ダンジョンってこうやって出来るんですね(吐血)6
石像は今にも動き出しそうなほど精巧で、一対の悪魔の羽に三又の鉾を掲げ、線のように細い身体に似つかわしくないほど伸びた手足。神が造詣を間違えたとも言える歪さは畏怖と不安を掻き立てるのには十分な役目を果たしていた。
「コアルームだけど来たことなかった?」
それでも舞にとっては気にも止める必要がないらしい。家に招いた友人へ声をかけるように軽く話す様子はもう見慣れたものと頼もしさすらあった。
「まぁね。ダンジョンコアがあるところなんてそれこそ六波羅部長くらい強くなきゃ辿り着けないでしょ」
「それもそうか。で、ここで何するの?」
舞の疑問はもっともで本来逃げるなら出口を探して上に行くところをこの団体は下へと向かっていた。直ぐに警察とかち合うことを嫌ったのだろうと考えていたがまさか最奥まで来るとは思ってもみなかった。
……なんも無いのになぁ。
コアルームには、コアルームと言うくらいだからコアしかない。それ以上奥に進めるわけもない突き当たりであるから、特段用があるとも思えない。コアを破壊すればダンジョンがなくなるとはいえ、それでは彼らのかがける目標と合致しなくなるのだから考えられなかった。
では何故か、いくら考えても出てこない答えに舞は首を捻る。答えを求め餌を欲しがる雛鳥のように視線は自然と波平へと向いていた。
「世界中のダンジョンコアはひとつに繋がっていることは掴んでいるんだ。僕たちはそのアクセス権を持っていないけど君は違うんだろ?」
「……」
「図星かな? 黙っているところを見ると」
誇らしげに勝ち誇る波平、実に小物臭い。
確かに舞は一言も発せずにいた。いや、黙らされたと言うよりは続く言葉を待っていたようで、予想していた話より随分と短い会話に困ったように口を曲げ、手が自由ならば頬すら掻いていただろう。
「いや、そうじゃなくて。コアにアクセスして何がしたいのかと」
「それは……能動的にモンスターを溢れさせることだって出来るんじゃないのかい?」
「……あー、出来るのかなぁ。聞いてみないとわかんないけど……想定と違う形になっても怒らないでよね」
「早くしろ」
言葉巧みに時間を稼いでいると思われたのだろうか、今まで黙っていたリーダーの男性が銃を構えて威嚇する。
……まったく。
短気は損気、そんなことも知らないようではと舞はため息で答える。なかなかに図々しいのは承知の通りで、今更小銃を突き付けられておびえるほど可愛らしい反応など期待できるはずもなかった。
とはいえ撃たれた前科があるのも事実、生かす理由はあれど五体満足でなければいけないといわれたわけでもない、これ以上柔肌に傷をつけられては敵わないとおとなしく従うだけの理性はまだ持ち合わせていた。
「はいはい……すぅ……はぁ……『アヴェルフ』」
『……ーい。 …………か…………』
「駄目だこりゃ。コアが育ってないからリンクが弱いね」
コアが震え音を出すが、海辺のダンジョンよりもノイズが激しく、壊れたラジオよりも解読不可能な雑音だけが鳴り響く。始めは変化が起きたことに小さく歓声が沸き立った強盗の面々も奇音を吐き出すだけの石と厳しい表情を見せる舞を見てこれが正常ではないことを悟っていた。
「何とかならないのかい?」
そうなれば当然改善を望むわけで、代表して波平が声をかける。
「あんまり無理させたくないんだけど……スタンドアローンで起動してみるわ」
舞は難しいと眉を寄せながらも断るようなことはしない。良くも悪くも彼女らしいことなのだが、犯罪者に加担してしまっていることについては何ひとつ考えていないようだ。
栗毛の髪の中で耳の端を尖らせ、目は吊り上がり瞳を縦に細くする。薄暗い空間ではその変化に気付いたものはなく、異形の姿となった舞は左右の石像の間を悠々と歩き、八面体に大きく開いた額を押し付ける。
直後流れ入ってくる情報に、舞は首を振って切り捨てる。わざわざ既知の情報など必要なく、むしろ無差別に叩きつけてくる濁流は邪魔でしかない。暴れる子供を叱りつけるように手綱をとり、
「よしよし……で、これからどうするの?」
主導権を握った舞が見たのは波平と、その後ろで小銃を構え続けている男性の姿だった。
――あっ。
「とりあえず――」
「――用済みだ」
舞の声をかき消すように、何か言おうとしていた波平の身体が崩れていく。銃声は壁に反響して、残響だけが嫌になるほど耳に残っていた。
あーあ……。
どくどくと腹から血をにじませる波平、はたから見ても致命傷でありうつ伏せになった彼の顔から色が抜けていく。しかしその目はガラス玉の中に炎を宿し、白煙立ち上る銃口とその持ち主を睨みつけていた。
「な……んで……」
「ダンジョンコアの使い方はわかった。これさえあれば世界中のダンジョンを操作してモンスターを溢れさせることが出来る」
「そう……目的は同じ……はず」
「違う。根本的に大きく違うのだ。私は人類と共に死ぬつもりなどない、たかだか下等なモンスターごときに地球の覇権を取られるなど我慢できるものか」
「そんな……」
裏切り者が裏切られ、もはや誰が正しいのかさえわからない混沌となる。
そんな中、我関せずとしていたのが舞だった。事実、本当に関係なくて、同僚の死に絶えていく姿すら感傷に浸ることすらない。物語を読むような、1歩外からこの状況を眺めていて、この結末にくっくっと喉を鳴らす。




