中級精霊を持たせるのは、早計だったかもしれない。
一瞬だけブレンダの仲介が失敗しないかと思ったが、残念なことにブレンダは、小さな赤い光を祭壇に導いていた。
かくして精霊契約の旅は、終わりを告げた。
俺が上級精霊、リオとヨハナが中級精霊と契約する結果に至ったのである。
























