27話 エアランゲン辺境伯領
グンターとヨハナに再会した翌日。
カッセル男爵領で丸1日を費やして、辺境伯領に運べない物資を収納した。
そして翌日、男爵家のヒッポグリフで、エアランゲン辺境伯領へと飛んだ。
「ヒッポグリフはどうだ」
『想像していたよりも、ずっと速いな』
ヒッポグリフは、上半身がワシ、下半身が馬の生き物だ。
前世で見たことはないが、知識としては知っていたとおりの姿であった。
獰猛な顔付き、鋭い眼光、巨大なクチバシ、鋭利な前脚。
いずれも捕食者たる猛禽類の容貌である。
それにグンターが騎乗し、ヨハナがグンターの前に座り、俺は荷となった。
ヒッポグリフの鞍の左右に荷を括り付けて、その荷袋に入ったのである。
――馬の背には、乗れないからなぁ。
何しろ俺は、生後4ヵ月のライオンである。
代わりに荷袋に空けた覗き穴から外を眺めて、俺は空の旅を体験した。
イヌワシの水平飛行は、ゆっくり飛んで時速50キロメートル。
速度を出すと、時速110キロメートル以上。
ヒッポグリフには荷があるが、巨大なので、飛行速度は劣らないかもしれない。
ヒッポグリフの1時間は、馬車が1日で移動する距離を大きく上回る。
『ヒッポグリフを使う人間の力は、凄いな』
「一応言っておくが、ヒッポグリフは貴族の乗り物だ。俺だって滅多に使えない」
『どうしてだ』
「第一に、向かい風が強すぎる。風精霊と契約して、風魔法を使わないと乗れない。その時点で、騎乗が貴族並の魔力者に絞られる」
『へえぇ、風圧か』
時速110キロメートルで、風速30メートルほどの風圧を受ける。
風速30メートルは、風が吹く方向には歩けず、転倒者が出る風圧だ。
普通の人間では、まともに騎乗できないだろう。現在は、グンターの風魔法らしき力で、身体に掛かる風圧を軽減して飛んでいる。
もしかするとヒッポグリフの飛行も、風魔法で支援しているのかもしれない。
爵位の継承資格者が魔力者だという情報を思い出して、俺は納得した。
「ほかにも餌代が掛かる。ヒッポグリフは肉食だから、餌代が高く付く」
『肉か。買うのは、高そうだな』
野生のイヌワシは、体重3キログラムに対して、1日に300グラムを食べる。
飛ぶことには、相応のエネルギーを使うのだろう。
ヒッポグリフが、競走馬に翼を足して500キログラムの体重だとする。
食事量が鷲と同等とすれば、1日50キログラムの肉を食べなければならない。
この世界の肉が、キロ単価でいくらかは知らない。
だが前世では、令和6年の国産牛肉(冷蔵ロース・100グラム)の全国平均小売価格が860円ほどだった。
1日50キログラムが必要だと、前世換算で1日43万円もの食費が掛かる。
1ヵ月で1290万円、1年で1億5695万円。
鶏モモ肉は100グラム140円だが、ペットの動物も好き嫌いをする。
安い肉に怒って空中で反逆されたら、終わりである。
「自前で狩っても良いが、狩りに付き合い続けられん」
『どうしてだ』
「騎乗者が、狩人ではなく、精霊契約者だからだ。ほかの仕事がある」
『つまり高い肉を買うしか無いわけか』
荷馬車のように運べなくて採算が合わず、交易商人では運用が難しい。
維持費を考えれば、領地と王都を移動する貴族や、国境防衛を担う軍くらいしか、使えそうにない。
そんな風に考えていたところ、目的地の上空付近まで到達していた。
「あれが領都エアランゲンだ」
『壁に囲まれているんだな』
空から見下ろした辺境伯領の中心都市は、高い壁に囲まれた城郭都市だった。
城郭都市とは、城壁で内部を守っている都市のことだ。
日本では弥生時代、集落と外部の間に壁や堀を造って、集落を外敵から守る環濠集落があった。
海外でも、エジプト文明、メソポタミア文明、インダス文明、中国文明、古代ギリシャ、ヨーロッパ各地などに数多登場している。
世界中で多くの都市が、城郭を造って、外敵の侵攻に備えていた。
「侵略者への対策だ」
『獣人帝国か?』
「元々は人間相手だ。辺境伯の領民は6万人ほどと少ないが、南が鉱物資源の豊富な大山脈、北が巨大な内海に挟まれて、東西には街道も繋がる」
『要所だから、狙われるわけか』
「東西の王国で、過去に何度か戦争があった。防壁は、それで作られた」
領都の城郭は、前世の世界遺産、フランスの城塞都市カルカソンヌに似ていた。
南の山脈から川が流れ、小高い丘には攻城塔が進めない勾配のきつい坂がある。
その先は、5メートル以上の高さで城をグルリと囲む、第一城壁だ。
第一城壁の上には、大軍や全市民を収容出来そうな、広い空間がある。
広い空間の先には、10メートルほどの高さを持つ第二城壁が聳え立つ。
第二城壁の内側は、城や軍事施設、2階から3階建ての集合住宅が立ち並ぶ。
――内部には、1000人から2000人ほどが普通に暮らせそうだな。
それは地上に見えた施設に限った話だ。
辺境伯の城は、掘り易そうな丘の上に建っている。
だから城郭の下には、物資を入れられる穴を掘っているはずだ。
また近くを大きな川が流れており、引き込めば、地下から取水と排水も出来る。
あらかじめ貯水池も造っておけば、籠城戦で水に困ることもなくなるだろう。
「城郭都市の周囲は、南が広大な農地、北が町並みと街道、さらに北が港だ」
上流の綺麗な水が農地や生活水に使われて、下流が生活排水になっている。
2万人ほどが暮らしていそうな領都の外側には、さらに農地が広がる。
街道沿いには町があったので、それらを合せて辺境伯領なのだろう。
領都の城郭と、街道の間には、領民が暮らす家々が立ち並んでいる。
侵攻する軍は、街道から城まで馬で駆けられず、大型の攻城兵器も運べない。
ほかにも都市設計に工夫はありそうで、城郭都市の堅牢さが垣間見えた。
「城の中庭に降りる」
グンターが示したのは、第二城壁の内側にある城の内部だった。
第三城壁ともいうべき壁の内側で、そこに降りて良いのかと不安に駆られたが、そもそもヨハナが辺境伯の孫娘だと思い直した。
滑空を開始したヒッポグリフは、瞬く間に地面へと迫り、城内に降り立った。
翼をしまったヒッポグリフから、グンターがヨハナを連れて降りていく。
『よし、出してくれ』
荷袋に入れられていた俺が人権ならぬ猫権を訴える間、城内の窓から老婆が顔を出して、ヨハナに笑顔を向けていた。
「お祖母様!」
「ヨハナ、良く来ましたね」
城からは騎士も出てきたが、二人のやり取りを見てか、身元を誰何しなかった。
代わりにグンターからヒッポグリフの手綱を預かって、中庭の木に繋ぐ。
慣れた手つきから、ヒッポグリフはその木に繋ぐと決まっているようだった。
王都と辺境伯領を結ぶヒッポグリフの連絡便でもあるのかもしれない。
城に到着した俺達のところに、ヨハナの祖父母らしき貴族がやってきた。
























