39話 ヒッポグリフ便
上半身が巨大なワシで、下半身が馬という飛行生物ヒッポグリフ。
その飛行速度は、人を騎乗させて、荷物を運んですら鳥並だ。
イヌワシの水平飛行は、ゆっくり飛んで時速50キロメートル。
速度を出すと、時速110キロメートル以上。
馬車の移動速度と比べて、圧倒的に速い。
そんな飛行生物に騎乗した俺達は、目的地のトリエステ大山脈に飛んだ。
『馬車での移動が、馬鹿馬鹿しくなるな』
俺はヒッポグリフの側面に取り付けられた荷袋から、グンターに話し掛けた。
荷袋の穴から眺める景色は楽しいが、手持ち無沙汰なので、会話もしている。
「馬に比べて、導入の敷居は高いがな」
導入の敷居の高さの一つが、騎乗者に必須な風の精霊魔法だ。
時速50キロメートルだと、風圧が13メートルになる。
グンターが受ける風圧は、風精霊で軽減している。
『そもそも根本的なことを尋ねるが、ヒッポグリフは、オスのグリフォンと、メスの馬から誕生した生き物で合っているか』
「最初のヒッポグリフは、そうやって生まれたという話らしいな」
『今は違うのか?』
「今は、ヒッポグリフ同士の間に生まれている」
ヒッポグリフは、グリフォンとメスの馬との間に生まれているのではなく、ヒッポグリフ同士の間に生まれるらしい。
――考えてみれば、当たり前か。
グリフォンは、ワシの上半身と、ライオンの下半身を持つ生き物だ。
グリフォンの飼育は、空を飛ぶライオンを飼育するようなものである。
日本の動物園では、飼育員がライオンに殺された事故も起きている。
馬のような放牧場でグリフォンを飼育しようものなら、放牧場から抜け出したグリフォンが、近隣住民を食べ回るかもしれない。
グリフォンを屋根のある檻に閉じ込められたところで、グリフォンは馬を食べる生き物なので、番わせようとしたメスの馬を食べて終わりだろう。
グリフォンが気に入る馬を宛がうまでに、一体何頭の犠牲が出るのだろうか。
――ライオンだって、シマウマを食べるからな。
オスライオンの檻に、メスのシマウマを入れても、食べられて終わりだ。
自然界で、グリフォンとメスの馬との間に最初のヒッポグリフが生まれるまで、おそらく相当の年数が費やされたであろう。
あるいはグリフォンとメスの馬との混血は伝承に過ぎず、羽を生やして走れた始祖鳥のような生物が、ヒッポグリフの姿に進化したのかもしれない。
そんな非効率で、非現実的な繁殖方法は、馬鹿げている。
ヒッポグリフのオスとメスが居れば、グリフォンとメスの馬を掛け合わせる必要は無い。
『ヒッポグリフ同士なら、グリフォンとメスの馬を掛け合わせるよりも楽か』
「それだが、導入の敷居が高いことに変わりはない。まずは騎乗に、風精霊との契約が必須だ」
『飛ぶと、風が強いからな』
「そうだ。それに小さい頃から育てなければ、懐かなくて、逃げることもある」
『つまり魔力を持った貴族の子弟が、手間暇を掛けて育てないと、運用できないのか。さらに飛んで逃げられて、戻ってこないことも有り得ると』
「大変だろう?」
ペットや家畜だって、逃げることがある。
ヒッポグリフ1頭の価格は知らないが、逃げられると大損害だろう。
ヒッポグリフで運べる量の荷物を100回運んだとしても、1度逃げられれば、大赤字になりかねない。
すると商売としては採算が合わなくて、成り立たないように思われる。
そもそも普通の商人が貴族の子弟を雇うのは、かなり難しそうだ。
『確かに大変そうだ』
「普通は使えないから、ちゃんと借りを返せよ」
『それが言いたかったわけか。それなら借りを返せるように、精霊との契約が成功することを祈っていてくれ』
「頑張って、中級精霊と契約してくれ。上級精霊でも、精霊王でも構わんぞ」
『無茶を言うな』
俺は魔力を持つ貴族達が、転生時に魔法を得た転生者の子孫だと予想している。
俺の魔力は、ほかの転生者と大差は無いかもしれない。
子孫は血が薄まるので、力も落ちるように思えるが、貴族同士で結婚していれば落ちないで済む。
精霊との契約にあたっては、俺が転生者の子孫に比べて、圧倒的に有利だと確信できる根拠は無い。
そんな話をしながら、俺達はヒッポグリフで、飛行を続けた。
延々と飛び続けるわけではなく、何度かの休憩も挟んでいる。
昼休憩の場所に選んだのは、かなり上流にある川だった。
これくらい遡上すれば、流石にナイルワニは居ないだろう。
川辺に降り立った俺達は、空間収納から取り出した肉をヒッポグリフに与えた。
「餌を現地調達しなくて良いのは、助かるな」
グンターは食事中のヒッポグリフの背を撫でながら、そのように宣った。
男爵領から辺境伯領に移動する際には経験していないが、ヒッポグリフで長距離を飛ぶ際には、餌を現地調達するらしい。
――確かにヒッポグリフの餌なんて、一緒に運んでいられないよな。
飛行動物は、陸上動物よりもエネルギーを使うので食事量が多い。
ヒッポグリフの餌を一緒に運ぶと、俺を追加で1頭運ぶくらいの荷物になる。
するとヒッポグリフの食事は現地調達するしかないが、狩りをしていると、多少の時間を食う。
それを省ける空間収納は、便利なのだろう。
「レオン、空兵に……」
『成らない』
以前も行われた勧誘を却下した俺は、グンターとヨハナの手荷物を取り出して、次いで俺とリオが食べるスイギュウの肉を出した。
そしてリオと一緒に、新鮮な状態の肉を食べ始める。
親ライオンや姉達、ギーアに取られないので、良い部分を食べ放題だ。
リオと一緒に食事をする姿を眺めたグンターから、溜息が漏れた。
「本当に便利な奴だ」
『貸し2つ分で、上手く使え』
「おう。精霊との契約は高いぞ。何しろお前は、普通なら行けないからな」
『確かに、契約に向いた場所は知らないし、場所を知っても行けないだろう』
トリエステ大山脈は活火山で、火精霊との契約に向いた場所であるらしい。
そのくらいであれば、精霊と契約できる魔力を持つ貴族以外にも、知っているかもしれない。
だが、火山のどこが契約地かは、当事者でなければ知らないだろう。
俺が街道で人間を捕まえて聞き出そうとしても、相手が知らないわけだ。
グンターやヨハナから教えられなければ、俺は知ることが出来なかった。
そして移動に関しても、俺単独では不可能だった。
長距離を移動すれば、別のライオンやハイエナに遭遇する。
ヒッポグリフが存在するのなら、空から襲われるリスクもあるだろう。
それらの野生動物を回避できても、人間から矢を射られるかもしれない。
俺が向かえば、おそらく目的地に到着する前に、どこかで殺されてしまう。
ヒッポグリフでの移動は、移動速度のほかにも、脅威を回避できる点で非常に優れていた。
『人間は、よくヒッポグリフのような生き物を使えるな』
「小さい頃から育てれば懐くから、ちゃんと懐かせれば大丈夫だ」
『そうか。タカと馬なら、理解できなくはない』
何らかの習性を持つ生物は、その習性を利用すれば飼い易い。
人間は様々な家畜を飼っているし、雛鳥から飼い慣らした狩猟用のタカや、帰巣本能を利用した伝書鳩などを利用してきた。
ヒッポグリフは大きいので驚いたが、大きい家畜であれば牛馬が居る。
それに加えてヒッポグリフは飛ぶが、日本には鷹匠が居たし、海外でも鷹狩は行われていた。
――俺が空兵に成る場合は、ヒッポグリフの育成からかな。
つまりライオンのモフモフな手で、ワシの上半身を持つヒッポグリフに餌を与え、ブラッシングしてやるわけである。
背丈が人間よりも低い上に、道具も使えないライオンだと、台に上って、口で咥えたブラシで撫でてやることになるのだろうか。
そんな妄想をしながら、俺はのんびりと昼休憩を過ごした。
























