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ライオン転生  作者: 赤野用介
第1巻 ライオン転生
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01話 ライオン転生

 最初に目にしたのは、真っ白な空間だった。

 白一色の中に、普段着の自分だけが、ポツンと存在している。

 この空間にも地面はあるようで、足踏みすると、踏みしめた感触が伝わった。


 ――色彩心理学では、『白色は緊張感を与える』だったかな。


 心理学を学んだ時、「教室の壁が白色なのは、勉強に集中するためだよ」と講師に言われたが、本当にそこまで考えて白色にしたのかを疑った覚えがある。

 そんな過去を思い出しながら、俺は次第に平常心を取り戻していった。


 ――ここは、どこだ?


 おそらく夢だと思うが、生憎と目は覚めない。

 改めて自分の身体を見下ろして、手でペタペタと触れてみた。

 しっかりと感触があった。


「あー、あー」


 発声や聴覚にも、異常は無い。

 これは夢かもしれないが、夢にしてはおかしいとも思う。

 しばらく感覚を確かめていると、不意に声を掛けられた。


『覚醒したわね』


 俺が声の方向に振り向くと、純白の翼を生やした女が、浮いていた。

 金髪のロングで、耳も横に長い。

 肌も白くて、瞳は宝石のように、澄んだ薄紫をしている。

 咄嗟に浮かんだ単語は、『天使の羽を生やしたエルフ』だった。


 服装は、厚手で群青色のロングドレスで、螺旋がかったフリルが付いている。

 装飾品は、髪飾り、白い花のブローチ、数珠のような腕輪など色々と付けており、装飾品が身分を表すのであれば、低くはなさそうな印象を受けた。


『話を進めて良いかしら?』


 相手を見て固まった俺に対して、仮称・天使が、せっつくように訴えた。


「すみません。どうぞ、お願いします」


 低姿勢なのは、正体が不明だからだ。

 羽が生えて、浮かんでいる時点で、俺が知る常識から外れている。

 どれくらいの力を持っていて、何を引き金に怒るのか、皆目見当が付かない。

 俺は相手の地雷を踏まないように、慎重に返事をした。


『色々と、考えすぎる人間が多いみたいね』

「ということは、俺以外にも、話をされたのですか?」

『貴方以外にも260万人が、私達が話をしなければならない対象よ』

「それは、途方もない数ですね」


 人数を聞いた俺は、唖然とした。

 260万人は、47都道府県の平均人口ほどだろうか。

 1億2000万人を50で割れば240万人なので、47都道府県なら、近い数字になる。

 1人に10分費やすとすれば、1時間で6人、24時間で144人。

 260万人に話をするには、一体何年掛かるだろうか。

 そんな風に思った俺は、相手がAIのような存在ではないかと、疑った。

 AIならば、大勢の人間を同時に処理できる。


『姉妹達で手分けしているけれど、沢山、受け持たなくてはいけないの』

「それは申し訳ありません」

『でも役目だから、仕方がないわ』

「そうですか。よろしくお願いします」


 天使がAIなのかは判断できなかったが、姉妹達という単語は気になった。

 つまり天使は、単独ではなく、集団で行動している。


 ――交渉は無駄ということかな。


 相手が単独ならば、相手の趣味趣向によっては、交渉の余地が生まれる。

 だが集団は、人数分だけ要求が大きくなり、個人では交渉の余地が無い。

 それにしても彼女達は、一体何の目的でこのようなことをしているのか。


『それで、小説投稿サイトの作者と読者を異世界に転生させる理由なのだけれど』

「ふあっ」


 天使の唐突な話に、俺は奇怪な声を上げた。

 先ほど聞こえた小説投稿サイトとは、俺が登録している『作者が小説を書いて投稿し、読者がそれを自由に読む大人気サイト』のことだろうか。

 確か登録者数は、現時点で260万人くらいだった。


『異世界転生って、物凄く人気があるでしょう』

「ああ、はい」


 それはおそらく、俺が知っている小説投稿サイトのことだ。

 様々な異世界転生の物語が投稿されており、人気を博している。

 転生の理由を明記する場合は、『神様が過失の補償で転生させた』が多い。超常的な存在の介入があると、能力を選び放題だからだ。

 実に様々な神様が、作者に土下座を強いられていた。

 強張った表情を浮かべた俺に対して、天使はあっけらかんと告げる。


『それで主が、それほどまでに願うのならば、異世界へ転生させてやろうと仰せになられたのよ』

「そんな、アホな」


 俺の頭は、視界に映る世界くらい真っ白になった。

 これは「皆の願いが神様に届いた」のだろうか。

 それとも「悪くも無いのに神様に謝罪させた一部作者と、神への冤罪を当然のごとく受け入れていた一部読者への天罰」なのだろうか。


「転生を望まない人は、どうなるのでしょうか?」

『ここで見聞きしたことを全て忘れて、元の場所で目が覚めるわよ。それと、もう二度と転生の打診をしないわ』

「それは、大変素晴らしい神様でいらっしゃいますね」


 主という存在は、転生するか否かの選択肢をくれるらしい。

 その話を聞いた俺は、天使が個別説明をせざるを得ない理由にも理解が及んだ。


 100人へ同時に説明をして、100人中99人が「異世界に転移したい」と言った場合、残り1人は自己選択ではなく、集団への追従を行うかもしれない。

 あるいは誰かが「みんな自分の家族が心配だろう」と言い出したら、転生したいと思っても、言い出し難くなるかもしれない。

 自己選択させることが役目の天使達は、他人の影響を排除するために、非効率でも個別説明せざるを得ないのだ。


「仮に転生する場合、どのような形で転生するのですか?」

『まずは、あなた達に転生ポイントが与えられるわ。作者は、投稿作品の評価ポイントと同じ分。読者は、自分が付けた総評価ポイントと同じ分。あなたの場合は、4200ポイントね』


 唖然とした俺を見た天使は、説明を付け加えた。


『作者には、小説サイトに掲載した投稿作品があるでしょう』

「はい、あります」

『作者には、掲載した全作品のうち一番評価が高い作品と同じ分。読者には、全ての作者に与えたのと同じ分。転生ポイントが与えられるの』


 読者の俺は、読んだ作品に応援の意味を込めて、評価ポイントを入れている。

 その数は、350作品になったところだった。

 350作品に最大の10ポイントずつ入れれば、3500ポイント。

 350作品をブックマークすれば、2ポイントずつ入り、700ポイント。

 両方同時に行えば、合計4200ポイントをもらえることになる。


 ――善行は、積んでおくものだな。


 これは、日頃の行いが良かったということになるだろう。

 俺が理解したのを確認して、天使は話を続けた。


『そのポイントを割り振ると、適合する身体に魂が送られて、異世界転生するわ』

「なるほど」


 善行を積み重ねた読者ほど、ポイントを貰えて、異世界転生が有利になる。

 実に素晴らしい話である。


「1人で複数のIDを持つ読者も居ると聞きますが、それはどうなりますか?」

『IDと同じ数になるように、ちゃんと魂を引き裂くわよ』

「……あ、はい」


 世の中、悪いことは出来ないものである。


「承知しました。どうぞお話を続けて下さい」

『ええ。まずあなたのステータスを表示するわ』


 ステータス

【身体能力】E

【魔法】なし

【祝福】なし

【ポイント】4200

【残り時間】18分43秒

【残り質問数】1回


 表示された項目を見て、俺は愕然とした。


 ――どうして、残り時間や残り質問数があるんだ。


 制限時間があることには、理解が及ばなくもない。

 俺が思考している以上、この場でも時間は過ぎている。

 260万人の転生候補者には、事故や病気で生命の危機にある者も居るはずだ。主が「転生ないし転生させずに戻す」と言うのなら、天使達は対象者に死なれると困るだろう。


 ――すると質問数の制限は、強引に話を進めるためか。


 これまでに俺が明確に質問して、回答を得られたのは4回。


「俺以外にも話をしたのか?」

「転生を望まない人はどうなるか?」

「転生する場合、どのような形で転生するか?」

「一人で複数のIDを持っている読者は、どうなるか?」


『貴方以外にも、260万人が対象』

『ここで見聞きしたことを全て忘れる。もう二度と転生の打診をしない』

『ポイントを割り振ると、適合する身体に魂が送られて、異世界転生する』

『IDと同じ数になるように、魂を引き裂く』


 残り質問数が1回ということは、元々の質問数は5回だったのだろう。

 とんでもない無駄遣いをしてしまったと、俺は一瞬で青ざめた。


『話を続けるわ』

「お願いします」


 俺は時間を無駄にしないよう、短く相槌を打って、話の続きを促した。


『身体能力は、成体時点の総合力よ。Eは、人間の成人男性の平均値。誰でも、鍛えれば強くなるけれど、生物的な限界があるじゃない。それを上げられるの』


 俺は黙々と頷いた。

 誰でも努力をすれば、オリンピックで金メダルを獲得できるわけではない。

 マラソンであれば、1分間にどれだけ酸素を取り込めるかの『最大酸素摂取量』や、どれだけ糖を使わず走れるかの『無酸素性作業閾値』も重要になるが、それは遺伝的要因も影響する。

 そんな生まれ持っての差を、ここで引き上げられるわけだ。


『魔法は、魔法の才能みたいなもの。祝福は、ここで与える特別な力。もっとポイントがあれば、より大きな大祝福などもあったわよ』


 異世界には、魔法が存在する。

 さらに転生者には、神が祝福を与えてくれる。

 より大きな善行を積んでいれば、もっと大きな祝福などもあった。


『最後にポイントの割り振りを説明するわ。身体能力は、EからE+のように1段階上げるごとに100ポイント。魔法は、1つ400ポイント。祝福は、1つ900ポイント。おしまい』

「なるほど」


 10作品を応援した読者は、異世界転生時に、能力が1段階上がる。

 40作品を応援した読者は、異世界転生時に魔法の才能を得られる。

 90作品を応援した読者は、神様から祝福までもらえてしまう。


 ――作品にポイントを付けるのは、とても大切なことだ。


 読者は、いざという時のために、きちんと善行を積んでおくべきだ。

 転生ポイント不足の人は、最寄りの場所で、ポイントを入れると良いだろう。

 同時に、お気に入り登録もしておくと、さらに幸せになれる。


『異世界転生する気があるのなら、ステータスに転生ポイントを割り振って頂戴』


 俺は時間を気にしながら、最適解を模索した。

 俺の質問回数は、あと1回しかない。

 ここで「取得可能なものを全て表示して下さい」と言っても、数分では読み込めないだろう。

 だからといって自分の感覚だけで選ぶと、致命的な見落としをしかねない。

 天使は質問にはきちんと答えているので、1回で解決できる質問にすべきだ。

 素早く考えた俺は、最後の質問を使った。


「俺の現在のポイントで、楽に天寿を全うできる割り振りを教えて下さい」

『身体能力をC+まで上げて、魔法の土と光、祝福の言語翻訳、空間収納、延命息災を取得する。これで希望通りになるのではないかしら』


 最適解を示された俺は、思わずガッツポーズをしながら、天使に言い募った。


「それでは、そのとおりにしますので、割り振りをお願いします」

『分かったわ』


【身体能力】C+

【魔法】土、光

【祝福】言語翻訳、空間収納、延命息災

【ポイント】0

【残り時間】3分33秒

【残り質問数】0回


『貴方は、時間内に終われたわね。時間切れで使い切れない人が、多いのよね』

「質問に答えて頂き、ありがとうございました」


 俺は天使からの追加情報を期待して、短く礼を述べた。

 時間が余ったのだから、雑談で異世界のことを教えてくれても良いだろう。

 そう目力で訴えると、天使は微笑みながら口を開いた。


『人や亜人の身体能力は、E-からE+。獣人なら、D-からD+。貴方が転生するライオンだったら、C-からC+になるわね』

「……はっ?」


 異世界には獣人も居るのかと感心していた俺の脳内は、一瞬で真っ白になった。


 ――こいつ、今、何と言った?


 天使の3つ目の回答は、『適合する身体に魂が送られて、異世界転生する』だ。

 人間の限界がE+で、俺が割り振ったポイントはC+。

 C+に適合する身体は、人間や獣人には無い。オスライオンにはある。

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔で見上げる俺に、天使の容赦ない言葉が降り注ぐ。


『楽に天寿を全うできる希望は、魔法の獲得で調整したわ。C+の生物のうち、水系は水属性。熊も光属性は持たないから、土と光の魔法があれば、転生先はライオンで決まりね』

「ライオンは、楽に天寿を全うできる生き物じゃないだろう!」

『あら、恐竜時代の恐竜になるよりも、ずっと楽でしょう』


 楽か否かの判断基準は、ほかの生物との比較だ。

 地球であれば、億単位の年月、恐竜が弱肉強食を繰り返していた。

 その時代の大抵の生物に比べれば、ライオンは楽だろう。


「比較する時代と、生物の幅が、広すぎる件について……」


 地球では、恐竜が闊歩を始めたのは、2億5千万年前。

 ホモ・サピエンスの出現は、およそ20万年前。

 転生先が『身体能力E以上の生物』として、恐竜時代の初期以前を省いても、転生先は2万5000分の2万4980が、人外の時代だ。

 巨大隕石が降って、恐竜が絶滅した時代であっても、ワニは生き延びている。

 人が居る時代でも、「人に転生する割り振り」を質問しなければ、人に転生するとは限らない。

 つまり転生を選んだ大半の作者と読者は、おそらく人外になる。


『もう時間ね。それじゃあ、頑張って』

「まてまてまて……ウボアーッ!」


 天使が微笑むと、真っ白だった世界が、急速に暗転していった。

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前の作品と同じ時の別の転生者?この設定で無限に行けそう。
[一言] これは面白い物語ですね!なろうだと1作品で12ポイントまでですけど、カクヨムだと1話読むごとに星1ポイントつけられるから、長編だとカクヨム読者の方が有利かもしれませんね(笑) ( ≧ᗜ≦)੭…
[良い点] ライオンになるのも先が読めませんが「小説サイトではやってるから神がやった」と言う理由に斬新さを通り越した衝撃を受けました。
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