17話 弟妹の予感
週間ハイファン2位、異世界転生2位、ありがとうございます!
肉を食べ始めてから、1ヵ月半の時が流れた。
生後4ヵ月の俺達は、身体の成長速度を緩めず、日々大きくなっている。
――まだ、幼獣だからなぁ。
一般的な生後4ヵ月のライオンは、体重16キログラム前後で、中型犬サイズ。
柴犬が体重10キログラムほどで、ゴールデン・レトリバーが体重32キログラムほどなので、その間くらいだろうか。
C+という強いライオンに転生した俺は、積極的な食生活と、心肺持久力を高める運動により、平均よりも大きなライオンに育ちつつある。
俺の比較対象は、又従兄弟のギーアだ。
又従兄弟のギーアは肉が大好物で、大食漢になった。
「ガウッ、ガウッ」
『お前、良く食べるなぁ』
ギーアは肉を食らい、そのために俺やリオを押し退けようとする。
程々にしかミルクを飲まなかった頃のギーアなど、既に面影がない。
ギーアはグングンと大きくなり、スタートダッシュで有利だったリオに並んだ。
そんなギーアよりも大きな俺は、確実に平均よりも大きいはずだ。
体重計の持ち合わせはないが、今は18キログラムほどではないだろうか。
「ガウッ、ガウッ、ガウッ」
『俺やリオ達から取るなよ。父……ではなく、兄のエムイーに挑め』
父ライオンに挑めと言わなかったのは、リスクが大きすぎるからだ。
父ライオンと喧嘩が始まったオスの子ライオンは、群れから追い出される。
2歳のオスライオンの体重は、大人のメスライオンに劣る。
その状態で独立しても、獲物を狩るのが大変だ。
3歳ならメスに勝てるので、2歳の何ヵ月目で追い出されるかは重要だ。
『どうしてエムイー?』
『エムイーなら、喧嘩をしても追い出されない』
生後4ヵ月と、2歳4ヵ月では、そもそも勝負にならない。
体重では16キログラムくらいと130キログラムほどの差がある。
幼児と大人のままごとにしかならないので、群れからは、微笑まれて終わりだ。
もっともギーアも、独立間近の兄達には勝てないと分かっている。
もちろんアンポンタンにも勝てない。
リオに挑めば、お馬鹿なギーアを賢いリオより上位にしたくない俺が妨害する。
ミーナに挑めば、可哀想なので俺とリオが介入する。
するとギーアが挑む相手は、勝負が成立する俺となる。
『勝負!』
『甘いぞギーア』
俺は挑んできたギーアを受け流して、すっ転がした。
するとギーアは、土煙と共に、ゴロゴロと茂みを転がる。
母ライオンは、俺達の争いを止めない。
これは序列争いであり、将来のオスライオン同士の争いの練習でもあるからだ。
大人になってからの喧嘩は、大怪我をするし、血も見ることになる。
先に力比べをして上下を理解し、将来の練習をすることは、とても大切だ。
だから俺は、毎回ギーアをきっちりと倒している。
大人のライオン達は、俺とギーアのような争いは止めない。
『このっ!』
『払い腰』
俺は柔道の技を使い、腰に乗せたギーアを、身体を使って投げ飛ばした。
柔道の原理や物理学は、こちらの世界にも通用する。
「ガオオッ」
転がったギーアは、体勢を立て直して、再び飛び掛かってきた。
俺が優しく投げたことで、ダメージは皆無だったようだ。
俺は飛び掛かってきたギーアの顔に、ライオンパンチを繰り出した。
鼻をパンチされれば、流石にダメージは発生する。
ライオンパンチを受けたギーアは、俺の前脚を噛もうとしてきた。
――噛み付きは、有りなんだな。
ギーアの噛み付きを回避した俺は、逆にギーアの後ろ首を噛んだ。
そして後ろ首を噛んだまま、前後左右に振り回した。
『痛たぁあぁ』
痛いと言っているが、負けたとは言っていない。
俺はギーアを噛んだまま、地面に押さえ込んだ。
『負け、負けっ!』
降参されると、流石に試合は終了である。
俺がポイッと離すと、ギーアはグルリと寝転がって、腹を見せた。
殺し合いでなければ、明確に決着である。
――ナワバリを巡るオスの争いでも、降参は有効らしいな。
負けたライオンが目を逸らして降参すると、殺されずに許されることがある。
こういった幼い頃の練習で、勝ち負けを学ぶからかもしれない。
兄弟や従兄弟の存在は、ライオンにとって重要だ。
俺はピョンと飛び退いて、こちらを眺めている母ライオンの介入を避けた。
『他所のオスと戦う時は、腹を見せても駄目かもしれないから、気を付けろよ』
『……分かった』
俺は膨れっ面のギーアに、ちゃんと指導しておいた。
今のところギーアは、俺の独立時に連れて行くつもりだ。
現在の競争相手になっているが、敵側のオスライオン1頭を抑えるくらいは期待したいので、ちゃんと強くしている。
俺がギーアに負けてはいけないので、バランスは大切だが。
――身体、大きくし続けないとなぁ。
戦いでは、体格差も重要だ。
そのため俺は、空間収納で確保した肉も食べ、心肺持久力を高めるために走る。
食料供給が安定しないライオンで、成長期に空間収納を用いた肉の定期摂食が叶うのは、大きなアドバンテージだ。
それにスポーツ医学で成績が向上するのも、オリンピックで証明されている。
そもそも俺の群れは、ハイエナとの争いが減ったので、食料獲得が有利だ。
そこで育ったギーアに勝てるなら、ほかの同世代のライオンより強いはずだ。
――前世では、アフリカゾウを狩るライオンの群れもいたけどな。
C+のライオンは、俺だけではない。
魔法は有るが、俺が挑むオスライオンは、同数までにしたほうが良いだろう。
何事も、油断大敵である。
そんな地道な成長を続ける俺の生活に、最近1つの変化が訪れた。
ハーレムに旅立っていたメスライオン2頭の腹が、膨れてきたのだ。
『弟と妹が生まれるの?』
『そうだよ』
俺が尋ねると、俺達の世話が好きで一緒に居ることが多いポンが、肯定した。
ライオンの妊娠期間は、100日から110日ほど。
そして現在は妊娠50日ほどで、外から見ても分かるようになってきた。
ライオンは、わずか1キログラムの体重で生まれる。4頭が同時に生まれても、合計で人間の赤子1人を少し上回るくらいだ。
メスライオンの体重は人間の3倍ほどで、身体の負担は、人間よりも小さい。
だが狩りでは影響するので、狩りの中心は、残る4頭のメスライオンに移った。
――あと2ヵ月で、弟と妹が生まれるのか。
出産するメスライオンは、4週間から8週間ほど、群れから離れて過ごす。
すると弟妹に会うのは、俺達の生後7ヵ月以降だろう。
俺達への哺乳期間は過ぎるので、ミルクの取り合いにはならない。
その辺りは、ちゃんと本能などで調整しているようだ。
――弟と妹が生まれるの、早くないか?
誕生が半年差だと、独立時に弟達を連れて行くことも有り得る。
群れのメスが多くなると、出ていく子ライオンのメスも増える。
ライオンの子供は、生存率が2割から4割ともいわれる。
だが俺の世代と同じだけ生き残るとしても、結構な増加である。
俺の将来設計にも、いくらか修正が必要かもしれなかった。