20話 ギーアの英才教育
エムイーが、メスライオン達に追い払われて、2日が経った。
ビスタが狩ったシマウマを食べた俺達は、周辺でゴロゴロと転がっている。
俺達ライオンは、ナワバリは持つが、巣は持たない。
ライオンが巣を作れば、近隣の草食動物達は、一斉に転居していくだろう。
それを追ってライオンも移住を余儀なくされるので、巣は持てない。
夜行性の俺達が、昼間に群れで集まって木陰でゴロゴロしているのは、人間が自宅で寝るのと同じようなものである。
そんな群れでの最近の変化は、2歳代の兄達が、戻って来なくなったことだ。
『エムイー、戻って来ないね』
『あの2頭は、独立したんだろう』
木陰に伏せながら呻るリオに、俺は唸り返して予想を告げた。
『戻って来ようと、したみたいだけど?』
『そうだけど、母達が追い払っていただろう』
俺が知る限りで2度、エムイーは群れに戻って来ようとした。
そしてメスライオン達に見つかって、追い払われていた。
追い払われた理由は明白だ。
『ビスタの狩りを邪魔して、アンポンタンの食事を奪い、ギーアを突き飛ばし、母達に逆らった』
メスライオンは、子が生後1歳半までは発情しない。
つまり1歳半を過ぎた子供は、保護対象と認識しなくなる。
・生後1歳4ヵ月のアンポンタンと、4ヵ月のギーアは、保護対象の子供。
・生後2歳4ヵ月のエムイーは、保護対象の子供ではない。
父ライオン達ではないオスのエムイーが、保護対象の子供達に攻撃した。
それでメスライオン達の子供を守る本能に、スイッチが入ったわけだ。
メスライオン達に追放されるのは、無理もない。
『オスライオンは2歳代で独立する。ちょうど時期だったのだろう』
オスは概ね2歳から3歳の間に、群れの親達に追い出される。
追い出される引き金は、オスの本能が強くなってきて父ライオンと争ったり、食料を独占しようとしてメスライオン達と争ったりすることだ。
まさにエムイーの状況である。
成長したオスライオンは、食事量が多い。
大きくなったオスが群れに残ると、養うのが大変で、次の子供を育てられない。
俺達の群れでは、メスライオン2頭が妊娠して、追い出される事情もあった。
逆に考えれば、食料が十分に満たされていれば、追い出す必然性が一つ減る。
食料事情が良かったジンバブエのマツサドナ国立公園では、オスライオン4頭が3歳後半まで、母ライオンと一緒に居た事例も報告されている。
『どこに行ったのかなぁ』
『シマウマを追っていったんじゃないか。腹も減るだろうし』
『シマウマは、どこに行くかなぁ』
『草が生えているところを、グルグルしているだろうな』
草食動物の群れが追い求めるのは、群れを養える草地と水場である。
『いつか戻ってくる?』
『シマウマは戻るけど、エムイーは別の動物も追いかけて、遠くに行くだろうな。そのうち、どこかの群れを乗っ取って、俺達の父達みたいに君臨するさ』
『ふーん、そっか』
リオは渋々と、エムイーとの別れを受け入れたようだった。
オスライオンの最盛期は、5歳から6歳頃に始まり、3年ほどは保つらしい。
エムイーが3年ほど生き延びれば、どこかの群れに君臨できるかもしれない。
すると最初の子供達は、独立するまで育てられる。
肉体的な最盛期にあるライオンは、ほかのライオンに勝てるのだ。
その後は、衰えていく身体で群れを保つための戦いが待っている。
王座から陥落するまでに、どれだけの子孫を残せるかは、実力と運次第だ。
同い年のビスタは群れに残ったので、2歳上の兄姉達は、去就が定まった。
『俺の独立時期は、遅らせたいな。身体が大きいほうが、争いで有利だし』
『まあ良いけど』
独立の時期が遅ければ、その分だけ身体が大きくなって、強くなる。
父達と争わず、母達から食料を強奪しなければ、先延ばしに出来る。
俺の懸念事項は、同い年のギーアだ。
――ギーアの理性では、オスライオンの本能を抑えられないだろうなぁ。
既にギーアは大食漢で、勝負を好み、オスライオンの本能が強く窺える。
いずれエムイーのように暴れて、群れから追放されるのは、目に見えている。
その時に俺が一緒に出ていかなければ、俺は独立時にオス1頭となってしまう。
『ギーアが早々に暴れたら、先に出て行ってもらって、仲間を見つけるかな。最優先は、リオだし』
『仲間って?』
『オスライオンは、ほかの放浪オスとグループを結成する道もあるそうだ』
『そうなんだ』
血縁関係の無いオスが群れる報告は、それほど珍しい話ではない。
オスが子孫を残すためには、群れに君臨しなければならない。
そのためには既存の群れのオス達を倒す必要がある。
それを一頭で行うのはつらいので、オスの仲間は必要だ。
そのため放浪オス達は、連合を組むようになったのだろう。
そんな放浪オス達は、群れを乗っ取れていないので、優秀ではない。
少なくとも、周辺で群れを持っているオスライオン達には劣る。
知能はエムやイーと同レベル、下手をすると低い可能性もある。
『他所のオスと仲間を組んだ場合、俺の主導権を認めるかが問題だな』
『そもそも信頼できるの?』
『他所の群れで育った知らないオスは、あまり信頼できないな』
最大の目的であるメスについては、俺は上手く分けられると思っている。
それはライオンの場合、上手く子育てが出来る年増で経験豊富なメスのほうが、子孫を残し易いので人気があると聞いたからだ。
ちなみに俺は、日本人男性に一般的な嗜好のほうだ。
――若い子のほうが、良い!
すなわち、ピチピチギャルである。
今世では、社会の圧力に屈さず、自分に正直なライオンとして生きたいと思う。
俺と、ほかのオスライオンとは、メスの好みが競合しない。
仲間に経験豊富なメスライオンを譲り、俺が若い子をもらえば、争いは無い。
なお俺は『可愛い幼馴染み最強説』を信奉するので、リオは例外とする。
朝起こしに来てくれたり、一緒に登校したり、最高ではなかろうか。
今世では登校しないが、幼馴染み枠は捨てがたい。
そのためには、連合を組むオスに対する主導権の獲得は必須だ。
幼馴染み枠を確保するためには、俺はオスライオン達すら打倒する。
もちろん、魔法込みでやるが。
ギーアと組む場合、ギーアの姉であるリオを巡る争いは発生しない。
さらにギーアが一般的なライオンの嗜好なら、俺とは競合しない。
性成熟する頃、ギーアの性的嗜好は要確認だろう。
もしくは今から、年増好きになるように、英才教育を施す手もある。
名案が浮かんだ俺は、ビスタの姿を探した。
『ビスタ、どこに居たかな』
『あっちだけど?』
『ありがとう。ちょっと散歩してくるわ』
リオと分かれた俺は、リオが前脚で差した方向に進み、ビスタに声を掛けた。
『エムイーが居なくなって、ギーアが寂しがっていたよ。舐めてあげて!』
『ふーん、別に良いけど?』
『優しく慰めてあげてね!』
『はいはい、分かったわよ』
2歳年上のビスタは、軽い調子で引き受けた。
生意気になってきたとはいえ、ギーアは幼児期だ。
そして性成熟前のビスタは、まだ自分の子供を持てない。
ビスタは、さぞかしギーアを可愛がってくれるだろう。
そしてギーアも、ビスタに懐くはずだ。
三つ子の魂百まで。
今こそ、ギーアに英才教育を施し、『熟女好き』に育てる絶好の機会である。
将来のライバルは、先に減らすのだ。
――クックック……ハッ、いかん。
思わず笑みが浮かんだ俺は、湧き上がる感情を必死に堪えた。
























