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ライオン転生  作者: 赤野用介
第1巻 ライオン転生
4/62

04話 第一異世界人

『ベハンドルング』(治療・Behandlung)


 パアアッと白い輝きが溢れて、母ライオンの傷が癒えていく。

 自然治癒が早まるイメージをして唱えたところ、生々しく痛々しい傷口から肉が盛り上がって、数日経過した程度には回復していった。

 そして忘れてはならないのが、感染症予防である。

 傷口から細菌に感染するのは、前世での常識だ。

 欧米のガイドラインでは、ほとんど全ての手術で、術後24時間以内に感染予防抗菌薬を投与することが推奨されている。


 19世紀後半、ナイチンゲールは感染症予防の必要性を統計学で主張した。

 細菌が感染症を引き起こすことが知られていない時代で、初期には常識外れだと批判されたが、結果は全人類で最も有名な看護師になっている。

 近代看護の創始者、統計学の先駆者などと称されるナイチンゲールの功績は、数多ある。

 現代の病院にあるナースコール、ナースステーションを中心とした病棟、病棟のデイスペース、ベッドのオーバーテーブル、ベッドとベッドの間を離すこと、換気の窓は、すべてナイチンゲールが考案したものだ。

 ナイチンゲールによって救われた命は、過去にどれだけあり、未来にどれだけ増えていくのか、想像も付かない。


『アンティバクテリアル』(抗菌・Antibakteriell)


 俺は「細菌、てめえナイチンゲール様に勝てるのか」と思いながら、傷口に魔法を掛けた。

 やがて治療が終わると、母ライオンが興奮して鳴き始めた。


「ガーオッ、ガーオッ」


 従姉妹を心配しているのか、取り残された子供を心配しているのか。

 だが生憎と母ライオンは、大怪我をしている。


『怪我しているから、動いたら駄目』

「ガーオッ、ガーオッ」

『敵が来て、俺達も危険になる』

「ガルルルルッ……」


 母ライオンが大人しくなったので、俺はミルクを口に含んだ。

 連続で行使した魔法により、俺の疲労は大きくなっている。

 このまま寝てしまいたいが、そういう訳にもいかない。

 今のうちに動かないと、拙いことになる。


 ――1日500ミリリットルが、4頭。


 子ライオンが肉を食べ始めるのは、生後3ヵ月ほど。

 生後1ヵ月の俺達には、これからも2ヵ月ほど、ミルクが必要だ。

 そんなミルクは、母ライオンの血液を材料に作られている。

 メスライオンは、1日3から4キログラムほどの肉を食べる。

 タンパク質や脂質の多いミルクを作るには、多くのエネルギーを消費しなければならないので、哺乳期間には食事量が増える。

 だが足が傷付いた母ライオンには、食べるための獲物を狩れないのだ。


 ――シマウマとか、倒れていないかな。


 シマウマを確保出来れば、母ライオンの怪我が治るか、俺が肉を食べ始めるまで余裕で保つ。

 気温が高くて腐敗しやすい外を避けて、穴の中で食べてもらい、食べていない時には空間収納に入れておけば、なんとかなるかもしれない


『餌、取ってくる』

「ガッオーッ」


 子猫のような俺の体格を見た母ライオンは、止めておきなさいと諭してきた。


『肉、必要でしょ』

「ガッオオォーッ」

『俺は、出来る子』


 ジッと見つめ合ったところ、母ライオンは、俺を穴の外に押し出してくれた。


「ミャウッ」


 穴の奥からリオが鳴き声を上げてきたので、念のために忠告しておく。


『良い子で待っていろよ』

「ミャゥッ!」


 リオはベシッと地面を叩いて、ぞんざいな扱いに抗議を示した。

 俺は「やれやれ」と穴から這い出て、茂みの中をトコトコと歩き出す。

 初めてのお使いイベント発生である。

 普通の猫くらいには大きくなった俺にとっては、実現可能なイベントであろう。

 まずは帰る場所を、見失わないようにしなければならない。

 俺は穴を掘った時に収納空間に突っ込んだ石に、土魔法で目印の魔法を籠めた。


『ゼンダー、ゼンダー』(発信器・Sender)


 イメージしたのは、猫の首輪に付ける発信器である。

 猫に付ける発信器は、3年ほど保つらしい。

 念のために2個作って、その場にポイポイと捨てた。


『やばい、やばい。ミルク、ミルク』


 魔法を使うと、エネルギー消費が半端ない。

 ミルクを口に含んだ俺は、肉の確保が至上命題と再認識して、茂みを抜け出た。

 するとそこには、踏み固められた道があったのである。


 ――人間が作った道か。


 人間の生態については、人間だったので熟知している。

 気になるのは文明レベルだが、『楽に天寿を全うできる条件』で天使に薦められなかったので、天寿を全うできない文明レベルなのだと推察できる。

 ライオンを薦められたのだから、人間は銃で動物を撃てるレベルでもない。

 最大でも中世ヨーロッパに、魔法を足した程度だと俺は仮定した。


『人間が倒した動物の死体でもあれば良いが……肉食動物の死体は、微妙だな』


 肉食動物は、植物からしか摂れない必須ビタミンを、草食動物の内臓を食べることで摂取する。

 肉食動物を食べても必須ビタミンを摂取できないので、ライオンはハイエナの肉を好まないし、ハイエナもライオンは好まない。


 あまり贅沢も言えないと、俺は道を歩き始めた。

 警戒はしており、危険な敵が現れれば、穴を掘って隠れる所存だ。

 ミルクを口に含み、あるかもしれない魔力値を最大限まで高めて、トコトコと歩いて行く。

 すると前方に、人影が見えた。

 成人男性が1人と、10歳くらいの少女が1人である。


 ――どうすべきだ。


 こちらは生後1ヵ月のライオン、1頭である。

 大きさはイエネコ程度で、人間にとっては、まったく脅威ではない。

 俺は立ち止まり、まずは敵意が無いことを示すべく、鳴いてみせた。


「ミャオッ、ミャオッ」


 さらに仰向けになって、背中を地面に擦り付けて腹を見せる。


「ミャーオ」


 こちとら、本物のネコ科動物である。

 そして前世が人間なので、人間の生態も熟知している。

 人間共、特に少女は、子猫が好きだ。

 ぬいぐるみを持っていない女子は、あまり居ない。

 俺の見事な演技に、大人の男は警戒を怠らなかったが、少女は近付いてきた。

 そして俺の毛並みを撫でて、モフり始める。


「パパ、この子、うちで飼って良い?」

「駄目に決まっているだろう。諦めなさい、ヨハナ」

「えー、こんなに可愛いのに」


 完全に罠に掛かった少女に向かって、俺は鳴いて見せた。


「ミャォッ、ミャーッ」(食べ物、ちょうだい)

「えっ、言葉が分かるかも。食べ物が欲しいの?」

「ミャァッ、ミャッ。ミャオゥ、ミャウッ」(お肉、ちょうだい。母が、食べる)

「うええええっ!」


 少女が俺を離して飛び退いた。

 ライオンが自分を食べようとしているとでも、誤解したのだろうか。

 離れて見守っていた成人男性が、剣を抜いて駆けてくる。

 俺は慌てて、祝福の言語翻訳を最大限に活かして、弁解した。


『母が怪我した。ミルクのために、動物の肉が必要。シマウマとか』


 決して人間を食べようとしたわけではないと、俺は慌てて弁明した。

 雑食性の人間は、肉食動物のハイエナよりも良い食料になるが、少女では大きさが足りない。

 俺は母ライオンのために、400キログラムのシマウマあたりが欲しいのだ。

 少女を庇って前に出た男に向かって、俺は交渉を試みた。


『取引。肉くれたら、大きくなったら、1回力を貸す』

「お前、念話が出来るのか。ライオンに、一体何が出来る」

『土魔法、使える……トンネルバウ』


 俺は足元に、ボコッと穴を掘ってみせた。

 すると男は、目を見張って驚いた。

 俺は有益さを証明するために、もう一つの魔法も使ってみせる。


『光魔法、使える……ルミネセンス(発光・Lumineszenz)』


 俺の前脚がピカーッと輝き、次第に光が消えていった。


『お腹空いた』


 本日10度目の魔法を行使した俺は、コテンと引っ繰り返った。

 もちろん可愛く転がって、銀髪少女へのアピールは忘れない。

 俺は、やれば出来る子なのである。

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― 新着の感想 ―
[良い点] タイトルでわかってたけど面白い。 1話あたりの文章量が多いのも個人的に高ポイント。 末永く続いてくれーーー!絶対に読むから!!
[良い点] 猫科は反則w 先の展開を楽しみに読めて、文章も読みやすいです [一言] このまま続きをもまさせてもらいます 執筆活動、頑張って下さい
[良い点] 古代ローマくらいの規模の軍隊でもあればヨーロッパライオンは乱獲できたので、果たして銃がないだけで安全かな? 魔法と念話を使ってもマンティコアなどと勘違いされずに済んだので、進化論からハズレ…
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