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ダンジョンってこうやって出来るんですね(吐血)10

 最後に身も蓋もないことを言うことが流行っているのか、波平はやけに記憶に残る笑顔を振りまく。

 その姿は変わったと言えば変わっていた。以前は人畜無害の皮を被り当たり障りのないように生きていた。裏ではダンジョン原理主義団体と関係を持っていたのだからもともと二面性があったのだろうが、感情を表に出さずいつも1歩外を歩くような印象を抱かせる男性だった。それが何をどうしたのか、急に自己主張を始め、かといって自暴自棄になった訳でも無く、端的に言えば明るく活動的になったのだが、なかなかどうして似つかわしくない。見知った顔なのに他人であるような、腑に落ちない気持ち悪さを抱えながら新堂は話を続けていた。

「まぁ、そうだよな。2万年先のことまで考えて生きましょうってのは無理だもんな」

「まぁほかにも色々と新事実はあるんですけど。それはおいおいでいいでしょう」

「そうしてくれると頼む。今得た情報だけでもどう取り扱っていいかわからん」

 新堂の口から思わず本音が漏れる。重要そうであり直ちにどうすることも出来ない事柄へ果たして先延ばしにしていいものか、誰に報告すればいいのかすら分からない。いつもの彼ならめんどくさいの一言で片付けたりもするのだが、既に事件の規模が大きすぎるし衆目に晒されている、何もありませんでしたでは通らないことは一目瞭然だった。

 わかりやすい言い訳探しに話を聞いていたのだがそこで飛び出してきたのはまるでこの地下に眠る大地が思考して尚且つ影響を及ぼせるという、なんとも言い難い話である。よく環境汚染により地球が泣いていると(うそぶ)くがそれを真実だと語られる日が来るとは思っていなかった。

 だから悩む。どうすれば軟着陸させられ、この後の処理が簡単になるかを。

 ……わからねえ。

 この手の機微に聡いのは、ここには新堂しかいなく、その彼がお手上げならもはや万策尽きている。1番任せていけないのは舞ということも今は関係ない。

 腕を組んで目を閉じ、犬の威嚇のように唸る新堂へ、波平は申し訳なさげに眉を寄せていた。

 そして、

「それと僕のことですが、殺してくれてかまいませんよ。もう肉体は何の意味も成しませんから」

「……いいのか?」

「はい。今の僕は精神が地球と同化して肉体はただの枷ですから。それにもうここから出ることも出来ないしこんな所にダンジョンがあったら邪魔でしょう?」

「まぁ……そうだな」

 途中なにか凄いことを言い出していたが、それら全てを無視して新堂は頷く。

 やはり変わった。そんな重大な決断を自分から言うような性格ではなかったはず、原因は先程語った通りだとすれば、奇想天外な話を信じるに足る証拠でもあった。

 1度は下げた拳銃を構え直す。波平ほ受け入れるように頷き、しかし視線を逸らす。その先にいたのはおろおろと怯えるばかりの辛だった。

「辛さん、ごめんなさい。こんな僕のために課長を止めようとしてくれて。でも気にしないでください、全部自分のせいですから」

「どうにか……ならないのよね。あぁそう、貧者の水ってそういうことだったのね」

 1人納得しながら憤慨する辛に、またひとつ聞くことが増えたと新堂は目を細める。

「戸事さん、いつもお仕事お疲れ様です。これから癖の強い人たちばかりになりますけどどうか頑張ってください」

「わ、わわわかってるなら……はぁ、ばかねほんと」

 次は戸事、彼女らしく上手く話せないことにため息をついて短い言葉に全てを込める。

 そして最後。

「夜巡さん」

「何?」

「その性格どうにかしたほうがいいと思うよ」

「まず謝れよー、ちがうだろー」

「ごめんごめん、冗談だよ。本当に申し訳ないことをしたね、それとありがとう。こうして皆とお別れを言えたのは君のおかげだ。それとこれ」

 笑いながら差し出したのは赤い宝石、コアによく似た色の小石だった。

 舞はそれを奪うようにさっと受け取り、

「……1個だけ? しけてない?」

「まだ若いダンジョンなんだから勘弁してよ」

「こっちは腕に穴開けてまで頑張ってんの、あー考えたらまた痛くなってきた……」

 舞はそういっていささか誇張気味に腕を押さえてうずくまるが撃たれたことは事実であり、巻いていた包帯も、その程度の処置では満足とは言えず、溢れた血が滴り落ちるほど、それでも正気を保っていられるのは無理やり口に詰め込まれたたばこが気付け代わりになっていたからだ。

「舞ちゃん!?」

 それ以上に多くの血が流れていたのだから気づかずとも仕方がないとはいえ、苦しげに膝を着く舞へ辛が駆け寄る。その様子をどこかもの悲しげに見ていた波平が、

「締まらないなぁ、そこが彼女らしくていい所なんだけど……課長、よろしくお願いします」

 自身の眉間を指差して笑う。ここを狙えと。

「あぁ、じゃあな」

 止める者はなく、1発の銃声が響いていた。





「それで解決ってわけね」

 会社へ戻りいつものように個室、待っていたようにいた狂島は夕日が沈む外を眺めながら言う。

 死者40名以上という未曾有の人災は1人を除き犯人含め全員死亡、悲惨なテロ行為のなか生き残った者は幼い少女ただ1人、とダンジョンから人々の目を逸らすには十分な餌だった。

 病院へ搬送されていく少女の姿は各テレビ局で大々的に報道され、そのあまりにも非日常的で痛々しい姿に視聴者は涙し、テレビ局は今後のネタが出来たと笑いが止まらないことだろう。テロ行為を批判することはもちろん、ダンジョンに対する危険性、今回の警察の行動、突くところは掃いて捨てるほどあるのだから。

 警察に伝手のある新堂は舞を乗せた救急車が走り去るところを眺めながら後処理を全て任せることとした。コアの破壊されたダンジョンはただの横穴でしかなく、死体の身元確認などは本職に任せればいい。新堂ら身元のはっきりしているものは後日事情聴取があるものの、今優先すべきことではないからだ。

「分かっていると思うけど、今回の件は他言無用。波平君はテロに巻き込まれて死亡、そのテロ組織もモンスターにやられ、唯一生き残ったのは夜巡ちゃんだけ。その彼女も入院中で動けない……だよね」

「はい」

 辛と戸事を直帰させた新堂は見聞きした全てを報告していた。あとは狂島、そしてどういう関係かはわからないがその上とやらがどうにかするのだろうと。

 殺し屋のように扱われても新堂は不満を抱いてはいなかった。元が公僕、必要とあらば後暗いことにも躊躇いはない。しかし、彼だって人間である、気にかかることのひとつくらいは存在していた。

「ひとつ、質問よろしいでしょうか」

「答えられることならね」

「なんで波平はあんなことをしたのですか?」

 そう、それが分からなかった。そもそも何故ダンジョン原理主義団体というものに所属していたのか、彼らのお題目通り市街にモンスターが溢れることとなれば人は大勢死ぬ、そこに波平の大切な人が含まれることをこの職場にいれば知らないはずがないのだから。

 狂島はすぐには答えず、沈黙の時が流れる。聞いてはいけない事だったかと、新堂が後悔し始めた時、

「……彼は見てしまったんだよ」

 やけにゆっくりとした口調で狂島が語り出す。

 振り返り、見つめる先に新堂の目がある。嫌になるほど真剣な顔付きは一瞬のことで、いつもの胡散臭い笑みに変わると、

「新堂君、僕が考える最悪な状況とは何か、分かるかな」

 知るか、と内心で呟きながら新堂は首を横に振る。最悪なら部下を自分の手で殺したこと、それ以外にあるのかと目で訴えていた。

 それに気付いたか気づかなかったか、狂島はうんうんと2度頷いてから言った。

「それはね、モンスターが人権を得ることだよ」

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