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夏、海、カツオ15

「ご、ごめんなさい」

 謝る戸事を尻目に舞はあの荒波の中でも無事だった煙草に火をつける。それも2本、大きく一息吸い込むを真っ赤に燃えた先端からもくもくと煙が立ち上り、その片方を半回転させ、

「吸え」

 何かしらのハラスメントに抵触する要求をぶつけていた。

 困ったのは戸事である、部内で喫煙者は2人しかおらず残りは非喫煙者、目の前には煙をあげる有害物質、しかも吸いかけである。躊躇して当然だった。

「いや……」

「なに、私の煙草が吸えねぇっていうの? 丹精込めて乾燥から紙巻きまでしたっていうのに吐き捨てるんだ」

 無許可での煙草の製造は犯罪である、しかしそれはタバコ種の葉に限るため舞の行動は一応合法、しかしそれを口にして引くか引かないかは相手の取り次第である。

 取るとも断るともしない戸事に業を煮やし舞は半ばねじり込むように煙草を咥えさせる。

「変なこと考える前に一服して気持ちを落ち着かせればいいのよ。頭くらくらしたら全部どうでも良くなるから。辛さんもだからね、どうしようもないことをぐちぐち言うなら金輪際近寄らないで」

「それって何もゲホッ……ゲボ……」

 盛大にむせるのは吸い慣れていない証拠だった。

 初めてだろうか、煙草の毒気に足元がおぼつかなくなる戸事へ舞はにやりと笑う。いたずらっ子のような笑みはやられた側からすれば苛立ちしか浮かばないだろう。

 戸事は目尻に涙を浮かべて元凶を睨むように見ていた。それもつかの間、年下にいいようにやられたことが癪に障ったのだろう、一度離していた煙草を咥え直すと大きく息を吸う。じりじりと真っ赤に染まる先端は灰を残して短くなり、それに合わせるように戸事の顔も赤く染まっていた。

 そして、吐く。今度は咳き込まずに目の前に濃厚な霧を作り、それを見て舞も口の端から煙を漏らす。

 それが数度、次第に落ち着いた喫煙になり、煙の味を楽しむようになってからだった。

「……話聞いてくれる?」

 切り出したのは戸事である。その口調はいつもとは違ったがひどく穏やかであり、硬い芯のある声だ。

 対して舞は答えない。代わりにゆっくりと身体を後ろに倒し、辛の身体をソファー代わりに座り、体重を預ける。どうぞ、と言う目線はどこぞの大統領のような品格を漂わせて……はいなかった。小憎たらしい子供にしか見えない。

 それでも戸事は怒るでもなくただ肺に煙を詰め込んで、まるで燃料を摂取するかのように全身へ煙を回し、

「私、親がやくざだって言ったでしょ。ここにいる理由だって親から言われてダンジョンの運営や新しい資源の情報なんかをリークするように言われてるの。本当は嫌だけど、怖くて逆らえなくて。でも1番はそれでも必要とされてるって安心してる自分が嫌なの。やくざ稼業にも馴染めず親から見放されてたから、ようやく誰かの心の中に入れるんだって」

 独りよがりの独白は小休止を挟む。舞も辛も口を挟むようなことはせず、ただ聴き入っていた。

 戸事は舞を見つめる。少し色素の薄い茶の瞳は潤みを帯びて、

「怖かったのよ。私の居場所を奪っていくように見えたあなたが」

 そして視線はそのまま上に、辛へと向かう。

 そこで緩く笑みを作り、慈母のような微笑みを向けていた。

「辛さん、ごめんなさい。あなたが打算で近づいたように私も我儘で縋っていたの」

「琴子……」

 言葉は最後まで紡げず。ただお互い見つめあう時間だけが悠久に続く。

 しばらくして、戸事の手の中の煙草が燃え尽き、灰が地面に落ち切って、それでも数瞬動きもなく、しびれを切らした風が戸事の前髪を撫でてようやく彼女は視線を下に向けていた。

「夜巡さんも……」

 言い切る前に気付く、小さな女の子は火のついていない煙草を咥えたまま目を閉じて静かに寝息をたてていた。死人のように静かで、しかしわずかに上下する胸は深い眠りであることを示してる。

 この状況で普通寝るか、だが寝てしまうのが舞である。昼間はしゃぎすぎて急にこと切れた子供のような行動に戸事はおもわず噴き出して笑っていた。

「ぷっ、あはは。あんまりくだらない話だからって寝る、普通。あぁ……敵わないなぁ、羨ましいわ、本当に」

 怒りとも呆れとも違う、険が取れた表情に陰りはなく、それは憧れ、羨望のようで。

 だからだろうか、やけに重くのしかかる舞を支えていた辛は目を丸くさせ小さく首を横に振る。

「琴子……お願いだから舞ちゃんの真似だけはしないでね。心配でこっちの心臓が持たないわ」

「大丈夫ですよ、こんな破天荒な真似、したくてもできません。それより帰りましょうか、会社に」

 そう言って戸事は手を伸ばす。いがみ合っていたのはなんだったのか、そこにはあるべき姿のふたりと、人形のように抱えられたひとりの少女の姿があった。

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