41話 契約交渉
翌日の早朝。
薄暗い中、テントから這い出した俺達は、それから数分ほど歩いた。
目的地は、魔法陣が刻まれた祭壇がある場所だ。
「魔法陣が刻まれた祭壇を設けたのは、神界から来た者だ。だが時代は、古くてよく分からない。それでも原形を保って、大昔から在り続けているそうだ」
『ふむふむ』
この山に祭壇を設けたのは、先史時代の転生者であるらしい。
文字が成立し、文献が残る時代は、史料が有るので『有史時代』と呼ばれる。
それ以前は、史料が作られたより先の時代なので、『先史時代』と呼ばれる。
もしかすると祭壇が設けられたのは、先史時代かもしれない。
――日本の小説投稿サイトを読んでいた人間なら、日本語は使えただろうが。
転生者は日本語を使えるので、転生者が居れば先史時代ではない気もする。
だが本人が死んで、日本語が途絶えれば、記録を繋げられなくなる。
地球では最終氷期が始まった7万年前、人類が2000人まで減少したそうだ。
そのような時代は、生き残ることに必死で、日本語教育どころではない。
文字を覚えるよりも、矢を作って動物を狩るべきだ。
俺が「生まれた時代を紀元元年とする」と書いても、氷河期に日本語教育が途切れれば、記録も途切れて、何年前が紀元元年なのか分からなくなる。
地球であれば、まともな文明を築けるのは、氷河期が終わった1万年前以降だ。
同じ気候が複製されているならば、こちらの有史も、1万年前より新しくなる。
祭壇の歴史を伝える国や村が滅びて、伝承が途切れただけかもしれないが。
『かなり古いんだな』
「おう。だが古代魔法で作った石の祭壇だから、しっかりしている」
『そうか』
「レオンも、作れるんじゃないか」
『作れるかもしれないが、ここまで来るのが大変だ』
太古でも、登山にはヒッポグリフを利用できたのだろうか。
騎乗用の鞍や、あぶみが無かった時代に騎乗するのは、危ないようにも思える。
すると当時は、ヒッポグリフではなく、登山で来たのかもしれない。
おそらく子孫のためとはいえ、大変な苦労である。
やがて前方に、目的の祭壇が見えてきた。
――地球と同様の形だな。
祭壇は、多数の立石を丸く並べたサークル状の祭祀遺跡であった。
「円状の祭壇は、渦巻き状になっていて、属性の魔素が流れ込んでいくそうだ。中央の祭壇には、契約を補助する力が蓄えられていく」
『すると契約する時には、蓄えていた魔素を消費するのか』
「消費するが、充分に蓄えられているので問題ない。人が使う魔素は、大した量ではない。一応お手本代わりとして、先にヨハナが契約させてもらう」
『構わないぞ。俺達は、ヨハナの契約のついでで来た』
辺境伯の孫娘であるヨハナは、中級精霊との契約が必要な立場だ。
それに対して俺達は、契約が出来なくても、立場は不利にならない。
「ヨハナ、お前なら出来る。行ってこい」
「うん」
ヨハナは流石に緊張しているらしく、硬い返事で祭壇に進んでいった。
精霊との契約は、生前に力を借りる代わりに、死後に契約分の魔力を支払う。
悪魔との契約のようにも思えるが、死後に魔力があっても、使い道など無い。
俺達のように転生できても、記憶を持ち越せなければ、それは自分ではない。
遠慮無く力を借りて、幸せに生きるが吉だ。
中心に祭壇がある立石のストーンサークル。
その前に立ったヨハナは、祈るように手を握り合せながら唱えた。
『召喚、火精霊』
ヨハナの身体が赤く輝き、それと共鳴するように祭壇も輝いた。
すると祭壇の上空に、複数の赤い光が漂い始める。
ロウソクの灯火くらいの大きさで、薄暗い中をキラキラと輝いていた。
「まだ小さい。もっと魔力が必要だ」
グンターの言葉に応じて、ヨハナの身体から発せられる光が強まる。
すると上空で、ろうそく並の輝きの中に、松明くらいの輝きが混ざった。
「中級精霊が来た。契約しろ!」
『契約、火精霊』
グンターの指示を受けたヨハナが契約と唱えると、上空を漂う輝きの中から一番大きな輝きが、祭壇までゆっくりと降りて来た。
祭壇の上に降り立った赤い光は、赤髪で4枚の羽を持つ精霊へと、姿を変える。
世界に顕現した精霊は、ヨハナの元に飛んでいき、溶けるように消えていった。
「よし、よくやった!」
憔悴した表情を浮かべるヨハナの元に、グンターが駆け寄っていった。
取り残された俺に、リオが尋ねる。
『レオン、分かった?』
『契約希望者が、契約に差し出せる魔力を示す。すると契約に応じても良い精霊が集まって、その中で一番強い精霊が、契約してくれる。そんな気がした』
『そうなんだ?』
『グンターが、中級精霊っぽい光を見た瞬間に応じたから、そうなんじゃないか』
推察しているのは、グンター達も精霊のことに詳しく無さそうだからだ。
そう思ったのは、前に中級精霊達の会話を聞いたからだ。
『契約した魔力がギリギリで、見合わないよ。2倍なら、頑張っても良いけど』
『それじゃあ、適当に追い払えば良いかな』
中級精霊達は、辺境伯夫妻の前で、そのように話していた。
そして辺境伯夫妻は、精霊達の会話をまったく理解できていなかった。
グンター達は、精霊達とは意思疎通が出来ない。契約の魔力を最小に絞って、働きも必要最低限にしてしまっている。
グンターの国では、精霊との契約に関する伝承が、不備なのだろう。
そんなグンター達から聞いても、得られる情報は万全とは思えない。
『次は、俺とリオ、どっちにする?』
『レオン、試してみて』
『分かった。やってみよう』
俺はグンターがヨハナを連れて下がるまで、少し待った。
その後、祭壇があるストーンサークルに進み出る。
そして身体に染み込んだ火属性の魔素を感じながら、祭壇に向かって念じる。
すると俺の身体が輝いて、祭壇が共鳴するように輝きを発した。
そこで俺は、祭壇の上空に向かって呼び掛けてみる。
『火精霊、契約の交渉をしたいから、召喚に応じてくれ』
ロウソクの灯ほどの光が沢山現れて、魔力を籠めると松明ほどの光も現れる。
そして籠める魔力を上げる度に、松明ほどの光が占める割合が上がっていった。
松明ほどの輝きが大多数を占めたところで、俺は輝きに向かって話し掛けた。
『交渉しよう。俺の支払いは、人間達の2倍。半分を先払いするから、先に上級精霊に昇級してくれ。そして上級精霊の力を貸してほしい。残る半分は、後払い。1回の契約で、2倍の支払いだ。どうだ』
赤い輝きが、困惑して周囲と見合うような動きを見せた。
そして赤い輝きの1つが近寄ってきて、俺に点滅してみせた。
すると俺が持つ祝福の言語翻訳が、精霊の意思を伝えてくれる。
『中級精霊との契約が魔力1とすれば、上級精霊との契約は8。上級精霊を2で使うのは安いね』
どうやら2倍では、精霊が不満らしい。
俺は支払額を引き上げる。
『それなら3で契約して、2を先払いするのはどうだ。2回契約しないと昇級できない中級精霊が、1回の契約で昇級できる。明らかに、お得だ』
『それは確かに、こちらにもメリットはあるね』
『そうだろう』
3倍という提示を受けて、火の中級精霊は、拒否的ではない反応を示した。
『4で契約して、3の先払いなら、構わないわよ。貴方は半分の魔力で契約出来るし、私もちゃんと協力してあげる。上級精霊が協力的なら、凄く良いでしょ』
『そうだな。ちなみに俺の総魔力は、いくつだ?』
『20くらいかな』
20から3を先払いすれば、俺の魔力は85パーセントに落ちる。
土魔法や光魔法の威力が、8割5分に落ちるわけだ。
引き替えに得られるのは、中級でもオスライオン並の強さを持つ精霊の上級版。
しかも、4倍もらえたと認識する上級精霊は、ちゃんと協力してくれる。
これは買いだと確信した俺は、条件を出した精霊と契約することにした。
『契約しよう』
『良いわよ。契約は、成立したわ』
『よろしく頼む。君は最初に話を聞いてくれて、見積もりも出してくれた。ほかに良い条件があったとしても、君と契約しないと信義に反するからな』
『それは良い考えね。契約には、信頼関係が大切よ』
満足そうに輝いた赤い光が、祭壇に降りて来た。
そして俺の身体から、1割5分の魔力が抜け出して、祭壇に流れ込む。
俺の魔力を受け取った松明ほどの輝きは、光の強さを増して、焚き火ほどの大きさに拡大した。
そして炎の中から、透き通ったルビーのように真っ赤な両眼が浮かび上がる。
彼女は、獲物を観察するネコ科動物のような、狩猟者の相貌をしていた。
「ヨハナ、下がるぞっ!」
様子を見守っていたグンターが、ヨハナを抱き抱えて、慌てて離れていく。
そして炎からは、透き通るように白い肌が浮かんで、人の姿を形成していく。
精霊の格を示す羽は、上級とされる6枚だ。
耳の上は若干尖っており、薄桜色の長髪は、炎が揺らめくように靡いている。
髪よりも濃い色合いのワンピースは、胸元や裾が白いフリルで、細かに縁取られている。
彼女の長髪やワンピースの裾が踊る度に、火の魔素が周囲を揺らいでいく。
『ちょっと、試すね』
そう告げた上級精霊は、魔素で火属性のイヌワシを生み出した。
現れたイヌワシが羽ばたく度に、燃え盛る火羽を散らしていく。
『問題は無さそうね。それじゃあ、よろしくね』
満足した上級精霊が、俺のほうに飛んできた。
そして向かってくる最中に、姿が薄らぎ、溶けるように消えていった。
本日8月10日は『世界ライオンの日』です(*`・ω・)ゞ
























