表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ライオン転生  作者: 赤野用介
第1巻 ライオン転生
14/62

14話 ハイエナの巣穴

『拙いね』


 仕留めたスイギュウの下へ行こうとしたポンが、歩みを止めて、短く呻った。

 狩り場がハイエナの巣の近くだったらしく、続々とハイエナが飛び出してくる。


『何あれ』

『ハイエナの巣だね』


 リオの疑問に、ポンが答えた。

 俺と会話する時とは異なり、リオはポンの説明を明確には理解できていない。

 俺が相手の場合は、言語翻訳の祝福が、双方に伝わるように機能している。

 それが無い場合、ライオン同士の意思疎通には限界がある。

 リオの懐疑的な鳴き声に対して、ポンの警戒する鳴き声が返って、危ないことが伝わったようだった。


「ヒーッヒャッ、ヒャッヒャッ」(ライオンが、来やがったぜ)

「イーッヒッヒッ、ヒャヒャー」(子連れだぜ、ナメやがって)


 ハイエナの甲高い声が、サバンナに鳴り響いた。

 ハイエナは威嚇や求愛など、少なくとも12種類の鳴き声が確認されている。

 そんな12種類のうちの1つである威嚇にも、そこそこの語彙があるらしい。

 俺はハイエナの笑い声に、過激な暴走族を妄想した。

 暴走族の言葉も、おそらく12種類くらいであろう。

 世紀末に「ヒャッハー」などと叫びそうな連中は、子スイギュウを狩ったメスライオン達の周囲を、グルグルと回り出した。


 ライオンとハイエナのナワバリは、往々にして被る。

 ライオン同士の場合は、お互いに臭い付けや遠吠えで教え合う。それで相手の強さを推し量り、不要な戦いを避けるのだ。

 だがハイエナの場合、どこに巣が有って何頭居るのか、ライオンに教えない。

 ハイエナの巣穴自体は、ツチブタが掘った穴の再利用だ。

 ツチブタの肩高はハイエナ並に高くて、一晩に3メートルの穴を掘れる。しかも住居以外にも、隠れ家として大量の巣穴を各地に作る。

 そのためハイエナを含む様々な動物が、ツチブタの掘った穴を再利用している。


 ライオンは、どこにハイエナの巣があって何頭居るのか、分からない。

 ハイエナに遭遇してしまうのは、ライオンにとっては不可避だ。

 そして巣穴の近くまで迫られたハイエナ達は、かなり興奮していた。


「ヒャーヒャッ、ヒャッヒャ」(やっちまえ、殺しちまえ)

「イーヒャーッ、イッヒャッ」(いいぜ、狩りの時間だぁ)


 俺はライオンが正義で、ハイエナが悪と言うつもりはない。

 獲物が無限には存在せず、ライオンとハイエナで競合するのなら、殺し合うのは自然の摂理だ。

 自分と子孫の生存に必要な行為が悪なら、全ての生物が悪となる。

 もちろん、俺達ライオンがハイエナを攻撃するのも、自然の摂理である。

 さしあたって生後2ヵ月半の俺には、今のところ出来ることはないが。


『巣穴のハイエナは、狂暴だよ』

『危ないの?』

『凄く危ないよ』


 ブチハイエナの繁殖期間は通年だが、出産の最盛期は、2月から3月だ。

 その時期はサバンナの草食動物に出産が多く、狩り易い獲物が増える時期だ。

 ブチハイエナは、1回の出産で1頭から3頭を生む。

 最初は母子だけの小さな巣穴で暮らし、2週間から1ヵ月で群れの巣穴に合流する。巣穴には、大人のハイエナと同数くらい、子供のハイエナも住んでいる。

 子供は、生後8ヵ月から1年ほど巣穴で過ごした後、母親に付いて餌を探しに行くようになる。群れの狩りに参加するのは、1歳半くらいからだ。

 肉を食べ始めるのは生後3ヵ月ほどからで、性成熟は生後2年から3年ほど。

 ハイエナは、多くの部分がライオンの生態と共通している。


 ――巣穴があるのなら、ハイエナは子供を守ろうと動くか。


 狩った獲物一つを巡る戦いでは、獲物を放り捨てて逃げれば、追って来ない。

 それは殺し合って自分が怪我を負うことが、損をするからだ。

 だが子供を守る戦いでは、怪我を負っても、なかなか引かない。

 次々と現れたハイエナ達は、メスライオンが狩った子スイギュウを奪うよりも、メスライオン達を追い払おうと動き出した。


「ヒヤーッ、ヒャッヒャッ」(いくぜ、血祭りだぁ)

「イヒッ、イヒッ、イヒィ」(行け、行け、行けぇ)


 サバンナの暴走族どもが、一斉に突入を開始した。

 30頭近くのハイエナ達が、4頭の大人ライオンと5頭の子ライオンに襲い掛かっていく。瞬く間に、双方が入り乱れての大乱闘となった。

 5頭のハイエナが同時にメスライオンに襲い掛かり、それを庇おうとした別のメスライオンに、新たなハイエナが乱入していく。

 数を活かしたハイエナが、ライオンの尻や足に噛み付いた。

 ライオンもハイエナの一頭に噛み付いて、力強く振り回す。


「グガオオオオッ」

「イーッヒャヒャ」


 両者は噛み合いながら、グルグルと回転して土埃を舞い上げた。

 1対1で戦えば、絶対にライオンが勝てる。メスライオンは2倍から3倍もの体重がある上に、10センチメートルの爪も持つからだ。

 両前脚の爪10本で引っ掻けば、刃渡り10センチメートルのナイフ10本で、同時にザクザクと切り裂くような攻撃になる。

 それに対してブチハイエナは、爪で攻撃が出来ない。

 噛む力も、ハイエナは咬合力が高いと言われているが、奥歯で噛み砕く方向に進化しているので、犬歯に力が集中するライオンに比べて戦いでは弱い。

 それらによって、1対1ではライオンが圧勝する。

 だが多数に襲われたライオン達は、四肢を地面に付け、苦戦を強いられた。


 ――かなり拙い。


 爪を使えなければ、武器の大半を封じられたようなものだ。

 エムやイーが逃げ惑い、メスライオン達は自分達の攻防で必死だ。

 ライオン側は密集状態になり、押し潰されそうな味方を強引に庇う動きを取る。


 だが乱戦では、ライオンよりもハイエナのほうが一枚上手だ。

 ライオンは、追い立てと待ち伏せで、捕まえるまでの連携を得意とする。

 ハイエナは、集団で食らい付くなど、捕まえた後の連携を得意とする。

 ハイエナ側の連係攻撃は巧みで、ライオン側は押されていた。


「ミャォ」


 不安そうなリオが、どうしたら良いかと尋ねてきた。

 ギーアとミーナは、子猫のように小さくなっている。


『隠れていろ。見つかれば、木に登るぞ』

『分かった』


 俺はリオの身体をポンポンと撫でて、緊張するリオを宥めた。

 俺達が傍に居るメスライオン達は、ハイエナ同様に引き下がれない。


 ――この状況で、俺が土魔法で出来ることは、あるのか。


 生後2ヵ月半の子ライオンが助けに行けば、何かする間もなく、一瞬でハイエナの群れに飲み込まれてしまう。

 だがメスライオン達を見捨てると、ミルクが得られなくなってしまう。

 そろそろ肉食は可能だが、親ライオンの庇護を失うと、生存は厳しい。

 生活全般が、スローライフから、ハードモードになってしまう。

 悩む俺の耳に、状況を一変させる音が響いてきた。


「グルルオォッ」


 重低音が轟き、ライオン達を襲っていたハイエナ達が、一瞬で方々に四散した。

 それは、ハーレムに旅立っていたオス2頭とメス2頭の乱入であった。

 集団に突っ込んできた2頭のオスライオンは、ハイエナ達を追い始める。

 ハイエナの一頭を前脚で引っ掛けて転ばせたオスライオンは、大口を開けた。


「グルアァッ」(あたあっ)

「イヒャヒャ」(ひでぶっ)


 ハイエナの頭を噛んだオスライオンは、犬歯の一撃でハイエナを噛み殺した。


 ――マジか。


 ハイエナの咬合力が高いとは、一体何だったのか。

 奥歯で噛む力が強くとも、ハイエナの小さな顎では、ライオンの身体を奥歯まで入れられない。

 逆にオスライオンの口は、ハイエナの頭を噛んで殺すことが出来る。


 一撃で一頭を殺したオスライオンは、続けて2頭目を追った。

 もう一頭のオスライオンも、ハイエナを1頭殺していた。そちらはハイエナの後ろ首を噛んで、巨大な爪で身体を押さえ、骨を折っていた。

 オスライオンの大きさはメスの1.5倍なのだから、爪の大きさも1.5倍だ。ハイエナの身体は、無数の巨大なナイフで、深く切り裂かれていた。


 ――メスライオンと、全然違うじゃないか。


 オスライオンは、メスライオン2頭分。

 そんな風に思っていたが、実際にはオスのほうがずっと強かった。

 強さの理由の一つが、オスライオンだけが持つ『たてがみ』だ。

 オスライオンの首回りに生えている大きなたてがみは、首への攻撃を防ぐ。

 毛なので滑り、広がっているので噛み難く、首を噛み絞められないのだ。メスライオンが狩りで得意とする首噛みも効かないので、2頭でもオスには勝てない。

 瞬く間に2頭のハイエナを狩ったオスライオン達は、次の敵を探す。

 その間に、メスライオン6頭と子ライオン5頭が合流した。


「イーッヒッヒッヒ」


 ハイエナは、警戒しながら遠巻きに威嚇している。

 だがオスライオン達は、威風堂々と迎え撃つ構えだ。


 その間、大人達に守られた子ライオン達は、ハイエナの巣の上に移動した。そして巣穴へと入り、ハイエナの子供を殺し始めた。

 大人のライオン達は、肩高があるので、ハイエナの狭い巣穴に入れない。

 だが子ライオン達は、巣の中に入れて、大人のハイエナ1頭よりも強い。

 つまり生後1年未満のハイエナの子供達など、ライオン5頭の敵ではない。


 ――ほかの出口から逃げても、地上には大人のライオン達が待っている。


 突如として発生したナワバリを巡る争いは、ライオン側の勝利となった。

 ハイエナの子供を殺すのは可哀想という考えは、今世の俺は持たない。

 こちらが殺さなければ、相手に殺される。あるいは、獲物を奪われる。これは、自然の摂理だ。

 さしあたり明日からのハードモードが避けられた俺は、ホッと一息吐いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の投稿作が、TOブックス様より刊行されました。
【転生陰陽師・賀茂一樹】
▼書籍 第6巻2025年5月20日(火)発売▼
書籍1巻 書籍2巻 書籍3巻 書籍4巻 書籍5巻 書籍6巻
▼漫画 第2巻 発売中▼
漫画1巻 漫画2巻
購入特典:妹編(共通)、式神編(電子書籍)、料理編(TOストア)
第6巻=『由良の浜姫』 『金成太郎』 『太兵衛蟹』 巻末に付いています

コミカライズ、好評連載中!
漫画
アクリルスタンド発売!
アクスタ
ご購入、よろしくお願いします(*_ _))⁾⁾
1巻情報 2巻情報 3巻情報 4巻情報 5巻情報 6巻情報

前作も、よろしくお願いします!
1巻 書影2巻 書影3巻 書影4巻 書影
― 新着の感想 ―
[良い点] ライオンの鬣はオスの寿命を短くしてるって残念な動物図鑑かなんかで見たんですけど、ちゃんと役割があったんですね。
[一言] ハイエナは巣穴に隠れていた方が良かった、は結果論
[良い点] ダーウィンが来たの詳しい生態解説とアニマルプラネットの何が起こるか分からないドキュメンタリー性が有って面白い
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ