23話 穴掘り大作戦
『結構居るな』
アカシアの木々を挟んだ先に、スイギュウの姿が見えた。
30頭前後で群れており、のんびりと草を食んでいる。
大きくて鋭いツノを持つスイギュウは、ライオンでも狩るのが難しい動物だ。
それ故か、ライオンが姿を見せても、あまり逃げていかない。
そして余裕を見せる結果として、ライオンの食料になっている。
俺達の群れの先祖が、この地をナワバリにしたのは、とても賢い選択だった。
おかげで子孫の俺が、食事にありつける。
『穴を掘る、スイギュウに石を投げて誘き寄せる、穴に落とす。そんな感じだ』
『上手く誘き寄せられるの?』
『スイギュウの子供に石を投げれば、親がキレるんじゃないか』
子供を攻撃された親は、スペインの闘牛のようにキレると思う。
リオは微妙な表情を浮かべたが、納得したようだった。
俺は前世で、スイギュウが群れでライオンを追う映像を見たことがある。
それはライオンが群れに近付かないように、追い払っていたのだろう。
すると子供を狙えば、追い回してくるはずだ。
それにスイギュウは、率先してライオンの子供を踏み潰そうとする場合がある。
今世の俺は、最初に8頭の兄弟姉妹が居たが、4頭がスイギュウに殺された。
俺が挑発すれば、おそらくスイギュウは、追いかけてくるだろう。
『あたしはどうすれば良い?』
俺の説明を理解できたリオの知力は、かなり高いと思う。
祝福の言語翻訳は、素晴らしい能力だが、相手に知力がなければ伝わらない。
リオと同い年のミーナには、もっと簡単に話さないと理解してもらえないのだ。
――たぶん転生者だと思うけど。
生憎と、まだ確定ではない。
穴掘りの魔法に関しては、母ライオンが怪我をした時に、何度も見せた。
それで穴を掘って落とすことに関して、リオの理解が及ぶのかもしれない。
『穴を掘る時は、見ていて良い。誘き寄せる時は、アカシアの木に登ってくれ』
『分かった』
『それじゃあ、作ってみよう』
リオに流れを説明した後、俺は穴を掘り始めた。
穴掘りには、「大地を削る」と、「削った土を退かす」の2工程がある。
硬い地層は削り難いし、大量の土を退かすのは大変だ。
それが簡単なのは、「地中にも魔素が届く」と「魔素が届いた土を収納できる」からだと予想している。
大気中に魔素が含まれているのならば、当然地中にも含まれている。
恐竜の化石が出てくる古い地層は、恐竜時代の大地の表面だ。
恐竜時代に魔素が存在する場合、化石が出てくる地層にも、魔素が含まれる。
――恐竜時代への転生でも、魔法を使えただろうから、魔素はあっただろう。
天使の話によれば、身体能力次第では、俺が恐竜に転生する可能性もあった。
俺がそうだった以上、恐竜時代への転生者もいて、当時も魔法は使ったはずだ。
それなら地中にも魔素があるので、魔力で干渉できる。魔力が届いた土は、俺の制御下にあり、祝福で『空間収納』に入れられる。
そして魔力以外に、空間収納も併用するのが、俺が楽に穴を掘れる理由だ。
空間収納は、異世界転生を行わせた存在が与えた力だ。
とんでもない技術に思えるが、相手は俺達を軽く異世界に跳ばせる存在だ。
人類が同じことを出来るようになるのは、何十万年後だろうか。
その頃には、現代のスマホを超小型化した通信端末を身体に埋め込み、物質データを転送で出し入れできる収納技術も存在するかもしれない。
言語翻訳も、通信端末があれば出来るだろう。
――小型スマホだと考えれば、とんでもない技術ではないか。
つまり俺の魔法は、天使サイドの超技術である祝福も併用している。
『グラーベン』(掘る・Graben)
俺が魔法を使うと、唐突にボコッと、地面に深い穴が空いた。
穴の深さは、オスのアフリカゾウの肩高に匹敵する3メートルほど。
穴の縦横は、体長が最大3メートルのスイギュウが落ちるほど。
つまり地面に、幅が3メートルの正方形くらいの穴が、空いたわけだ。
空いた穴とスイギュウとの間には、スイギュウの肩高まで、低木が生い茂る。
そのためスイギュウ達からは、俺が掘った穴は見えていない。
『深くて、大きいね』
『スイギュウは、絶対に出られない高さだと思う』
『そうなの?』
『あいつらは、どう考えても垂直に跳べる身体をしていないだろう』
俺は、遠方に見える黒い巨体に視線を向けた。
俺が跳べないと確信する根拠は、スペインの闘牛の分離壁だ。
闘牛の分離壁は、140センチメートルで作られている。
それで事故が起きるなら、さらに高くする。高くしない以上、それで安全だ。
そんな闘牛より、少し大きいアフリカスイギュウは、その分だけ身体が重い。
スイギュウも、140センチメートルの高さは、乗り越えられないだろう。
牛がピョンピョンと跳べる生き物であれば、家畜に出来ない。牛車や農耕牛にも使えないし、危険すぎてスペインも牛追い祭りなどやっていない。
『確かに、跳ばないかも』
『そうだろう。あいつらが穴に落ちたら、出てこられないと思うぞ』
そう考える俺が3メートルもの穴を掘ったのは、肩高が170センチメートル未満のスイギュウを埋めて、窒息させるためだ。
俺がスイギュウの喉元を噛んでも、相手が首を振れば、吹っ飛ばされる。
立派なライオンへの道は、まだまだ果てしない。
『でもライオンなら、頑張ったら、穴から跳べそうだね』
『大人なら跳べるだろうな。アンポンタンでも、跳べるかもしれない』
大人のライオンは、5メートル未満の高さを超えられる。
4メートル近くジャンプして、身体を伸ばして前脚を引っ掛け、壁をよじ登る。
前世では、象の背中に跳び乗ったライオンの動画を見たことがある。
立っているスイギュウの背中には、オスもメスも軽く跳び乗っていた。
そのジャンプ力は、獲物の背中に飛び付くために、身に付けたのだろう。
そんなライオンの身体能力には、個体差がある。
優れた個体は、5メートル以上でも超えられるかもしれない。
ライオンを飼育している動物園では、堀の深さを6メートルにするところがある。7メートルのところも、俺は聞いたことがある。
だから3メートルくらいの穴であれば、大人は余裕だろう。
小柄なオオカミでも跳べるので、アンポンタンも可能かもしれない。
『俺達は、まだ難しいかもしれないがな』
現在の俺達は、中型犬サイズだ。
もっと大きくなるためには、水牛の肉を確保しなければならない。
俺は並んでいる茂みに沿って、次々と穴を掘り始めた。
『グラーベン、グラーベン、グラーベン……』
作成目標は、30頭が怒って追いかけてきても、アカシアの木を守れる穴だ。
最優先するのは、自分の身の安全である。
そのため、大きなアカシアの木の根元の大地は、穴で崩さない。
木の周りには、スイギュウでは入れない低木もあるので、それも崩さない。
小柄な俺は、低木と穴の間を通って逃げれば良い。
それらを念頭にしながら、茂みに隠れるように、穴を掘り続けた。
『グラーベン、グラーベン、グラーベン。こんなところかな』
掘った穴は、10ヵ所に及んだ。
それ以上は、スイギュウに見つかりそうで無理だと判断したのだ。
リオは「ここまでやるの?」と、少し呆れ顔だ。
『それじゃあ、アカシアの木の上で見ていてくれ』
『気を付けてね』
『おう、任せろ』
俺は軽い調子で答えて、リオがアカシアの木に登るのを見守った。
今回に関しては、俺は通用すると思っている。
サバンナには落とし穴など無いので、スイギュウには落とし穴の耐性が無い。
魚釣りだって、陸地付近ではなかなか釣れないが、沖合では簡単に引っ掛かる。
今回釣るのは牛だが、大雑把には、似たようなものであろう。
























