15話 復讐のハイエナ
ハードモードは避けられた。
そんな風に思っていた時期が、俺にもありました。
今よりも幼かった、つい数日前の話である。
「イーッヒャッヒャ」
「ヒャァーッヒャッ」
澄み渡る青空の下、暴走族が爆走するような叫び声が、サバンナに鳴り響いた。
そのような大声を上げれば、草食動物達は、一目散に逃げていく。
人間だって、まともな一般人は逃げていくだろう。
危ない人達には、近付いてはいけないのだ。
危険集団が走り回るサバンナは騒然とし、遠方ではヌーの群れが走り去った。
ヌーを狩るべく茂みに隠れていたメスライオンが、前脚を地面に打ち付ける。
狩りを妨害されて、かなり苛立っている様子だ。
『また邪魔された』
そろそろ肉食に切り替えたかった俺は、溜息を吐いた。
ハイエナが草食動物を追うだけなら、別におかしな話ではない。
だが最近のハイエナ達は、おかしな行動を繰り返している。まるでストーカーのように、俺達の群れに付きまとって、狩りの妨害をするのだ。
「イヒャッヒャ、イヒャヒャッ」(ライオンちゃん、遊びましょ)
「ヒャァーッ、ヒャッヒャヒャ」(てめぇらが、シマウマ役な!)
祝福の言語翻訳が正常ならば、ハイエナ達は意図的に付きまとっている。
相手が飼い犬で、飼い主の足元で尻尾を振るのなら、微笑ましい付きまといだ。
だが生憎とハイエナは、イヌ型亜目イヌ科ではなく、ネコ型亜目ハイエナ科だ。
ハイエナ科は、ジャコウネコ科の近縁とされており、ネコ側にされている。
同じネコ型亜目の俺としては、誠に遺憾ながら、ハイエナも猫の亜種だ。
犬のようには懐かないハイエナから、ストーカーされる心当たりは、無かった。
『人生で、三度だけ訪れるという、モテ期の到来か』
「ウニャアッ」
俺のボケに対して、リオが前脚でツッコミを入れた。
俺達が付きまとわれている理由は、もちろん分かっている。
ハイエナ達と戦った際、俺達の群れが、巣穴に居た子供達を殺したからだ。
大人のハイエナ達は、もちろんライオンを追い払おうとした。だがライオン側の戦力が上回っており、ハイエナ達は巣穴の出口を奪い返せなかった。
結果として巣穴の子ハイエナは、5頭の子ライオンにより全滅した。
巣穴を掘ったツチブタや、拡張したハイエナの大きさを考えれば、1歳の子ライオンが入れない横穴など無い。
ライオン達は、ハイエナから好かれているのではなく、恨まれたわけだ。
――大人の数から考えて、30頭以上の子ハイエナを殺せたかな。
沢山の子ハイエナを始末できた恩恵は、かなり大きい。
子供が減った分だけ、子育て中のハイエナがライオンから獲物を奪わない。
メスライオン達は、普段の安全性が格段に増して、俺達への食料供給も増える。
周辺地域におけるハイエナの総数は、いずれ回復するだろう。
だが、それは俺が群れから追放された後の話だ。
俺の子供時代に豊かな食生活が保証されれば、俺にとっては万々歳である。
――実にナイスな戦いだった。
そこで終われば、俺にとってはハッピーエンドだった。
だが子供を殺し尽くされたハイエナ達は、涙を飲んで諦めたりはしなかった。
復讐の鬼と化して、ライオンの群れを追い始めたのだ。
ライオン側から見れば、完全にハイエナの逆ギレだが。
『あいつらが、先に襲ってきたよな』
『そうね』
『どう考えても、ハイエナの自業自得なんだが』
『そう言ってあげたら?』
モヒカン頭のバイク乗りに正論を訴えても、通じるわけがない。
きっと「子ライオンを見つけたぜ」と大喜びして、仲間を集めて襲ってくる。
『本当に言いに行ったら、リオは怒るよな』
『当たり前』
天敵を呼び集める必要など無い。
そのような次第で、俺達は1歳上のポンを保護者として、茂みに隠れていた。
そのほかは戦力として認められて、参戦中である。
現在のアンポンタンでも、ハイエナ1頭に対して、若干優勢なのだ。
かなり遠方から、凶悪な獣達の鳴き声が聞こえてくる。
「グォオオオォッ」(貴様らが、シマウマだ)
「ヒーッヒッヒッ」(シマウマが、来たぁ!)
「グオルアアアッ」(逃げるなおらあっ)
「イーッヒッヒッ」(足が遅いでちゅね)
ハイエナの戦法は、ライオンを挑発して走らせ、疲れさせることにあるようだ。
ライオンはハーレムに旅立っている間、食事をせずに交尾を続ける。そのためハーレムから帰還したオス2頭、メス2頭は、かなり空腹だ。
一方でハイエナ側は、非常食の骨をかじって、持久戦に持ち込んでいる。
オスライオンは戦闘力が高いが、エネルギー効率は悪い。
空腹の上に走らされているオスライオンは、かなりの体力を消耗している。
もはや総戦力で「ライオン側が勝る」とは、言い難い状況になりつつある。
――ハイエナって、意外に頭が良いんだな。
俺は暴走族の知能を、見誤っていたらしい。
不良は、学校では遅刻やサボりの常習犯でも、専門分野の知識は高い。それと同様に、戦いを専門とするハイエナ達も、戦いに関しては賢いようだ。
日本では勿体ない使い方だが、サバンナでは正しい使い道かもしれない。
「ヒイーッ、ヒイーッ、ヒイーッ」(見つけた、見つけた、見つけたぁ!)
『見つかった、木の上に行けっ!』
ハイエナの遠吠えが聞こえた俺は、慌ててリオ達に避難を指示した。
『何、なに?』
『ハイエナに見つかった』
ライオンには伝わらないハイエナ同士の遠吠えでも、俺には意味が分かる。
皆は混乱したが、慌ててアカシアの木に上る俺を追って、木登りを始めた。
俺が最初に駆け上がり、すぐにリオが続いた。
俺がリオを信頼する程度には、リオも俺を信頼しているらしい。
その後は、ほとんど同時だった。ギーア、ミーナ、ポンが走ってくる。
そして茂みから、ハイエナ達が飛び出してきた。
「イーッヒッヒッ」(いやがったぜ)
「ヒーッヒイッヒ」(シマウマだぁ)
一番足の遅いミーナに、ハイエナ達の鋭い牙が迫る。
そのうち一頭が、木に飛び移ったミーナの尻尾の先に、ガブリと食らい付いた。
「ミャアアアアアッ」
ミーナの尻尾の先を噛んだハイエナは、全身を振って、尻尾を噛み千切った。
ミーナが落ちなかったのは、幹と太い枝の間に身体が挟まったからだ。
落下を運良く避けられたミーナは、鳴きながら必死に木を登ってきた。
「イーッヒッヒ」(ぐえっへっへぇ)
ミーナの痛がる様子に、ハイエナは大喜びしている。
そして叫び声に釣られて、ハイエナの別働隊が集まってくる。
「ミュアアッ、ミャアッ、ミャアッ」
アカシアの木の上に登ったミーナは、痛がって鳴き始めた。
ライオンの尻尾は、とても重要だ。
走る際に身体のバランスを取ったり、身体に付く虫を追い払ったり、子供をあやしたりする多様な役割がある。
人間も走る時には、手を振って姿勢を保ったりする。
あるいは手で虫を払ったり、子供をあやしたりする。
ライオンは、人間が手で行う動作の一部を尻尾で行っているのだ。
「イーッヒッヒッ」(診てあげるよぉ)
「ヒーッヒッヒッ」(降りておいでぇ)
アカシアの木の下に、10頭からなるハイエナの集団が集っている。
こちらに子ライオンしか居ないと分かって、完全に嘗めている。
数日前であれば、時間を稼げば大人ライオン達が到着して追い払ってくれた。
だが今は、総力戦を行うと、勝敗は微妙になっている。
――やむを得ないな。
俺は致し方がなく、ポンの前で祝福の空間収納を行使することにした。
決意した俺は、アカシアの枝の先端に移動する。
すると10頭のハイエナ達が、木の枝から獲物が落ちてくるのを待つワニのように、俺の真下にゾロゾロと集まってきた。
「イーッヒィッヒ」(こっちだよぉ)
「ヒーッヒィッヒ」(早くおいでぇ)
俺はしっかりと木の枝に爪を立てながら、ハイエナ達に宣言する。
『今から、落ちまーす』
「イーッヒッヒッヒィ!」(うひょー、勇気あるねぇ!)
「ヒーィッヒッヒッヒ!」(牙で受け止めてあげるよぉ!)
ゾロゾロと真下に集った暴走族を確認した俺は、空間収納の性能確認で入れた、ピラミッドの石の9倍の岩を取り出した。
取り出した岩は、重力に引かれて、真下に落ちる。
いきなり頭上に岩が出現したハイエナ達は、瞬時に逃げる判断が出来なかった。
そしてズドオオンッと、轟音が鳴り響いたのであった。