ダンジョンってこうやって出来るんですね(吐血)1
閑静な街に銃声が響く。雰囲気にとても似つかわしくない騒々しい音に誰もが耳を疑い、聞き間違いかと自分を納得させる。しかしそれも2度3度と続けば異変が起きていると気付かされ、狂乱の嵐が吹き荒れる。
さながら紛争地域の様相を呈しできたがここは紛れもなく日本であり東京は葛飾区、お隣の千葉県まで目と鼻の先とはいえ立派な都市部であり人の往来もそれなりにある。白昼堂々と行われたのは夢幻ではなくはっきりとした現実で、都市銀行を襲った犯行であった。
近年こういった事件は多くある、本来ならば成功などしないであろう犯罪もダンジョンという逃げ込む先があるならば話は変わってくるからだ。通常ひとつしかないダンジョンの出入口も塞いでしまえば別のところに穴があく、塞がなければモンスターが溢れ出してきてその対処をしている間に犯人に逃げられる。そもそも犯人は本当にダンジョンへ逃げ込んだのか、それがこのダンジョンなのかと調査しているうちに高飛びされるなどよくある話で、組織だった犯罪が台頭している現代とダンジョンの相性がいいというのはなんとも皮肉な話だった。
政府、警察も対策はしているものの芳しい結果とは言えず、市民は今日も不運に会わないことを願うばかり。その願い虚しく今日この日、銃乱射に巻き込まれていたのはダンジョンワーカー職員、たまたま銀行へお使いに来ていた舞と波平だった。
その数時間前。
「なんかダンジョン原理主義団体が騒いでるみたいだから気をつけろよ」
やる気なく言う人物は新堂、久方ぶりに職場へ顔を出したかと思えば机をベッド、腕を枕代わりと自室よりもだらしない格好を晒していた。このまま溶けてなくなるのではないかというほど四肢は垂れ下がり、しかし今は9月も過ぎてうだるような暑さもほとぼり冷めており、ただだらしなさだけが目立っていた。
顔を横に向け、頬を机に押し潰しながら忠告するのは並びに舞がいるからだ。ぎこちない指運びでパソコンとにらめっこしていた彼女はその言葉と態度に怪訝そうな顔をしていた。
「気をつけようがないんですけど……」
「確かに。まぁよっぽど運が悪くない限り出くわすものでも無いし、出くわしても静かにしていれば向こうから去っていってくれるだろ」
死んだ魚よりも濁った目はまだまだ寝足りないというようで、舞が出社する前から今の場所にいて業務が始まってもなかなか起きなかった強者である。起こしたら起こしたで面倒くさいと誰も触れずに2時間が経過し、ようやく目を覚ましたかと思えばいい加減なことしか言わない。まだ寝言のほうが有益であるくらい雑な忠告を何故したのかといえば会社からの通達であったが、それすらも忘れかけていた。
「私よりも課長の方が巻き込まれそうですけどね」
「おいおい……まじで縁起でもないこと言うなよ」
はぁ、と大きく欠伸をし、新堂はまた夢の中へと戻っていく。これで給料が貰えるのだからいい職場とも言えるが、注意すべき上司はいつもの如くどこへやら、探そうにも見つからずかといって後暗いことをしている時だけ急に現れるのだからたちが悪い。
一応社内には泊まりがけで仕事する人用にベッドもあるのだが、頑なに自分の机から離れないのは勤労精神が成すものか。
「あ、課長……って起きてなかった?」
「いや、また寝ました」
そこへ現れたのは波平、これといって特徴のない男はパーテーションで仕切られた作業スペースからにょきりと顔を出して、困ったように眉をひそめていた。用事があったのだろう、タッチの差でその機会を逃してしまったことにはにかんで、
「どうかしたんですか?」
「ちょっと経理から銀行に行ってきてって頼まれて。最近危ないから2人で行くよう言われてさ、夜巡さんをお借りしたいって伝えたくてね」
「いいんじゃないですか? 付箋でも貼っつけておけば気付きますよ」
そう言うやいなや、舞は袖机から付箋を取り出すと流れるようにペンを走らせ、机の上に貼るかと思いきやそれを新堂の額に貼り付ける。さながら中国の妖怪、キョンシーのようだがそれでも起きないのだからいったいどれほどのハードワークを強いられて来たのか心配になるほどだった。
何か悪いことをした気にでもなったのか、舞は思い迷ってお詫びというように紙煙草を1本だけ顔の前に添えた。そして彼を1人残して舞はこれから何が起きるかも知らず銀行へと向かったのだった。
「くそ、悪運が感染った」
舞の中でこの状況に至った原因は新堂にあるということになっていた。
事件が起きたのは波平が窓口にいて舞は近くの椅子に座っているときだった。数人の男が入店した直後、ボストンバッグから小銃を取り出して銀行員に向かって乱射、血煙が立ち上る中咄嗟に伏せて難を逃れた波平以外死亡するという事態になっていた。
1拍置いて恐慌状態に陥った銀行内で慌てふためき逃げようとする人々も銃弾の餌食となり命を狩られていく。結果として残ったのはあまりのことに現実味を感じられずただ呆けていた舞と、死体と一緒に床に伏せていた波平だけ。その2人も今は頑丈なロープでこれでもかと縛り上げられ壁を背にして捕らえられていた。
「どうしたの?」
「なんでもないです」
独りごちた言葉を聞かれて舞は首を振る。
……やけに落ち着いてるなぁ。
やはり普段からモンスターの強襲を受けているだけあって非常事態には滅法強い。これは心強い味方が出来たと舞は内心でほくそ笑んでいた。
「さて、どうします?」
「どうするってどうしようもないんじゃない?」
「いやちぎっては投げちぎっては投げと抜け出すとかないんですか?」
「銃器持ち相手にはしたくないかなぁ。六波羅部長じゃないんだし」
それは一見まともな答え、いやあまりにまともすぎる答えだった。人は銃弾には勝てないのだ、一部の人間を除いてだが。
その例外が身近に居すぎるせいで感性がおかしくなっていたと舞は反省しながら、
「はぁ……」
ではどうするか。その答えが出ないまま忙しなく強盗行為を行う男性らを見つめていた舞は前代未聞の画期的な解決策など思いつくはずもなく、己の不甲斐なさと好転する要素のない未来にため息をついていた。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないです。ヤニ切れですよ」
まだ軽口を叩けるだけの余裕はあれど状況は好転せず。あれだけ派手に音を立てていたのだ、近いうちに警察やら機動隊が助けに来ることを祈るしかできることがなかった。




